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14薄汚い涙がチビリ垂れてきた!【公開】

63

「じゃあ、説明して」と麻子が促すが、想定と違う展開になってしまったのだろう。雄輔は、話す内容が浮かばないのか、しばらく口をモゴモゴとさせた後で「その前に、何か言いたい事があれば言って?」と逆に質問を投げた。

「えっ何? 私が言うの?」
「うん。ちゃんと聞くからさ」
「あ~。分かった。じゃあ、どうして、その説得の仕方で私が納得すると思ったの?」
「えっ? あ~」

 雄輔の目が泳ぐ。しばらく目が泳いだ後で「麻子が急に反対したからビックリした」と言い出した。麻子は「えっ? 相談してって言ったよね」と返すが、雄輔は「まあ、いいや説明するよ」と言って、何やら偉そうな態度でプレゼンをし始めた――。
 自分がいかに有望か、塾内でも優れているか、板東先生に誉められたかを説明し、今このチャンスを逃すのは勿体ないと言い出した。続けて、成功後に訪れる素敵な未来とやらを語るのだが、そこには誇大妄想的な成功者雄輔しか登場しない。最初は、麻子も「うんうん」と頷いていたが、途中から頷かなくなった。その様子を察知したのか、「後はね、麻子にもメリットがあるし、雄大にもメリットがある」と誇大妄想的な雄輔の未来に比べて、具体性ゼロの1行を付け加えた。

 麻子が目を逸らした。
 雄輔が「おい聞いてるのかよ」と注意しても、目を逸らしたまま「聞いてるよ」と答える。
 雄輔の口調が強くなる。
「なあ聞いてるか? これだけ教えれば分かるだろ。雄大もレベルの低い連中とも付き合わなくて済むからな。絶対その方がいいだろ」
 麻子がゆっくり視線を合わせる。
「ねえ、私達にとっての幸せってそういうことなの? そうやって人のこと見下して馬鹿にしてたら、いつか痛い目に遭うよ」
「いやいや、もう痛い目に遭ってるよ。もっと早く気付けば良かった。もっと早く自分にふさわしい場所に行くべきだったよ」
 麻子が首を傾げて呆れ顔になる。
「分かった。ごめんごめん。俺も急ぎ過ぎた。俺も3~4ヶ月前にやっと目が醒めたばかりだからね」

 というと本棚から板東の本を2冊取り出す。
「麻子、まずは俺と同じ地平にたってくれ。話し合いはそれからだ」
 と言うと、その2冊の本を麻子の胸に押しつけた。
「ハイ、じゃあ終わり。それ今週中に読んでおいてな」

 雄輔は、麻子の背を押して部屋から追い出そうとするが、麻子がその手を払い除けると、板東の本を床に投げつけた。バチンという音と一緒に付箋が2枚剥がれる。
「お前、何してんだよ! ふざけんなよ」
「バカじゃないの。いつから私はあなたの弟子になったんですか。 こんな胡散臭い人に騙されてさ」

 胡散臭い人。この言葉だけは許せなかったようだ。雄輔の表情が一瞬で険しくなった。
「オイお前、ふざけるなよ。板東先生は俺にとって恩人だぞ」
「どこが恩人よ。単なる詐欺師でしょ」
「お前、マジでふざけんな」
 と言って壁を叩き威嚇する。
 麻子は一旦引いた。
「分かった。ごめん。ごめん。投げたのは悪かった。でも、おかしいよ」
 でも雄輔は止まらない。再度壁を叩く。
「何がおかしいんだよ。お前だろおかしいのは。文句あるなら言えよ。言いたいことがあるんだろ。言えよ」

 しつこく「言えよ」と迫ってくる雄輔に、麻子も覚悟を決めた。

「本当。言っていいのね。そこまで言うならば、私も言わせてもらうからね」
「おお言えよ」
「起業って何をやるの?」
「それはこれから決める事だからさ」
「ホラ、ちゃんと考えてないでしょ」 
「そういうものなんだよ」
「どうせ、また腹立ててさ、その憂さ晴らしに起業とか言い出したんでしょ」
「違ーよ。家族を幸せにする為に考えてんだよ」
「じゃあ、何で相談もせずに進めるの。それにその偉そうな態度は何。何でそんな上から教えてやるみたいな態度を取るの」
「それはさ~、お前は分からないだろ。起業の世界なんてさ。分からない事は全部反対するのが麻子だろ。だから、教える必要があるって意味で言ってるの」
「あのね。あたしはあなたの弟子じゃないの。それにね弟子なら師匠を選ぶ権利があるでしょ」
「いやだって、夫婦だからさ、それは素直に聞けばいいだろ」
「何で私だけそうなるの? どうせ、この胡散臭い先生から言われたこと鵜呑みにしてるんでしょ」
「は、お前ふざけんな。板東先生がどれだけ凄い人かお前知ってんのかよ。まあ、いいや、俺はまだ初心者みたいなもんだからさ、それで先生の言うとおりにしてるの」
「でもさ、何でもかんでも人の意見を鵜呑みにする人がちゃんと経営なんて出来るの?」
「は~? その経営を学んでるんだよ。何言ってんのお前」
「じゃあ、何を学んだの? 教えて下さい。私に分かるように教えて下さい」
「いや、だから、あの~、何だろう、何から説明すれば良いかな~」
 と戸惑う雄輔に麻子が追撃をかける。
「ホラ、ちゃんと教えられないじゃない」
「いやいや」
「どうせ、他人は見下せとか、反対する人の意見は無視して良いとか、そんな事しか教わってないんでしょ」
「は~。何言ってるのお前」
「じゃあ、教えてください。どんなビジネスをやって、どう経営して、どう成功するんですか? 教えてください」
「いや、まあ、だから、それはさ……。あの~、言っただろ、それはやりながら学ぶものだってさ」

 具体的な事を聞かれる度に、雄輔は口をモゴモゴさせては、屁理屈を捏ねて逃げる。何しろ、具体的な事は何一つ教わっていないのだから答えようがない。

「ねえ、あなた分かってる。起業して失敗したら、あなた1人で済む話じゃないんだよ。家族の事を考えたら、こんな進め方普通出来ないよ。ねえ、よく考えてよね」
「知らね~よ。家族って言ったって所詮他人だろ。俺には俺の人生があるんだよ。お前等に何の権利があるんだよ」
「所詮他人? 本気で思ってるの?」
 雄輔がハッとした表情にになる。
「もちろんもちろん、俺は家族の為に起業するんだよ」と修正した。
「違うよね。だってそんなの望んでないよ。あなたが全部勝手にやってるだけでしょ」

 麻子がさらに攻勢に出る。
「じゃあ、失敗した時はどうするの? 必ず成功するとは限らないでしょ」
「いやいや、板東先生からも、俺は確実に成功するって言われてる」
「確実なんて無いでしょ。あなたが出待ちしていた社長だって秘書に猥褻行為をして逮捕されて全て失ったでしょ。この前みたいに地震があったり、病気になったり、人生なんて何があるか分からないんだよ。それでも確実に成功するの? それでも確実に成功出来るって言うなら教えてもらえる」

 答えに窮したのか、「何だよ、お前はさ、全くよ~、いつもそうだ、全く……」と答えにならない言葉で繋ぎながら、返す言葉を考えているようだが、しばらくしても結局思いつかなかったようだ。

「何でお前はいつもそうネガティブなんだよ」
 雄輔は話を逸らした。
「違うでしょ。聞いてるの。質問してるの。納得出来たら私も賛成するよ。ねえ、どうやって、そんだけ自信があるんだったら、説明出来るでしょ。ねえ教えて」

 その後は、口をモゴモゴさせながら、支離滅裂な事を言い始め、やがて麻子の人格までをも否定し始めた。
「お前がこんなレベルが低い女だとは思わなかった」だの、「お前みたいな女が教育したら子供がかわいそう」だの、「お前みたいな人間が存在するだけで世の中にはマイナス」だのと。

 もう埒があかないと思ったのか、麻子が首を振りながら、雄輔の支離滅裂を途中で遮った。
「もういい。もう話したくない」
 麻子は「ハイ、これで終わり」と手を打って、部屋から出て行こうとする。

 まだまだ言い足りない雄輔がその後ろ姿にさらなる悪言を放つ。
「へん。お前の思い通りにならない旦那はお払い箱か。どうせ離婚でもするつもりだろ」
 麻子が振り返る。
「離婚なんてしないわよ。ずっと一緒に居るつもりだから反対してるんでしょ」
 麻子の目が潤んでいる。
「お、おい、何だよお前。マジで泣くのはズルいぞ!」
 麻子は鼻を啜りながら「勝手に涙が出るんだからしょうがないでしょ」と言い返す。
「ホント女はスグそうやって誤魔化すよな」
「うるさいな! とにかく反対だからね」
「お前さ~、ホント強情で分からず屋だよな」
「もう知らない。どうなっても知らないよ。私はお父さんが事業い失敗して家族が苦労したから、だから慎重になって欲しかったの。こんな事言いたく無かったけど、あなた、あなたが思っている程、出来る人じゃないからね」

 その一言で雄輔が沸騰する。先程よりも強く壁を叩き「ふざけんな黙れ!」と怒鳴り出すと、数分に渡り麻子の人格を否定するような暴言を繰り出し、最後に麻子に対し絶対に言ってはいけない一言を口に出してしまった。

「大体、お前の親父と俺を一緒にするな。お前の親父みたいな負け犬にはならない。そんな無能な人間じゃない。マジでふざけんな」

 麻子の顔に一瞬怒りが浮かび口を開けて何かを言おうとするが、すぐに口に手を当てた。少し浮かぶだけだった涙が、みるみる溢れだし、新たに溢れる涙に押されるようにしてポロポロと零れ始め、零れる涙に引っ張られるように麻子が俯いた。

 背中が波を打つように上下し始めると、雄輔が目を見開き「あ~」と叫び狼狽え始めた。

「ごめん。ごめん。今のはダメだ。今のはダメだ。ごめん。ごめん。これはダメだ。最悪だ。これお俺も許せない」

 雄輔が麻子の肩や背中に手を当てて、「ごめん」と謝るが、麻子は背中を向けたまま応じない。雄輔が頭を抱えながら、麻子の周囲をうろつき回る。が、やがてバッグに仕事道具を詰め込み、財布に携帯を手にすると、「本当にごめん。頭を冷やしてくる」と言って大きな足音を立てながら玄関へ。
 急いで靴を履いて家から出ようとするが、焦っているのか、鍵を締めた事も忘れて、扉をガンガンと音をさせている。「んだよ」と吐きつけ扉を蹴ると、鍵を開けて、外に飛び出していった。


64(X2年7月)

 自宅を飛び出すと、最寄りの梅ヶ丘駅とは反対方向に歩き出していた。

 歩き出してしばらくすると、涙と鼻水が一気に流れ出てきた。何か頭で考えている訳では無いし、何か対象が浮かんでくる訳では無いのだけど、でも何かに責められているような、そんな不思議な感覚だった。

 細い裏道を縫いながら隣駅へと歩いて行く。途中で、20代前後の女性2人組みとすれ違った。すれ違ってすぐ、「どうしたんだろ?」「突然アレルギーになったのかな?アハハハ」という声が後ろから聞こえてくると、急に我とか恥とかいう感覚が蘇ってきた。

 近くのスーパーのトイレに寄り、顔を洗い、鼻水を出し切るが、まだまだ出てくる。店内でマスクを購入し、再びトイレで鼻水を出し切ってから装着する。涙も鼻水も収まったのか出きったのかは分からないが、殆ど気にならない程度にはなった。

 スーパーを出ると、裏道ではなくバス通りへと出た。

 しかしながら、やってしまった。負けず嫌いを発揮してしまった。麻子の父親の件が禁句だって事は分かっていた。でも禁句だって分かっているからこそ、その攻撃力に期待してしまったのだと思う。劣勢を挽回する為に、つい言ってしまったのだ。多分、小さな男の子が怒られて追い詰められて「ママなんか死んじゃえ」って言ってしまう、あの感じなのかもしれない。

 隣駅から電車に飛び乗ると横浜方面へと向かった。この後どうしたら良いだろうか? 今日は、いや今日だけではない。しばらく自宅には帰らない方が良い。となると、一体その間、どこへ行ったら良いだろうか。

 横浜駅に到着すると、特に何も考えずにJR線乗り場に向かった。駅構内のオレンジ色の看板を目にしたら、1人泊めてもらえそうな候補が浮かんできた。専門学校時代の同期で、板東塾の入塾料を借りた小宮山だ。小宮山は現在藤沢に住んでいる。
 すぐに小宮山にメールをする。数秒で返信があり、「いいよ」と返ってきた。オレンジの看板の下の階段を昇ると、丁度熱海行きの電車が到着。そのまま進行方向一番後ろの車両へと乗り込んだ。時間は19時台。休日だからかそこまで混雑していない。

 車中。つり革に掴まり扉の窓から外を見ていた。罪悪感なのか何のせいか分からないが、どうも心が落ち着かない。意識を自分に向けると、胸の奥から鼻の後ろ辺りにツンとした物が込み上がってくる。

 何かで気を紛らわそうと思い立つと、すぐ脇の席で女子2人が妙に噛み合わない会話をしているのに気付いた。周辺視野と耳に聞こえてくる情報から察するに、大学のバスケットボール部だろう。耳を凝らしてみる事にした。

 ショートカットの子が「先輩に東京体育館に誘われたの」と嬉しそうに話しているのに、隣の肩くらいの茶髪の子が「へ~」と興味なさそうな相槌を重ねている。ショートカットの子が「何だろう?、ねぇ何だろう?」と嬉しそうに聞くのだが、茶髪の子は「何だろうね?」とはぐらかす。どう考えてもショートカットの子はその先輩が好きで、東京体育館に誘われた事を喜んでいる。「きっと好きなんじゃない」と言って欲しそうに、「何で呼び出されたんだろう」、「どういう意味かな」などと上半身を弾ませながら聞いている。でも、茶髪の子は、話題を変えようとしたり、適当に流して、はぐらかそうとしている。

 おいおい嫉妬するなよ。

 途中の駅でショートカットの子が、笑顔で「じゃあね」と言って降りていった。すると、向かいの席に居たジーンズの子が隣に移動してきた。「何!登場人物は3人だったのか」などと心の中で驚いていると、2人は「どうしよう、どうしよう」と狼狽え始めた。「うん? 何だ?」と思ってより耳を凝らしてみる。どうやら事態は複雑だった。

 というのも、その先輩とジーンズの子が密かに付き合っているのだ。さらに、先輩がショートカットの子を呼び出したのは、どうやら、彼女の同学年のドブゴリラという、いかにもイケてない渾名の男子の為らしい。東京体育館にショートカットの子を呼び出し、そこで二人きりにして、告白する機会を作る算段のようだ。茶髪の子がジーンズの子に「絶対打ち明けた方がいいよ!」と訴えている。ジーンズの子は困り果てている。

 確かにこれはマズい。それも誰も悪く無い。でも下手をすればショートカットの子と2人との友情が壊れかねない。顔がドブなのか口がドブ臭いのか何なのか分からないが、ドブゴリラの勇気と先輩の男気が生み出す悲劇。

 次の駅で「ねえ、話し合おう」と言い合って降りていった。

 一番良いのは、ジーンズの子が彼氏である先輩に連絡して、その告白を止める事のような気もするが、どうもそこまで考えが及んでいなかったようだった。ドブゴリラ一人の挫折であれば、影響は他には及ばない……。などと、どうでも良い事を考えている内に、段々気分も落ち着いてきた。

 電車が藤沢駅に到着した。小宮山に連絡をして改札前で待機。しばらくすると、シャツに短パンにサンダルという姿で駅前にやってきた。そのまま近くのレストランで飯を食べ、小宮山宅へと移動した。

 小宮山について、少し説明しておこう。小宮山は専門学校時代の友人に当たる。戸田ほどではないが、仲の良い友人の1人だった。小宮山は3年前に離婚。理由は未だによく分からないが、相当なショックを受けていたので、結構ハードなトラブルに見舞われたのだと思う。だが、そのショックをバネに2年前に独立。ジムを立ち上げ、今では人気ジムとして雑誌に取り上げられ、本人曰くだが結構稼いでいるそうだ。

 3LDKの小宮山の1人暮らし宅に到着すると、20畳弱はあるリビングでサッカーゲームをして遊んだ。

 今日の事件について軽く話すと小宮山は私の味方をしてくれた。途中までは一緒に悪口を言ってたが(小宮山は元奥さんの悪口)、深夜を回りゲストルームと称する部屋に入り、いざ布団に入ると後悔の念が押し寄せてきた。

 ただ、浮かんだのが、もっと違うやり方にすれば良かったとか、相談して進めれば良かった、といった自分の事ばかり。「あ、俺自分の事ばかり考えている」と思ったら、急に天井が迫ってくるような感じがした。少し怖くなって何かを考える事を止めると涙が自然と溢れ目尻からこめかみを伝い……。

 いや、そんな湧水みたいな綺麗な表現は違う。言葉を当てるなら、薄汚い涙がチビリ垂れてきた、と言ったところか。
 そのチビリ垂れてきた薄汚い涙を拭こうと思い起き上がる。ティッシュを取るついでに携帯電話を取りだし、{しばらく頭を冷やします。気にしないで下さい。}と敬語で送った。


65麻子と智美(X2年7月)

 麻子と智美は、この日も麻子宅で紅茶を飲みながらおしゃべりをしていた。

 今月は後輩から告げ口される旦那ネタが相当豊富だったようで、紅茶を一口含むなり、怒濤のように旦那ネタをしゃべっていた。
 智美の旦那である市田誠一が営業先で、営業車の屋根の上に契約書類の入った封筒を置き忘れ、その探索の為に営業先の社員さんを総動員する羽目になり、上司に怒鳴られた件。
 犬の糞を踏んだ靴に気付かぬまま訪問先(クロージング前の会社)の床を糞まみれにし、先方の会長さんにブチキレられた件。他にも、今月で2度も財布を無くした件。親戚の1周忌から帰ってきたら、靴が両方右足になってた件。などなど、よくもまあ、この短期間でこれだけのネタを提供してくれるものだ。

 続いて雄輔の話題になった。雄輔は家出してから4日後に帰ってきた。

 結局、智美のアドバイスで高山先輩にメールを入れ、{怒ってないから帰ってきてもいいよ}と伝えてもらい帰るキッカケを作った。「絶対に麻子から謝ったら駄目よ」という智美のアドバイス通り、帰ってきた時に腕を組み怒ってる風の演技をしたところ、帰宅早々、雄輔が90度頭を下げて謝った。

 ただ、どうやら本質的な反省をしている訳ではないみたいだ。

 麻子が不安そうな顔をしている。
「謝ってはくれたんだけど、どうも暴言について謝っただけなのよね」
「でも、あの暴言はダメよ。本当に大変だったもんね。私も当時を知ってるから腹が立つわよ」
 智美がどこをどう反省してないのか細かに聞く。
「あのね~、起業に関しては自分は間違ってないけど、進め方が悪かったみたいな言い方なのよね。それに、塾の人に言われたから、あんな強引なやり方をしただけで、俺の意志じゃないから、みたいな言い逃れをするのよね」

 実際、麻子が本質的な点を指摘しようとしても、「ごめんごめん、今度はちゃんと相談するから」と言って、それ以上向き合おうとしない。

「ええ、何でなの?」
「何でなんだろうね?」
「あの胡散臭いじじいの塾は? 指摘したの?」
「うん。直接は言ってないけど、別の人にも相談した方がいいんじゃないって言ったのよ。でも、ノウハウは確かだからって言ってる」
「じゃあ、続けるんだ?」
「そうみたい。一応、他の人にも相談するみたいだけど、塾は続けるみたいよね」

 智美が腕を組む。
「ん~。あのじじいが問題なのにね~」
「う~ん。多分だけどね。机に入っていたノートを見たらね。何かスピーチのメモみたいなのがあったのよ。5年後には1億とか、背水の陣を敷くとか、そんなのがいっぱい書いてあったのよね」
「あ~分かった。夢は人前で宣言するみたいな話だ」
「そうだと思う。多分大見得切っちゃったのよ。会社にも辞めるって言った上で随分と会社批判しちゃったみたいだからね」
「なるほどね、引くに引けないのね」
「そうだと思う。最近は、またちょっと変な事言い始めてるしね」
 麻子が眉毛の縁(へり)を下げ、不安に呆れを交えたような表情をする。
 智美がすかさず提案する。
「ホラ、何だっけ? また名前忘れちゃった。あのM字禿げで重役風の人」
「高山先輩」
「そうそう。高山先輩、高山先輩。何でこんな分かりやすい名前なのに忘れちゃうのかしら。M字禿げ連想でMから始まる苗字だと思い込んでいるのかな~」
 というと2人で笑う。が、急に智美が真顔になる。その緩急に麻子はまた笑う。

「麻子、笑いすぎ。っていうか麻子、高山さんに相談した方がいいよ。今のままだと、また暴走するわよ。私もあの板東とかいうクソじじいの本を買って読んだけどね。ホント洗脳なのよ。ちゃんと洗脳解いて上げた方がいいわよ。もっと時間が過ぎると収まるものも収まらなくなっちゃうよ」
「そうだよね~。でも迷惑じゃないかな~」
「いいのよ、いいのよ。ああいうM字禿げの重役風の人はね、人の世話焼くの好きなんだから」
「う~ん」
「私の取引先もそうよ。M字禿げの重役風の人はね、何か信頼出来るのよね」
 麻子が頷く。
「何でだろうね。あっそうか――」
 というと、智美は英国や米国のバンドやアイドルのリーダー格の人は、大体M字禿げという珍説を披露し始めた。
 麻子は笑いながら、高山にメールを入れた。

<続く>

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全29巻のビジネス系物語(ライトノベル)です。1巻~15巻まで公開(試し読み)してます。気楽に読めるようベタな作りにしました。是非読んでね!

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