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37.理不尽な母と歪になった内面。

田島家の子供達は将来の為という理由で母が決めた事、納得した事しかさせてもらえない家だった。唯一サッカーだけは、父の擁護と駄々を捏ねて続けさせてもらったものの、他は1つも自分の意志が反映された事が無かった。

母はとにかく厳しかった。いや厳しいというだけでなく、そこに当人の機嫌や気分が乗じるものだから理不尽なのだ。機嫌が悪い時など、テストでうっかりミスをしただけで、ヒステリックに叱る、叩く、悲しむ、そして叱る。自分の思い通りに操縦したいという気持ちが強すぎるのか、母が敷いたレールから少しでも外れようものなら、叱るどころか、人格を否定するような事まで平気で言ってきた。俺は表向きは「スパルタ教育」という言葉に留めているが、その範疇では無い。俺を不満の捌け口にしている。そんな風にしか思えなかった。

こんな馬鹿げた事もあった。俺は放っておくとダメになる「レベルの低い人間」だから、「私がこうやって育てるしか無い!」みたいな事を親戚に話しているのを聞いた事がある。それも、その「レベルの低い人間」という見立ては、どこぞの訳の分からない占い師だか占星術師だかが下した診断だったのだ。普通は、そんな訳の分からん占い師だか占星術師の下した診断など一蹴するだろう。でも、母はそれを自分の理不尽な迄の厳しさを正当化する理由に使っていた。

その後、高校受験は第一志望の私立に落ちて、公立高校に進学。この時もボロかすに言われた。もう、1週間くらい顔を合わせる度に、お前が悪いだの、私の努力を無駄にしただの、散々言われた。

父が、「母さんは可哀想な人だからお前が我慢してくれ」と言うから、ぐっと耐えていたが、この時はもう母の声を聞く度に胸の辺りがキュッと締まって苦しくなるくらい辛かった。

高校では父の擁護のお陰もあって、サッカーに没頭する事が出来た。学校の成績も上々だった為、そこまで干渉される事も無かった。(多分、父のお陰)だが、いざ大学受験の時期になると、再び母の理不尽が復活。擁護してくれていた父が単身赴任で北九州に行ってしまったのも不幸だった。正直、大学受験は俺自身の計画通りに科目を選び、塾を選び、勉強していれば、多分第一志望に受かったと思う。だけど、母は計画の段階から干渉してきた。母が勝手に選んだ科目、勝手に選んだ塾。

結局、塾の費用を負担するのが親なので、最後は母の言うがままにならざるを得なかったのだ。結果、第一志望、第二志望も落ちる。

母の攻撃は凄まじかった。もう人格否定を通り越して存在否定だった。いつもは黙って耐えていた俺も、この時は反撃せずにはいられなかった。最後は妹が警察を呼んで、警察に宥めて貰う形で、やっと収まったくらいだった。

間もなく父が会社に掛け合った上でだと思うが、自宅に戻ってきた。大学は第三志望、第四志望ですら無かった関西の大学へと進学した。父の薦めでもあった。楽しかった。大学時代は本当に楽しかった。4年間サッカーに没頭できた。

また、母と離れた事で、電話ではあるものの、普通に会話が出来るくらい迄に関係性は回復した。だが、内定先でやらかし内定取り消しになると、母の攻撃が再び始まった。そして衝突し家出。それ以来、一度も連絡を取ってない。時々、妹と父と連絡を取るくらいで完全に縁が切れたと言って良い。

白紙にあれこれ書き込み、その書き込んだインクをボヤーっと眺めていたら、次々と当時の出来事が浮かんで来た。それを新しい白紙に年表みたいにして並べ直して掘り下げてみたら、細かい記憶までが蘇ってくる。本多さんの的確な問い掛けもあって、当時の感情や、何を考えていたか迄が紐付けされた状態で蘇生してきて、久しぶりに、胸の辺りがキュッと締まって苦しくなるくらいにクリアな映像で思い出せた。

それにしても、もう小学3年生くらいから、母の理不尽に対して強い疑問を感じていたんだな。表向き母に従いながらも、心の中では違うと思っていたし、常に反感を抱いていて、もっと良いやり方があるとさえ考えていた。

でも、父の「母さんは可哀想な人だから」という言葉にも呪縛され、反抗期の発散先を家には一切向けず、外に向けてきた。やたら、先輩とか先生とか、そういう上の連中に反抗していたし、この頃からトラブル体質だったみたいだ。(今の酒乱と変わらないね)

母への疑問、それを引き伸ばせば、「俺の考える通りにやってたら、断然もっと上手くいってた」という気分だったのかもしれない。今の体たらくは母のせい。俺のせいじゃない。俺が考える通りにやってたら……。そうやって、自分のプライドを守り続けてきたのかもしれない。逆に言えば、俺の考える通りにやってみて、もし失敗したら……。

何だろ。母の理不尽に耐える為に俺の内面がそういう歪な形に変性してしまったのかもしれない。いや、実際は分からない。でも、多分、そうだと思う。

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