言葉は使うのが難しいので控えめに使うことにした話
お久しぶりです
高原さとです
今日は僕が最近考えていることをお話ししたいと思います
最近僕は脳の改造をやろうとしています
脳の改造と言っても、大したことではないのかもしれません
やっていることとしては頭の中で頭の中を言葉ではなく映像やイメージで満たしてみようという試みをしています
僕の場合、何か考えている時に僕の脳の中では言葉が音声が再生されていることが多いです
言葉が流れていると言ってもいいです
言葉が頭の中に満ちているんですね
「仕事しなきゃ」「お腹空いた」とか
そう思った時の自分の頭の中ってその言葉が流れていると思うんです
この部分を言葉ではなく、映像やイメージに変換して行こうと僕は思っています
それが僕の思っている脳の改造ということになります
嫌な言葉を頭の中で再生するとストレスが溜まるのではないか
これをやると何がいいんじゃ、ということなんですけど
まあストレスが軽減するんじゃないかなと思っています
ストレスが多い人っていうのは頭の中で、嫌な言葉が絶えず繰り返しているとのではないかと僕は仮説として建てています
例えば何か嫌なことがあったとき、人に何か嫌なことを言われた時
ストレスがたまる人ってその言われた言葉をずっと頭の中で反芻しているのではないかと僕は思っています
実際は過去の嫌なことは、すでに過ぎ去っているわけです
過ぎ去っているのになぜそこに対してストレスを感じてしまうかと言うとそれが言葉のパワーなんじゃないかなと僕は思っています
自分でその人に言われた嫌なことを言ったりとか、自分で自分に悪口を言ったりとか
まあそういうことをやっているからストレスってたまるのではないかと
逆に自分の中でポジティブな言葉で満たすことができればいいんですけど僕はちょっとそれが難しいかったんですね
感覚よりも言葉のパワーの方が強い
言葉を使うのが難しいってどういう意味かって言うと、自分の頭で思ってなくても言葉にしてしまうと、その通りだと自分が思ってしまうんですね
例えば何かカレーを食べた時に
「カレーが辛い」
とそういう風に言葉にしてしまった瞬間にそのカレーは辛いだけのものになってしまう気がします
でも実際そのカレー時食べたカレーは、人生で初めて食べた味のはずなんですねなんです
けどそのそのカレーに対して辛いと言ってしまった瞬間に、それだけの意味になってしまうということが言葉の使い方の難しさだと僕は思っています
一方言葉を扱うのが上手い人は、言葉より先に、自分の中の感覚に向けると思います
どういう味がするのか、そのカレーを食べた時に自分が感じたのか
っていうことをまず自分の中でご確認する
それとしっかり向き合った後で適切な言葉を選ぶ
すると、単に辛いって言葉は出てこないはずなんです
だと思います
自分の感覚とかどういう味がしたかっていうことをしっかりと言語化することができる人が言葉が使う言葉を扱うのが上手い人なんじゃないかなと思います
ただ僕の場合はカレーを食べた時に辛いって言ってしまいがちなんですよね
そうすると自分で辛いと言った自分で言った言葉に対して、自分でその通りだと思い込んでしまうんですよ
だからなるべく言葉にしない、ということを最近はやろうとしてます
口に出さないだけでなく、頭にも出さず、代わりに映像やイメージで頭の中を満たす
それが僕のやろうとしてる脳の改造(笑)です
言葉を控えめに使っていくっていうのはまあそういうことなのではないかと僕は思っています
これが出来れば、言葉に流されたりとか苦しんだりとかするっていうことが減っていくのではないかなと思っています
頭に映像を思い浮かべるのは、他にも色々いいことがあるのではないかと思っていますが、今日はこの辺で終わります
おわりに
はい
ノートを投稿したのがもうかれこれ半年以上前になってしまって全然更新がされていなかったんです
なんですけど、僕の名前で Google の検索をかけると僕のノートが結構上位に表示してくれるようになっていて
結構記事を見ていただいているのではないかと予想したのね
せっかくフォロワーの300人近くいるので、ここでこのままノートを沈めておくのはもったいないと思ったので再開しました
前回僕がノートを始めた時はブログをやっていなかったんですよね
なのでノートをやっていたんですけどその後ブログを始めてしまったのでノートの頻度はあんまやんなくてもいいかなと思ってしまったわけです
両方やるのが大変なのでなくてもいいかなと思って
ですけどせっかくなので両方やろうかなと思いました
まあまた続くかわかんないですけど時々投稿していきたいと思っております
ではでは
高原さと
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