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29.イミテーションなカフェと日焼けしてない本多さん。

今日は本多さんの事務所兼自宅に行く日。

時期は6月。まだ海の季節では無いにも関わらず、逗子駅から乗ったバスは異様に混んでいた。時間は昼過ぎなのだが、買物帰りの奥様、背広を着た若い人、おじいちゃん、おばあちゃんでギューギューになっていた。

俺が押し込められたバスの中扉付近に、なぜか水着にラッシュガードの金髪姉ちゃんが2人。途中のバス停で学生集団が乗ってきて、すし詰め状態になり、色々な意味で疑われそうな状態になったので、とりあえず、「何かごめんね」と声を掛けたのをキッカケに、「あれ、ひょっとしてリュウさん?」という人違いも加わり、なぜかペチャクチャとしゃべる事になった。

リュウさんというのは、今日のツアーの先生だそうだ。姉ちゃん方によると、「顔メッチャ似てる! アハハハ!」らしい。何でも、これからSUPのツアーに行くそうで、現地の更衣室が狭くて混む上に「水虫を感染された事があったから」という理由で、駅近くにある友達の家で着替えて移動中なのだそうだ。

「帰りはどうするの?」と聞くと、「帰りは車で来た人に駅近くまで送ってもらうの!」と教えてくれた。降車前になぜか連絡先を教えてくれて、「今度一緒にツアー行こうよ!」と誘ってくれた。

バスを降り、なだらかな坂を昇り、本多さんの自宅兼事務所に到着した。インターフォンを鳴らすと「少し外で待っててもらえますか?」と言われたので、外で待っていた。

しばらくして本多さんが大きめのラップトップバッグを持って出てきた。

「あれ、今日は?」
「ええとね、今日は妻のお客さんがトレーニング中なんで、外でミーティングします」

という事で、本多さんと一緒に、お屋敷・小屋敷(オシャレな)にリアルな古民家(ボロ民家)を横目になだらかな坂を下った先の、こっちはボロでは無い古民家風(イミテーション)のカフェへと訪れた。
 
そんな擬(イミテーション)なカフェの擬(イミテーション)な戸口を潜ると作務衣の男性が小走りに会釈と笑顔でこっちにやってきた。どうやら店主みたいだ。

古民家風な、でも恐らく軽量鉄骨であろう、擬古民家カフェの店主と本多さんが知り合いで、擬戸口を潜ると、本多さんと親しげに会話を交わしながら、奥にある個室へと案内してくれた。

焦茶の板張りの上に大正ロマン風というワードで括れそうな柄が特徴のソファー、大正ロマン風?なのか何なのかは知らんが、板張りよりも焦茶な猫足アンーティーク調のテーブルが、「俺がメインだぜ」ってな虚勢で何だかスゲー主張している。

一応、俺も気を遣って、「オシャレですね」と発してみたけど、本多さんは「親父の趣味なんだよな」とこぼした。確かに、何だか重い空気の部屋。

ただ、擬大正風のグラスで出された抹茶ラテは爽やかで軽く、自家製の和菓子も甘さを抑えた味で、ラテの甘さと連続しても、しつこくならない洗練された味だった。この重めの内装趣味の人にしては、さっぱりしているというか、爽やかですらある。

本多さんも「ここはね出すモノは凄いんだけどね」と含みのある語尾と、右手の擬大正風グラスを、何か言いたげな表情で見つめながらも、一応は誉めていた。俺も、その表現の曖昧さがピッタリだと思う。

本多さんの薦めで、店主がこだわりにこだわって作ったというモンブランケーキと、苦めの緑茶を追加で注文した。これがまた美味しかった。モンブランケーキを食べた直後にお茶を飲むと、ケーキの甘みというより、お茶の苦みが快として引き立つ。

本多さんが再び「腕は本当に良いんだけどね」という含みのある語尾で誉めていたが……。確かに、本多さんのモンブランを載せた器が毒々しい深紅と、闇夜の漆黒で、器の真ん中辺りでS字カーブを作って鬩ぎ合ってる。俺のは黒と白の市松。

器は違う人に選んでもらった方が良いと思う。

しかし、この海沿いの町に住みながら、本多さんは全然日焼けしてない。これは最初にお会いした頃から気になっていた。

「本多さん、海沿いの人にしては肌全然白いですよね」
「はい。僕日焼け嫌なんですよ。スポーツもね、妻はマリンスポーツなんですけど、僕はMTBとかトレッキングが趣味で、海の遊びはシーカヤックくらいしかしないんですよ」
「なのに葉山なんですか?」
「葉山は妻の希望なんですよね。僕は河口湖を推した上で、茅ヶ崎くらいに落とし所って考えていたんですけどね。もう負けましたよ」
「河口湖か~」
「ええ、だから、今の僕の目標は河口湖にセカンドハウス兼オフィスを持つ事なんですよね」

その後、本多さんの奥さんの痴漢野郎退治や盗撮野郎退治の豪快エピソードを幾つか聞かせてもらうと本題へと移った。

「田島さん、今日は、時間に追われる人間から、時間を制する人間に生まれ変わる為のトレーニングの提案です」
「はい」
「ズバリ、朝型生活に変えてもらいます」
「朝型?」
「はい朝型です。朝型に変えることで――」

本多さんによると、本来は出勤という意味では起きる必要が無い時間に敢えて起きる事に意味がある。本来は起きなくて良い時間に、自分の為の時間を作る為に起きる。こうして、日々「自分の為の時間を作るために朝早く起きる」を繰り返す事で、段々「時間に追われる」から、「時間を制する」「時間をモノにする」という意識、感覚に変わってゆくのだそうだ。

「これ、凄いですよ。話を聞く限り田島さんは早起きが得意では無さそうだから、尚更効果あると思いますよ。何度も失敗しながら、でも何度もトライする事に意義があるんです。まあ理屈はこの辺にして、とにかくトライしてみて下さい!」

今日のコーチングはこれだけだった。


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