童話「おばあちゃんはマスクやさん」

きみこのおばあちゃんは最近、マスク屋さんを始めた。病気の予防のためにマスクをする人が急に増えて、お店で売り切れて買えなくなったのがきっかけだ。
「売っていなけりゃ作ろう」
と、おばあちゃんはミシンでたったかたと家族みんなの分を縫ってくれた。きみこのマスクは水色に子犬の模様。幼稚園のお弁当袋のはぎれで、大好きな柄だ。口に当たるほうに使ったガーゼはきみこが赤ちゃんの時に使ったものだというけれど、そっちはよく覚えていない。だってきみこはもう3年生だから。
 きみこたちがおばあちゃんのマスクをつけていると、いろんな人にステキねえとほめられる。中には「うちの子にも作ってもらえないでしょうか」と遠慮がちに言う人もいた。
 それで、おばあちゃんはマスク屋さんになった。最初は頼まれた分を作っているだけだったけれど、おばあちゃんがミシンを使う部屋は通りに面していたので、窓に「マスク差し上げます。大人用、子ども用」と書いた紙を貼って、誰にでも渡せるようにした。
 実は、きみこには、とくしゅ能力がある。うそを言われると、すぐに分かるのだ。相手がきみこにうそをつくと、きみこには「あ、うそだ」とすぐ分かる。別に相手の目が紫色に光って見えるとかするわけではなくて、ただ「わかる」のだ。そして、うなじの毛がほんの少しチリチリっとするのを感じる。とくしゅ能力があるなら、空を飛べるとか、時空移動ができるとかがよかったなあときみこは思う。うそをつかれていると分かっても嫌なきもちになるだけで何の役にもたたないもの。
 だからきみこは、おばあちゃんがマスク屋さんを開いたとき、少し心配だった。もしも、マスクをもらいに来た人がうそをついていると分かったらどうしよう。おばあちゃんに教えたほうが良いのかな。
 だけど、そんな心配は全くいらなかった。みんなは通りから窓をこんこんとノックして、マスクをいただけますか、と少し不安そうにたずねてくる。するとおばあちゃんは、きみこが1枚ずつ袋づめしたマスクを並べたお菓子の空き箱を「さあどうぞ。お好きなのを選んでね」と差し出す。誰もが安心したような、だけど真剣な顔でマスクを選ぶと、「ありがとうございました」と笑顔で帰っていった。お金を払おうとする人もいるけれど、おばあちゃんは受け取らない。だけどマスクをもらった人が後から「家にあったので、使えないかと思って」と持ってきてくれたガーゼや手ぬぐいはお礼を言って受け取り、それを材料に、また別の誰かのためのマスクを作った。
 マスクの材料で一番不足したのは、ゴムひもだ。それで、おばあちゃんはゴムひもの代わりになるひもも、自分で作る事にした。ニットの生地を細長く切って、両端をキュッと引っ張ると、くるくるくるっと丸まってちょうどいい柔らかなひもになる。きみこはひも作りを上手にできるようになり、おばあちゃんに助手を任命された。おばあちゃんの隣で、ひもにする布を定規で測って印をつけて、ハサミで切って、端を持ってくるくるくるっ。
 そんなある日、女の人が窓のガラスをふわっと叩いた。「あのう、私と、この子のぶんのマスクをいただけませんか」。やせて色の白い女の人の横には、ちょっととがった顔のすばしっこそうな男の子がいた。女の人がマスクを選んでいる間、きみこは男の子に話しかける。
「ねえねえ、何年生?わたし3年」
「あ、ええと、さ、いや2ねん」
男の子の声に、きみこのうなじがちりちりした。あれ、私うそをつかれている。全然嫌なかんじはしないけど、でもうそだと分かる。
 女の人は花もようのマスクと、男の子用に選んだらしい新幹線の柄のマスクを手に、
「ひもは耳にかけないとだめですよねえ」
と困ったようにつぶやいた。ますます変だなあと、きみこの頭はさらに混乱した。すると、おばあちゃんは「大丈夫よ」と女の人からマスクを受け取って、ひもをすっと抜き取ると、代わりにきみこが作ったひもを切らずに長いままマスクに通し、女の人に差し出した。
「さ、ひもを頭の後ろで結べば、耳にかけなくても使えますよ」
女の人は顔をぱあっと明るくすると、マスクを両手で大事そうに抱えた。お金を払うというのを断ると、男の子がポケットからごそごそと何かを取り出し、背伸びをして窓枠にそっと載せ、きみこに言った。
「どんぐりのこま。よく回るよ。あげる」。
 2人が並んで帰っていった後、きみこはもらったどんぐりを慎重に回してみた。それはくるくるくるっと、本当によく回った。
「キツネにもらったお札は木の葉に戻ると言うけど、どんぐりはどんぐりのままだねえ」
その言葉にきみこが目をまん丸にして振り返ると、おばあちゃんは目をチカチカっとさせて、いたずらっ子みたいな顔で笑っていた。

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