見出し画像

ポンコツハケンとスーパーハッカー①

 10年以上派遣で働いている。
 大学を出て就職したが、残業の多さと人間関係でメンタルをやられてしまい、2年で退職した。数ヶ月は仕事をせずにいたが、流石にこのままでは生活できないと思い、派遣会社に登録した。仕事を選ばなかったので、派遣先はすぐに決まった。

 最初の派遣先は倉庫だった。仕事は商品が入ったダンボールを積み替えるだけだった。単純な仕事だったが、体力は必要だった。なまった体にはきつかったが、心地よい疲れを感じた。しかしその心地よさも長くは続かなかった。毎日とにかく疲れて、これが一生続くような気がして、絶望した。

 しかしその絶望さえも長くは続かなかった。その倉庫の仕事がなくなったのだ。と言ってもただ単に繁忙期が終わっただけだ。

その後、交通誘導員やらピッキングやら、何でもやった。数え切れないほどの仕事をこなした。

 その時の仕事はパソコンの設定だった。一見難しそうだが、マニュアル通りやるだけだ。3人が一組になってパソコンの設定をしていくのだが、3人とも終わらないと次の作業には進まない、という決まりだ。私はパソコンには詳しくないし、キーボードの配列とかもわからないので、他の2人に比べたら作業が遅かった。時々ミスって、社員にやり直してもらったりすることもあった。

 そういう時は他の2人を待たせていることに気が引けた。社員は、作業が遅いことは一向に構わないが、決して間違ったまま作業を進めないで欲しいと言っていた。他の二人も別に私が作業が遅いことにイラついている様子もなかった。ゆっくりと間違わないように作業していれば良かったのだ。にも関わらず、私は慌てていた。少なくとも他の二人を待たせまいと、急いで作業していた。間違いはしなかったが、心には余裕がなかった。

 そしてある時、一工程飛ばして作業を進めてしまったことに気づいた。そのパソコンは、ある市の小学生全員に渡されるパソコンだった。とにかく台数が多かったから焦っていたのだ。次の作業には移ってから一工程飛ばしていることに気づいた。しかしパニクった私はそのまま作業を進めてしまった。

 私はパソコンに詳しくないのでそれが何の設定だったのかわからなかったが、おそらくインターネットに関するものであったと思う。私は迷いながらも、工程表に作業終了のサインをしてしまった。

 それからというもの私は怯えて生活しなければければならなくなった。工程表のサインから私が作業員であることを特定されて、責任を追求されるかもしれない。もし賠償金を請求されたら、派遣社員の私には到底払うことはできない。どうしたら良いのか、わからなかった。その後数回出勤したが、その状況が苦しくなって、派遣会社に連絡して、辞めさせてもらった。

 

 今でもあの事を後悔しています。もしあの時社員を呼んで、設定をやり直していたら、こんなに苦しむことにはならずに済んのに。

 今考えてみても、私はあの職場を結構気に入っていた。鈍臭い私に対して社員は丁寧に教えてくれたし、優しい人も多かった。もうあんないい仕事に就くことはできないと思う。

 私は自分一人では何もできない、最悪に駄目な人間なんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?