人生満足度尺度とWell-being理論一「個人主義的」視点と「集産主義的」視点

 ドクターハピネスともいわれている幸福学研究の第一人者であるイリノイ大学名誉教授のエド・ディーナーは、自分の幸福度を簡単に測定できる方法として、「人生満足度尺度」を考案した。彼はまず主観的なウェルビーイングの尺度を開発し、様々な要因と合わせて測ることで、性格や社会環境との関係が調べられると考えた。その尺度は、①人生満足度②ポジティブ感情➂ネガティブ感情がないことの3要素で構成されていた。
彼が考案した「人生満足度尺度」は、次の5つの質問によって自分の幸福度を測定した。

⑴    ほとんどの面で私の人生は私の理想に近い
⑵    私の人生はとても素晴らしい状態だ
⑶    私は自分の人生に満足している
⑷    私はこれまで自分の人生に求める大切なものを得てきた
⑸    もう一度人生をやり直せるとしてもほとんど何にも変えないだろう

 上記の5つの質問に対して、以下の該当する項目の点数を計算する。

全く当てはまらない…1点
ほとんど当てはまらない…2点
あまり当てはまらない…3点
どちらとも言えない…4点
少し当てはまる…5点
だいたい当てはまる…6点
非常によく当てはまる…7点

 合計点に対する評価は以下の通りである。

31~35点…非常に満足
26~30点…満足
21~25点…やや満足
20点…ニュートラル
15~19点…少し不満
10~14点…不満
5~9点…非常に不満

 過去の調査によれば、日本人の平均は18,9点、アメリカ人の平均は24,5点と報告されている。日本人大学生の平均は20,2点、アメリカ人囚人の平均は12,7点だという。日本人の幸福度が低いのは、幸福度の尺度が違うからである。

 さらに、ポジティブ心理学創始者の一人で、何かしている時に熱中するあまり忘我の感覚となる「フロー」の概念を提唱したミハイ・チクセントミハイは、活動に本質的な価値があること、能力に対して適切な水準であることなどの条件が揃うことで生じるその体験がウェルビーイングの向上につながると考えた。
 これらのウェルビーイング理論を分類すると、個人に関する「I」,「思いやりや感謝、組織や社会などで良好な人間関係が築けているか」など、他者や社会との関わりの「WE・SOCIETY」、「世界平和」などの特定の関係性を超えた全体的視野で見たときの世界との関わりの「UNIVERSE」の3つに大別される。

●テクノロジーとWell-beingの関係

 私たちのウェルビーイングと密接な関係にあるのがテクノロジーである。人口知能(AI)やバーチャルリアリティ(VR)など、近年のテクノロジーの進化には目を見張るものがある。ソーシャルゲームへの依存による過度な課金、プライベートなコミュニケーショングループにおけるいじめといった、社会的な問題も発生している。こうした状況を考えると、テクノロジーは必ずしも人を幸せにしているとは言い切れない。
 インペリアルカレッジ・ロンドンのラファエル・カルヴォ教授とUXデザイナーのドリアン・ピーターズ氏は、心理的ウェルビーイングと人間の潜在力を高めるテクノロジーを「ポジティブ・コンピューティング(Positive Computing)と名付けた。カルヴォ氏は著書『Positive Computing』(邦訳『ウェルビーイングの設計論一人がよりよく生きるための情報技術』ビー・エヌ・エヌ新社、2017)の中で、次のように指摘し、生産性や効率性のためだけでなく、個人や社会の問題にも資する、これからのテクノロジーの在り方に言及している。

<コンピューターが誕生した当初は生産性と効率性がひたすら追い求められたが、そのような価値観は徐々に過去のものとなりつつある。私たちは新たな時代へ突入しようとしており、テクノロジーが個人のウェルビーイングと共に、社会全体の利益のも貢献することが重要だ>

 情報通信技術がここまで生活に浸透した今、テクノロジーからウェルビーイングを設計する指針が求められている。既に一部の企業は、自社のサービスやプロダクトを通じて、単なる便利さを提供するのではなく、「豊かな世界」を実現するために動き出している。スマートフォンやバーチャルリアリティ、人工知能といったテクノロジーの可能性を活用して、私たちの暮らす世界にウェルビーイングを実装する試みが始まっているのである。

●「個人主義的」視点と「集産主義的」視点のウェルビーイング

 ウェルビーイングには、①医学的②快楽的➂持続的ウェルビーイングの3つの定義があり、①は心身の機能が不全でないか、病気でないかを問うものである。②はその瞬間の気分の善し悪しや快/不快といった主観的感情に関するものである。➂は人間が心身の潜在能力を発揮し、意義を感じ、周囲の人との関係の中で生き生きと活動している状態を指す包括的な定義である。
 従来は心身の健康状態で判断できる医学的ウェルビーイングや、心拍やホルモン量など生体反応の指標によって計測できる快楽的ウェルビーイングが研究の対象とされてきたが、2000年代に入りその状況は大きく変化した。特に「持続的ウェルビーイング」を対象に、主観指標や行動指標も含め、包括的・持続的に捉えようとする取り組みが加速し、心理的ウェルビーイングと人間の潜在力を高めるテクノロジー(Positive Computing)をはじめとする「持続的ウェルビーイング」を情報技術によって促進するための方法論が研究され始めている。
 ウェルビーイング研究は近年急速に進んでいるが、従来の研究の多くは欧米で確立された「個人主義的」視点に基づいており、人間関係や場の中での役割によって生まれる物語性、身振りや手振りや触れ合いなどの身体性が人間の行動原理に強い影響を与える日本や東アジアにおいては、集団のゴールや人間同士の関係性、プロセスの中で価値を作り合うという考えに基づく「集産主義的」なアプローチがウェルビーイングを考える上で重要になってくる。
 個人の身体と心を対象とした欧米型の「わたし」のウェルビーイングからこぼれてしまった、身体的な共感プロセスや共創的な場における「わたしたち」のウェルビーイングの観点が、日本や東アジアのウェルビーイングに取り組むためには重要である。
 また、人と人の間にウェルビーイングが生じると考える集産主義的な視点を広げると、それは「コミュニティと公共のウェルビーイング」へとつながる。特定の人とのつながりだけでなく、利害関係が入りくんだ不特定多数の人が集まるコミュニティや公共の場においてこそ、ウェルビーイングの観点が必要になる。
 そして、不特定多数の人と人が交わる場は、インターネットの空間にも存在し、同様に「インターネットのウェルビーイング」も存在するはずである。個人の心の中、人と人の間、コミュニティや社会、そしてインターネットの中など、これらの領域は独立しながらも影響し合っており、そのすべてを捉えなければウェルビーイングの総体を捉えることはできない。

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