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17.カウンセリングって傾聴が基本じゃなかったっけ?

翌週、俺は広尾へ向かった。高山から紹介された若宮先生のクリニックが広尾にあり、今日訪問する事になっている。地下鉄の駅から外に出た瞬間、噂には聞いていたが、やっぱりオシャレ意識の高い人が多い町だなって思った(正確には女性のみ)。

人はまだ分かる。何か街路樹までオシャレを気取ってる印象がするのだが、樹の種が違うのだろうか、それとも枝葉の刈り込み方が上手なのだろうか?

先生のクリニック目指し、大きな公園の横を歩いていると、目の前をお犬様を連れた綺麗な姉さん(と言っても多分年下)がお通りになった。姉さんが有名ブランドのオシャレな散歩系ファッションなのは分かるのだが、犬までスゲー。間違い無く、俺の毎月の生活費よりも金をかけてもらっている。

手裏剣が連続で飛んでいるみてえな首輪とリードの柄からして、多分、今日の俺の服に持ち物を全てを足した額よりもお高いんじゃないだろうか。

多分、お犬様はレトリバーのどれかだと思うが、毛並みがキレイだし、歩き方が堂々としていて、犬の世界に貴族と庶民の世界があるとしたら、完璧に貴族犬だな。高貴という表現がふさわしい。

でも、今日の俺は「姉さんの犬になりたい!」とは思わなかった。何とか自分の力で這い上がろうという気力に満ちている。そんな貴族犬のテリトリー広尾の整備された街路樹の道の、なるべく端っこを歩きながら、若宮先生のクリニックを目指した。大きな公園を過ぎ、しばらく歩いていると、目の前に若宮心療内科クリニック・若宮カウンセリングルームという緑色の看板が見えてきた。
 
5階建てのビルの3階が若宮先生のクリニックで、エレベーターを昇ると、フロアの目の前が法律事務所、左に折れ、廊下を少し進んだ先に先生のクリニックがある。クリニックの扉にも、若宮心療内科クリニック・若宮カウンセリングルームと緑地に白抜きの文字がプリントされていた。どうやら旦那さんが心療内科医で、若宮先生は臨床心理士みたいだ。

受付で名前を告げ、問診票を提出すると、スグに奥へと案内された。奥のカウンセリングルームの廊下の椅子で待機していると、しばらくして、上品そうな女性の先生が扉から顔を出して、「田島さん。どうぞ」との呼びかけに従い、カウンセリングルームに入った。

カウンセリングルーム内は白の床・天井・壁紙に、暖色系の照明が落ち着きを与える。そんなルームだった。通常カウンセリングでは、先生と患者さんは90度で座ると聞いた事があるが、若宮先生は長机を2つ長辺同士でくっつけて、その対面の位置に座るよう指示された。

「初めまして、若宮百合子と申します」
「初めまして、田島淳平と申します」
「高山さんから話は聞いております。最初に今日のカウンセリングの目的についてお話しますね――」

というと若宮先生が、今日のカウンセリングの流れについて説明した。声は静かだがよく通る声で、全身の力の抜け具合に先生の柔和な顔も相まってか、自然と緊張が解れてくる。何だろう、同じ空間に居てスゲー心地良いって感じがある。確かに、これだったら、言っちゃいけない事も、ついポロって出てしまいそうな、そんな緩み方になる。

「では、カウンセリング始めましょうか」
「はい、お願いします」

最初に、現在の俺の生活習慣について事細かに聞かれた。その上で問題点を列挙し、原因がどこにありそうか? 俺なりに答える。

続いて、若宮先生が、様々なクライアントさんの事例を挙げながら、先生自身の考えを話す。続いて、若宮先生が、自身の経験から得た、先生自身の考えを話す。続いて、若宮先生が、改善案について色々と話す。続いて、若宮先生が、改善案とは関係ない、ぐうたらな高校生の息子さんについて話す。続いて、若宮先生が、息子さんのドギャル彼女の愚痴を聞かされる。続いて、若宮先生が、「余計な事ばかり話してごめんなさい」と話を修正するかと思いきや、出演したテレビ番組で共演した俳優さんが素敵という話を聞かされる。

結局、最初の10分以外は、若宮先生が一方的に話続けたまま、カウンセリングは終了した。カウンセラーって傾聴が基本じゃなかったっけ? まあいいか、何かやる気は出たし。

カウンセリング終了後、看護師さんから、生活習慣改善の指導を受けた。

主な指導内容は以下。

睡眠面は、就寝時間と起床時間を決めた上で、毎日起床時にメールを送る。食事面は、メールで日々の食事の写真を送る。そして俺の場合は家事の定型を作る。それを、to doリストに落とし込み、1コ1コ着実に実施するというものだった。

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