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東京で鳴り響くあの世の音楽〈フィッシュマンズ佐藤伸治さんの命日に寄せて〉 (note de ショート #15)

 20世紀の終わり頃、東京で「あの世の音楽」を奏でるバンドがいた。ボーカルはほとんどの部分を裏声を含んだハイトーンで歌い、その歌声はいつもゆらゆら揺れていた。その後ろでドラムは常に揺らぐことなく正確なリズムを放ち、ベースはクネクネと低音を這い回る。ふわふわと宙を漂ってどこかに飛んでいきそうになっているボーカルを、ドラムはその強固なリズムで地上につなぎ止め、ベースはその地上で気ままにダンスをしている、というバンドだった。そんな彼らの音楽は奇妙な幸福感に包まれていて、欲望が小さくなって地上の現実から解き放たれ、「これでいいや」と思えてくる幸せのような感じだった。その幸福感はどこかふんわりと浮かんでいて、次第に地に足がつかなくなり地上から離れ、現実感が薄れてゆく。幸せなんだけれど長く居過ぎてはまずい雰囲気。それは楽園ではなく、天国でもなく、あの世のものだった。彼らの音楽を聞いているとそのサウンドに導かれて連れて行かれ、あの世へと行き着いてしまうと感じた。

 そのバンドのボーカル・ギターは20世紀が終わるのを待ちきれず、1999年3月15日にあの世へ旅立った。人は誰しも代わりが居ないけれど、才気溢れる彼の代わりになれる人は今でも見当たらない。彼は「才能」そのものだった。


「悲しい時に浮かぶのは
 いつでも君の顔だったよ
 悲しい時に 笑うのは 

    いつでも君の ことだったよ」


「君は見えない魔法を投げた
 僕の見えない所で投げた
 そんな気がしたよ」


「あの娘の信じた確かな気持ちは
 きっと僕を変えるだろう」

「いかれたBaby」頼りない天使」

 こうやって見ているだけで涙が出てきそうになる歌詞。これは彼の才能のごくごく一部だ。「繊細さ」などという言葉では到底足りない儚いまでの感性。こんな感性を持った人が一体どういう58歳になっていたのか、僕は見てみたかった。

 
 そんな彼の人生最後のライブは、1998年12月28日に行われた。そのライブを最後に結成から苦楽を共にしてきたベーシストが抜け、バンドはボーカリストとドラマーだけになる、という状況だった。当時の様子はDVDやCDや配信になっていて、今でも聴いたり観たりすることができる。

それを観るとバンドは、全編に渡って完璧なパフォーマンスをしている。


徐々にペースを上げるというのではなく、スタートからそのクオリティは天を突き、それがずっと保たれたままにライブが進む。ステージ上のプレイヤーたちは、プレイをすればするほどいよいよ研ぎ澄まされてゆき、サウンドはどんどんシャープになり、ルーズさのカケラもない。




ボーカリストはそのライブ中のMCで、

「きたっ」
「いいよお」

と、思わず漏らしている。観ている側だけでなくステージに居る側にも、相当に感じるところがあったライブなのだと分かる。



 そのライブのラストの曲は、40分という長編の曲だった。さざ波のような静かなギターのディレイ音が延々と続くところから、この曲は始まる。


ギターのディレイ音の波間から浮かび上がるように、モワっとした柔らかなシンセの音がゆっくりと流れだす。それは暗闇の中に差し込む柔らかな光のようだけれど、どこか物悲しい。ゆっくり、ゆっくりその光が空間を満たし始めたその時、突然ドラムがそれを切り裂き、リコーダーを力強く思いっきり吹いた音色のようなギターのリフが鳴り始める。途中で終わってるかのような、その続きがあるような収束しない不安定なフレーズで、聴く者の心がざわつく。バックに心電図の心拍音を思わせるピアノのシークエンスフレーズが鳴りだす。このピアノはこの曲が終わるまでほぼ全編に渡り通低音として鳴り続け、この曲が生きていることを伝え続ける。それらの楽器たちを縫うように、べースは低音でくねりながら太い単音のメロディを鳴らす。強固なグルーヴがバンドから発せられるのに、心のざわつきはいろいよ増してくる。そのざわつきを纏ってボーカリストが静かに歌い始める。

「夕暮れ時を2人で走っていく...
 風を呼んで 君を呼んで... 」

「LONG SEASON」


 記憶の断片を確かめるかのように、彼は繊細な言葉とメロディを紡いで、心象風景を描いてゆく。バンドはそれに呼応し、音数は多くないけれど濃密な空気を纏ったサウンドを奏でて、聴く者を包んでゆく。

「くちずさむ歌はなんだい?
 思い出すことはなんだい?」

 聴く者に問いかけているのか、もしかすると自分に問いかけているのか、彼はこの後、反響する残響音のようにこの歌詞を何度も何度も歌う。何度も何度もその歌詞を聴いているうちに言葉の意味は薄れて音そのものになるのに、その真意は魂の中へ入ってくる。

 長いドラムソロがあり、フィドルのリフレインがあり、全ての楽器の演奏が一旦終わる。そして彼はまた、冒頭と同じ歌詞を歌う。

「夕暮れ時を2人で走っていく...
 風を呼んで 君を呼んで... 」


 メビウスの輪のように繰り返される曲の構成。永遠に終わらないのかと思えてくるがその思いは幻で、天空を舞うようなフィドルのソロや、猛々しい歪んだギターソロの後、やがてこの曲も終わりを迎える。この曲の最後に、ボーカリストはこう歌う。

「僕ら半分、夢の中」

 これまでは全て夢だったんだ、そう言わんばかりに彼はそう叫ぶ。40分以上に及んだ演奏は、メジャーなのかマイナーなのかがわからない、不安定な調性のボーカリストのハミングで終わり、心拍音のように曲中でずっと鳴り続けていたピアノのシークエンスブレースも止まり、「LONG SEASON」 と名付けられた長い長い曲が終わり、ライブが終演を迎え...



 
その77日後、彼はこの地上を去った。


 2021年8月、アメリカの最大規模音楽レビューサイトである「Rate Your Music」で、このライブの模様を収めたライブアルバム「98.12.28 男達の別れ」が、〈top albums of all-time〉において日本のアルバムとして最高位である18位に、また「Live」部門では1位にランクインした。

 現在、日本の音楽は世界で注目されつつあるけれど、その多くはアニメの主題歌であったり、TikTokなどからのバズが発端となっているのがほとんどだ。故にその盛り上がりの対象は1曲単位ばかり。しかしこの場合はタイアップもなく、何かの主題歌でもなく、TikTok発のバズでもない。アルバム単位、しかもライブアルバムに対しての評価だ。この事実は特筆に値する。極めてドメスティックな言語である日本語で歌われたアルバムがこれだけの評価を得ている。言語の違いというハンデがあっても、このライブが持っていたフィーリングが国境を越えて、海外の人に伝わったのだ。僕は飛び上がるぐらいに嬉しかったし、大声でみんなに叫びたい気持ちになった。

「ほら、やっぱりすごいじゃん!
 フィッシュマンズはすごいんだよ!」

 「手法」や「やり口」が持て囃され、それを必死に探す現代において、アーティストが持っている創造性とフィーリングが何かを突き破ったのだ。もしも僕が佐藤さんの友達だったなら、

「サトさん、スゴいね! スゴいよ!」

と、手を握り締めながら言っていたに違いない。でも、あの世とこの世を行ったり来たりするような感覚で音楽を作っていたに違いない佐藤さんからすれば、自分の作品が国境を超えるなんて事は、

「ふーん、そーなんだ」

くらいの感想なのかもしれない。

 それでも僕は嬉しい。佐藤さんが地上に居なくても、僕らは彼が仲間と作った音楽を、その素晴らしいパフォーマンスを観ることが出来る。そして、それを観た体験から湧き上がる感情を、海の向こうの誰かも感じている。

 僕はまだまだ彼の作ったあの世の音楽を、この世で聴き続けるつもりだ。春なのに25度を越えてゆこうとする時を待ちながら。




【このテキスト内で使用した画像は、
 フィッシュマンズオフィシャルサイト様〈http://www.fishmans.jp/〉を通じ、
 所属レーベル様から今回特別に
 使用許可を頂きました】



〈このエピソードの他にも、「note de ショート」というシリーズで2000文字〜8000文字程度で色々なジャンルのショートストーリー(時にエッセイぽいもの)を、月10話くらいのペースで書いていますので、よろしければお読みください。〉



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