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12起業しか選択肢が残ってないのだから……。【公開】

54(X2年6月)

 改めて起業を決意して以後、どんどん仕事が怠くなってきた。

 今まで、どんなにヘルプ地獄の日々が続いても、仕事で朝起きるのが億劫という経験は無かったのだが、このところ、毎日にように2度寝をし、時々、麻子に起こされるようになった。

 それだけではない。いつもは朝に大の方を済ませてから出掛けていたのだが、遅刻ギリギリで起きた日は大をせずに家を出る。遅刻ギリギリなものだから、駅まで走る事も多い。ギリギリ電車に乗ってホッとするのも束の間、今度は便意に襲われる。便意の波に襲われながら、何とか大井町駅までは我慢する。途中で降りようものなら、確実に遅刻になるからだ。

 耐えに耐えた末、大井町駅で急ぎ大を済ませた後は院までランニングだ。もう辞めるとは言え、今まで散々遅刻してきたスタッフに「やり過ぎ」なくらいペナルティーを与えてきただけに、遅刻するわけにはいかない。

 来月か再来月に退職すると決めてから、やる気も向上心も潰えてしまった。(まだ退職届けは提出してない) モチベーションはゼロに近い。とは云え現場に出ればいつも通りテキパキと動きはする。

 ただし、長年の経験、習慣、というより惰性と言った方が良いと思うが、体で覚えている作業を淡々とこなすだけで工夫はしない。「こうなると人間の成長は止まるな。下手に慣れるだけになるな」と思ったが、独立後は恐らくコンサル路線で行く予定なので、もう腕が鈍ろうが、落ちようが関係無い。

 赤羽さん、八木君、上尾君といったやる気のある面々には申し訳ない気もするが、そもそも掃き溜めに飛ばされ理不尽な目に遭ってるのだから仕方ない。私からやる気を奪ったのは上の連中なのだ。

 しかし、院長の小堀は私以上にやる気が無い。

 最近は、指示だけ出して、いや、その指示も「任せます」「適当にやっておいて下さい」「~~さんの判断でお願いします」という丸投げオンリー。やる気が無いという表現では足りないくらいに碌でも無い。
 でも、お客さんは、むしろその方が良いみたいで、私がリラクゼーション事業部のヘルプ地獄で、院から離れている間に、随分と客数、リピート率が上がっていた。


55

 梅雨時期に入り、いやなジメジメが院内を襲う。ビルに原因があるのか、内装に原因があるのか、小堀のせいなのかは分からないが、あらゆる問題が一斉に院内を襲う。

 まずは施術で使うタオルの湿り気問題。 
 赤羽さんが小堀を説得して除湿機を導入し、仕入れ品の段ボールや古い備品などが乱雑に放り込まれていた奥の倉庫を整理して、タオルを干せるスペースを作り、湿度管理を徹底したところ、タオルの湿り気問題は解決した。

 次はカビの問題。
 梅雨になると窓枠、壁、天井にまでカビが繁殖。一応、年に一度は業者を入れてるみたいだが、梅雨時期になると一気に黒の範囲が広がり始める。赤羽さんが工務店で働く学生時代の先輩(体育会サッカー部だった男性)に依頼。その先輩の彼女を紹介した恩返しにと、数日間ただ働きさせてカビ対策をしてもらい、窓枠や壁や天井の黒の問題も概ね解決した。

 次は設備の修復。
 私の知らない間に、ベッドを区切るカーテンが新調されていた。古くなりガタついていたベッドも上尾君が修復した。壊れて使えなくなっていた診断機器は八木君が直していた。

 小堀が、一層いい加減になり、一切丸投げになったお陰で、大井町院は良くなった。以前は、赤羽さんが何を言っても「検討する」とだけ言って何もしなかったのだが、今は「任せる」としか言わなくなった事もあり、元々優秀だった3人の意向が反映されるようになったのだ。組織とは不思議で、小堀みたいな人間がトップの場合、むしろ何もしない方がまだマシで、変にやる気を出される方が迷惑になる。

 格好の具体例がある。アホ専務だ。

 ああいう人間が権力を持ち、決断力や行動力を発揮すると周りは堪ったものじゃない。活動的な何ちゃらより迷惑なものは無いという言葉があるが、あれは正しい。まだやる気の無い奴の方がマシかもしれない。

 昼、赤羽さんと一緒に、いつもの傾いている定食屋へと出掛けた。引き戸を潜る度に奪われる平衡感覚に最近は楽しみすら覚えた。今日も、左斜めに傾きながら店の中へと入ってゆく。(店内で大地震にだけは遭いたくない)
 たまたま案内された席からお店の入口がよく見えるのだが、傾いた店内も時には便利だったりする。人によっては入口の傾きを克服している人が居て、平衡感覚を奪われずに真っ直ぐ歩く。

 一方、一見さんは確実に、「あ~」とか「お~」とか声を上げる。来店頻度が少ない人も、やはりこの傾きには慣れない。こうして、一目でお客さんが新規客・または来店頻度が少ないのか、常連客なのか区別がつく。

 町の定食屋は接骨院と違って、お客さんのリストが取れない。接骨院の場合、施術記録を作るし、保険診療があるため保険証からリストを作る事が出来るが、定食屋はそうはいかない。でも、ここは傾きというツールがある事で、一目でお客さんを見分ける事が出来る。

 実際、常連さんには店主か女性スタッフさんが作ったと思われるコーヒーゼリーが「いつもありがとうございます」といって時々配られる。よく出来た仕組みだ、などと考えながら親しげな口調で注文をした。数分で焼きそば定食が2つ配膳された。 

 ちなみに今日はコーヒーゼリーはつかなかった。

 赤羽さんは相変わらず食べるのが早い。もの凄い勢いで焼きそばを平らげると、ずっと「川尻さん院長になって下さいよ」の口説きを、私が食べ終わるまで続ける。

「無理だよ。事実上のクビだもん」
「会社も生意気な俺がいつ辞めるって言い出すか手ぐすね引いて待ってるんだからね」
「そんな奴を院長に出世させるなんてあり得ないよ」

 などと偉そうに答えた後で、俺って本当にそんなに注目されてるんだろうか? と疑問に思ってしまった。が、どうせ起業するんだから、そんな事はどうでもいい。

 赤羽さんに昼食代を奢り、右に傾きながら店を出る。

「川尻さん、青のり大丈夫っすか」
「ええと、大丈夫」
 赤羽さんの歯に緑が見えないかどうか確認したら、知らない人の話題になった。

「そう言えば相原さんも専務に睨まれたみたいな事言ってましたね」
「うん。誰それ?」
「あっ、川尻さんヘルプで居なかったんだ。また1人飛ばされてきた人が居たんですよ」

 どうやら、私が連日のヘルプで大井町院に出勤してなかった時期に、相原という社員が飛ばされてきたそうだ。でも、その相原は1週間後にはリラクゼーション事業部ではなく、社長派の面々が揃う統括本部の担当者から連絡があり、本社勤務になったそうだ。
 そうだった。私はアホ専務派だけでなく、社長派からも問題社員の烙印を押されていたのだった。(やっぱり注目されてるな) だから、今後、相原のように救済される事は無いだろうし、山田さんにも「お前ヤバいぞ」と言われたんだった。

 やっぱり、起業という選択肢しか私には残されてない。


56(X2年7月)

 7月、再びヘルプ地獄に巻き込まれた。
 山田さんが介入してから、リラクゼーション事業部全体の混乱は収まったのだが、全体の混乱は収まったとはいえ個別の問題は相変わらず。その度にヘルプ要請が来る。それも、アホ専務一味の横暴による人手不足とは違い、個別のトラブルから来るものだから、大抵厄介な問題を抱えている。

 今回、連続ヘルプで出勤していた多摩店は、まさにそうだった。

 そもそも問題は多摩店で働いていた女性スタッフさんがお客さんからセクハラされていたため、そのお客さんを多摩店のマネージャーが出禁にした事から始まる。
 出禁措置を喰らった事に逆上したお客さんが本部に嘘のクレームを入れたのだ。そのクレームを真に受けたアホ専務一味のエリアマネージャーが閉店後にマネージャーをどやしつける。
 マネージャーが反論したところ、「生意気だ」と殴る蹴るの鉄拳制裁に発展し、大流血騒ぎの末、怒ったマネージャー、女性スタッフ、賛同するスタッフ達が一斉に辞めてしまったのだ。

 その尻拭いにと6日間連続のヘルプとなった。本部の対応も無茶苦茶だった。暴力エリアマネ-ジャーが、降格とはいえ、なぜか多摩店の店舗マネージャーになる。残ったスタッフが他の店舗と配置換えになり、アホ専務派のスタッフや、アホ専務派が採用した派遣さんが配置される。

 そんな事情があるのだから、私が揉めないはずがない。

 ヘルプ最終日の営業時間前、新エリアマネージャーが降格クソマネを連れてくる。裏で「マネージャー就任ですか、おめでとうございます」「昇格おめでとうございます」と嫌味を飛ばす。何度か嫌味を飛ばしていたら、ついに「テメー、次言ったらやるぞ」と凄んできてくれた。

 私が売られた喧嘩を買わないわけが無い。ただでさえ、テメエのせいで6日間連続ヘルプに駆り出されムカついているのだ。「テメエ、やっても構わねえけど、半殺しにするからな」と一歩踏み込むと、「あん!」と顎を上げて強がるものの腰は引けている。

 その様子に気付いた新エリアマネージャーと、後からやって来た本部の社員が、「やめろ」と間に入る。すると、降格クソマネが急に挑発。「テメー殺す」だの、「謝れボケ」だのと調子に乗り始めた。怒りの収まらない私は、「何だコラ-」と胸ぐらを掴みに行くが、すぐに本部の社員に止められてしまう。その後、私は戦法を変えて、「悪かった。謝る。仲間連れてお前ん家まで謝りに行くからよ。住所教えろよ。おい免許証出せ。なあ」と絡む。

 社員と新エリアマネージャーが帰った後の営業中も営業後もしつこく「お前の家まで謝りに行くからさ住所教えろや、なあ」と絡んでいたら、最初は強気だったが、次第に弱腰になり、最後は「勘弁して下さいよ」と敬語になった。結局、虎の威を借る狐。終いには「本部に言いつけますよ」だってさ……。

 ふざけんなボケ! テメエは言いつけられる側の人間だろ! マジ、クソ会社だ。本来だったらコイツはクビだろ! 
 ホトホト嫌になる。


57(X2年7月)

 7月。板東塾も4回目。いよいよ本格的な指導が始まる。

 今月は全体セミナーはお休みで、会員専用のウェブサイトから、それぞれ予約を取り、板東先生の個別面談を受ける事になっている。面談会場はいつもの新宿会場なのだが、私の場合、ヘルプ地獄の関係で土日の枠が厳しかった事もあり、平日特別に先生の会社で面談をして頂く事になった。

 当日、先生の会社がある国立駅へと訪れた。国立駅から徒歩で5~6分くらいの場所にある4階建てのオフィスビルの4階に先生の事務所がある。
 広さも1フロア50平米くらいだろうか。1階が店舗になっており、2階が学習塾、3階がスタジオになっている。「2階と3階逆の方が良いのでは」などと考えながら、狭いビルの中へと入ってゆく。細く短い通路の先にエレベーターがあり、4人~5人の乗車が限界(田尾なら3人が限界)であろう狭いエレベーターで4階へ。

 4階に到着しエレベーターを降りると、畳2枚分程度の廊下?とも呼べないような空間があり、降りてすぐ左側にマンションの玄関扉のような入口がある。鈍い音を出すインターフォンを鳴らすと、いつも司会をやっている安西さんが扉を開けにきてくれた。

 玄関は完全に普通の住居用のマンションのものだった。靴を脱ぎ、来客用の茶色のスリッパに履き替え中に足を踏み入れる。入口から次の扉まで、L字になっているのだが、L字を人間の膝下からつま先に例えるとすると、つま先が入口で、踵部分に扉があり、少し開いた扉から中を覗くと、ビジネスホテルによくあるようなトイレと洗面とバスルーム一体型の3点ユニットバスになっている。

 L字のすねの部分が後からリフォームで取り付けたと思われる木製の引き戸2枚(天井のレールでぶら下がるタイプ)で覆われていて中が見えないのだが、恐らく中はキッチンになっていると思われる。L字の膝の位置にある扉を開けて、中に入ると急にオフィスっぽい空間に変わる。部屋は【日】の字のように区切られている。

 【日】の字の中の横棒が茶色のパーテーションで天井まで覆っており、丁度横棒の真ん中辺りに社長室という看板がぶら下がった扉がある。奥は区切られている為よく見えないが、【日】の字の手前(入口側)の口は、右側に席が4つあり、現在は2名のスタッフさんがパソコンに向かい作業をしている。口の左側は背の丈180cm程度、幅1メートル程度のキャスター付きのパーテーションの向こうに4人掛けの机が置かれおり、私はその机に座って待つようにと言われた。

 意外だった。

 板東先生の事務所にしては、随分と簡素というか、狭いというか……。都心にもっと大きなオフィスを構えていそうなイメージだっただけに……。

 しばらくすると【日】の字の奥から板東先生がやってきて、「いや~、川尻君には内の秘密がバレてしまいましたね~」と笑顔で言われた。先生によると、このビルは先生の会社が所有しているものだそうだ。全世界に十数棟のビルを所有しているそうだが、その中でも一番小さなビルなのだそうだ。

 「秘密」というのは、先生のビジネスは情報を扱うもので、スタッフ部門を一カ所に大きく構える必要が無い。従って、先生の会社のスタッフは9割型がリモートで世界中に散らばっているそうで、こちらの事務所はセミナー運営部門を置いているだけの為、4人しかスタッフを配置してないのだそうだ。

 【日】の字の奥は、世界中のスタッフとコミュニケーションを取る為の設備になっているそうで、「これが私の会社の成功の秘訣だ」と説明してくれたが、企業秘密なのでと言って中は見せてくれなかった。 先生の生まれ故郷は山梨県都留市。故郷とも行き来しやすい国立に事務所と共に自宅も構えているのだそうだ。


58

 スグに面談が始まった。

 私が既に起業準備を進めている旨伝えたら、「いいですね。私の期待通りです」と言われた。先生に誉められると素直に嬉しい。その後、「悩みはありませんか?」との質問に、「妻が反対っぽいので困ってる」と答えると、先生からアドバイスを頂けた。

 板東先生のアドバイスは一貫していた。私が「説得を試みているが苦労している」と話すと、「説得は無駄です。指導して上げて下さい。それでついてこれないようだったら、それまでの縁です」とキッパリ言われた。

 先生曰く、「多くの人が、ここで残念な人達が作り上げた常識に囚われチャンスを逃す」のだと言う。
 私が「妻との関係性が壊れないか心配だ」と質問すると、先生は出逢いからの経緯を聞いた後で――。「たまたま学校が一緒だっただけの人が運命の人のはずがありません。運命とは自分で切り開くものです。自分から探しに行った人の中からしか真の出会いはないのです。川尻君は私の塾の門を叩きましたね。その結果、私のような天才に出会えた。それだけではありません。私の元に集まってくるような世界でも優れた部類に属する、選ばれた人達の仲間になれた。これは川尻君が決断した結果。自ら運命を切り開いた結果です。だから、今度も切り開きましょう」と言われた。

 正直、塾生に関しては、本当に選ばれた人など一握りのような気もしたが、でも片岡メディカルでは出会えないような、自らの人生に対して積極果敢い挑んでいる人達が居る事は確かだ。

 次に「とりあえず起業の準備を始めているが、このまま進めて良いのか迷っている」と質問すると、先生は――。
「いいですか、大事なのは決断する事、スグに行動する事です。そして、選ばれた側の人間は、そうではない人間を指導して上げて下さい。奥さんを指導して上げて下さい。折角、身近に大成功者になる素質を持った人が居るんですから、妨害行為を取ることがいかにバカバカしいかという事を教えて上げて下さい」と言われた。

 続けて、「でも、妻の実家が商売に失敗して苦労した家だったこともあって妙に恐れているんです。だから指導しても耳を傾けてくれるかどうか分からないので、どう指導すれば良いでしょうか?」と質問すると、先生は――。
「なるほど。それは困りましたね。そしたら、一切何も言わずに進めたらどうですか? 私の弟子にも、そういう例は多いです。最初は揉めたりもするんですが、お金が稼げるようになれば、結局、みんな賛同する。そんなものです。彼女達は彼女達の狭い世界の価値観で何事も判断するから、私達のような優れた人間の優れた決断を、身勝手とか独り善がりとか決めつける。でも、彼女達には私達の決断や行動を判断するだけの基準も頭脳も持ち合わせていない。だから、対等に考えるだけ無駄なんです。川尻君、もしあなたに問題があるとすれば、まさにそこです。川尻君は慈悲深いから奥さんと対等な立場で話し合おうとしている。違いますよ。あなたは指導する立場なのです。そうやって、一大チャンスを逃していった人を、私は何人も知っている」

 先生はそうやってチャンスを逃していった人の末路についても話してくれた。

「川尻君。そういう人がどうなるか知ってますか? 言い訳の達人になってゆくのです。自分の誤った選択を肯定する為にどんどん言い訳の達人になってゆく。家族がどうの、子供がどうの、今の仕事が好きとかね……。そして最後は私達を攻撃する。あいつに騙されたんだとか、あいつらは詐欺師だから離れて良かった、とかね。ネットで私の悪口を言ってる連中は、全員そんな負け犬共なのです。妨害者に負け、言い訳の達人になり、自分の可能性を潰したような負け犬共が、自らを慰める為に、気付くと妨害者へと墜ちてゆくのです。本当に恥ずかしいですし、みっともないですし、人間の屑ですね。 <略>  私は川尻君には、そんな負け犬にはなって欲しくない。だから、一歩踏み出して下さい。奥さんがですよ、本当に運命の人ならば、必ず気付くはずです。……。とは言ってもね私も人の子。人情とかね、腐れ縁ってのがありますからね。川尻さんはご結婚何年目ですか?」

 私が「結婚して6年目になります」と答えると先生は――。
「なるほど、だったら今でしたらお互い傷跡も浅くて済むはずです。良い機会です。ここで見極めましょう。今だったら人生やり直せますもんね。そうそう奥さんのご年齢は」
「32歳です」と答えると先生は――。
「30代ならば、まだやり直しが利きます。逆に言えば今が最後のチャンスかもしれませんよ。奥さんの事も考えて上げて下さい。川尻君についてこれないような人だったら、早めに違う世界に行かせてあげた方が親切というものです。腐れ縁でね~。ズルズルと悪い状態を強いる方が余程酷い行為なのですよ。私の弟子も皆言います。『あ~もっと早く旅立たせてやれば良かった』ってね。結局、世間体を気にしてね、自己保身の為にズルズルと行ってしまうのですよ。これは男の我が儘なんです。本当はね。それだけ相手の時間を奪ってしまうのですから」

 先生は急に立ち上がり私の真横に来ると左手で私の肩を叩いた。
「とにかく一歩踏み出しましょう。川尻君だったらスグに成功しますから大丈夫です。私が保証します」と太鼓判を押してくれた。

 約1時間の面談を終え先生の事務所を後にした。どこかスッキリしない部分は残るのだが、でも、もうどんどん進めていこうと思った。とりあえず一旦形にして既成事実化してしまえば、麻子だってきっと踏ん切りがつくはず。 そもそも、私は事実上のクビなのだから、他の人の脱サラとは訳が違う。転職先だって、どうせまともな所なんてありやしないし、組織に馴染めないから、今こうして理不尽な目に遭っている。

 もう、起業するしか選択肢が残されてない。よくよく考えてみればそうだ。起業しか選択肢が無い。そうだ、転職した所でどうせ同じような目にまた遭うんだから、もう起業するしか無いんだった。そうだった。そもそも他の選択肢がないんだった。

 じゃあ、なぜ悩んでいたのか。 まあ、いいや。 とにかく決断しよう。そして行動しよう。

 翌日から、さらに既成事実化を進めていった。
 まだ事業内容などは定まっていないのだが、以前に相談した税理士さんにお願いして、法人立ち上げ準備を進めてもらった。さらにレンタルオフィスの内覧。資本金振り込み用の通帳の準備。社名。印鑑などの準備も進める事にした。
 
 麻子指導用のノートも作り、左に質問、右に回答を書き込む形で、想定される問いの答えも用意していった。

 時々、「本当にこのまま進めて大丈夫だろうか?」と弱気になる時もあったが、その度に板東先生の本を読み、自分を励ました。一流の人物が書く本の凄さはココにある。ただ読むだけで、モチベーションが高まり、決断と行動へと導いてくれる。

 もう引けない、というところまで自分を追い込んでしまえば、きっと、もっと勇気が沸くはず。だから、とにかく進めてしまおう。どうせ、それ以外に選択肢が無いのだから……。

<続く>

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全29巻のビジネス系物語(ライトノベル)です。1巻~15巻まで公開(試し読み)してます。気楽に読めるようベタな作りにしました。是非読んでね!

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