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05希望のセミナー【公開】

24(X2年2月)

 休日、新宿の喧騒を避けるように、地下と地上と広い通りと狭い通りを駆使しながら急ぎ歩いていた。新宿駅の地下街から地上に昇って10分程だろうか、やっと目的のビルが見えてきた。ビルの入口には第6期板東塾セミナーと書かれた案内板があり、まだセミナー開始時刻の30分以上前だが、吸い込まれるように次々と人が入っていく。

 他にもセミナーが開催されているみたいなので、全員が板東塾セミナーでは無いのだろうが、それにしても私が案内板を見つけてから入り口に到着するまでの間に20人以上の男女がビルに吸い込まれていった。

 周囲の人達の流れに乗るようにしてビルに吸い込まれてゆくと、満員のエレベーターに乗りセミナー会場のある階へと昇る。鼻息と時々鼻水をズズズと吸う音しか聞こえない満員のエレベーターが目的階に着くと、続々と人々が降りていき、その殆どの人が1つの扉へと吸い込まれていった。私もその流れに乗り移動すると、自然と受付の列へと並んでいた。

 セミナールーム内に足を踏み入れると、バスケットコートくらいの空間に、3人掛けの長机が横に3列、縦に20列~25列程度だろうか、整然と並んでいる。席の半分くらいが既に埋まっており(それも前から埋まっている)、所々で名刺交換をしている。

 セミナールームの一番前は木製の壇が配置され一段高くなっており、壁面には天井からスクリーンが下がっている。壇上窓側には、講演会などでよく見掛けるような立派なダークブラウンの講演台が配置されており、スタッフが何やら作業中だ。壁面を覆うスクリーンには、先ほどから塾紹介の映像が流れている。

 受付を済ませ、壇上に対して左側、前から15列目くらいの席に座った。机の上に置かれているセミナー資料に軽く目を通し、壇上のスクリーンに視線を向けると、主催者である板東先生のプロフィール紹介が流れ始めた。板東先生のプロフィール紹介に続き、弟子と呼ばれる方々の紹介が始まった。

 中東ドバイにある超有名建築家がデザインしたという高層ビルの上にあるレストランで、「私の弟子」と呼ぶいかにも若くして大成功を収めたであろう青年事業家との対談が流れ、その青年実業家がコレクションと語る高級車の画像を紹介し、「今があるのは先生のお陰です」と板東先生に感謝の意を述べている。その後も対談場所を変えては、次々と「弟子」や「生徒」が登場してきては、インタビューに答える形で、師匠である板東先生の凄さを語る。

 途中、戸田が登場してきたので、ちょっと笑ってしまったが、戸田もインタビューに答える形で、いかに板東先生が凄いかを語っていた。

 はっと後ろを振り向くと、既に席は最後列まで埋まっており、その後ろに立ったまま男女が複数いて、スタッフが急いで椅子を運んでいる。しばらくして、「あっあ」というマイクテスト音の後に「司会の安西です」という、ごく短い自己紹介の後で、突然会場が暗くなった。

「さあ、皆さん前方のスクリーンの映像をご覧下さい」

 司会の安西さんの一声でBGMが流れ出すと、スクリーンでは板東先生の紹介が始まった。

 先ほど流れていたものとは異なる映像だ。

 略歴、実績の紹介の後で、映画の予告みたいに数秒から数十秒区切りで、テレビで見掛けるような有名人との対談風景が、次々と流れていく。超有名司会者。超有名経済評論家。超有名経営者。超有名プロアスリート。超有名ミュージシャン。さらには外国の元大統領まで登場。

 映像自体は3分程だろうか、最後に腕組みをする板東先生の上半身がスクリーンいっぱいに映し出されると同時に音楽が終了。そして、スクリーンが突然真っ暗になったかと思うと、セミナールーム後方にスポットライトの灯りが突然……。

 振り返ると、そこにはセグウェイに乗る板東先生の姿があった。

「どうぞ皆さん拍手でお迎え下さい!」という司会の安西さんの合図で再びユーロビート調の音楽が流れ出すと、板東先生がセグウェイを傾け移動し始めた。

 受講生の間を通り壇上へと向かう板東先生に割れんばかりの拍手と歓声が浴びせられる。段差スロープを伝い壇上に昇ると音楽がストップし、すぐにスタッフがセグウェイを受け取りに駆けつける。

「すいません。セグウェイを下げておいて下さい」という板東先生の指示でスタッフがセグウェイに乗ると、くるくると猛スピードで回転させたり、前後に猛スピードで揺らしながら、何やら派手なパフォーマンスをし始めた。

 会場から「オー」という歓声が上がる。

 しばらくして歓声が止み始めると、板東先生がマイクを手にして「コラコラ君、僕より目立っちゃダメでしょ」と突っ込みを入れる。

 男性スタッフがペコっと謝罪ポーズをすると、会場が笑いに包まれた。

「スタッフさん、灯りを付けて下さい」という板東先生の声で壇上だけが明るくなった。

 板東先生がマイクをコツコツ叩き口元に運ぶが、何も言葉を発せずに周囲を見渡す。先ほどのパフォーマンスで騒々しくなった会場が段々静かになる。充分に静まりかえったタイミングで、板東先生が笑顔になる。すると、会場がその笑顔に釣られるように緩む。そして、再び真面目な顔に戻り会場を見渡し始めると会場が静かになる。

 恐らく200名以上は居るであろう受講生達の視線が壇上の老年の男性1人に注がれ、その一挙手一投足にコントロールされているのだ。しばらくして左右にゆっくりと動いていた顔が正面で静止。会場がさらに静かになり、物音1つ立てるのさえ憚れるような緊張した空気になる。

 数十秒の緊張後、ついに先生が一言目を発した。

「皆さん。おめでとうございます。今日、あなた達は生まれ変わります」


25(X2年2月)

 板東先生の講義が始まった。

「私は一期一会という言葉が好きです。私が大成功者になれたのは、それこそ一期一会を大事にしたからです。当時31歳だった私は、皆さんと同じ、文字通り社畜として、支配され搾取される人生に疑問を感じながらも我慢して過ごしていました」

「常識という型に自分を無理矢理合わせて『もう大人なのだから』という言葉で世の中に対する疑問を封じ続けていたのです。恐らく、今この場に居る皆さんよりも遙かに当時の私は遅れていたのです。……。心の中では何か違うと思い続けていました。自慢じゃありませんが、私は仕事は出来る方でした。営業マンとして常にトップクラスの成績を叩き出していました。ですが、当時私が所属していた会社は見事なまでに年功序列で、成果給など雀の涙ほど。……。これだけ努力して結果を出しているにも関わらず、たかだか数年早く生まれたというだけの無能な連中に後輩だからとパシリのように扱われ、逆らうことすら許されませんでした」

 板東先生が左右にゆっくり首を振りながら会場を見渡す。誰かのゴクリという生唾を飲む音が聞こえてきた。

「当時の私は足掻いてました。とにかく苦しんでいました。このままで良いのだろうか? 私の人生はこのままで良いのだろうか?――」 板東先生が当時受けた先輩や上司達からの嫌がらせについて語った。圧倒的な成績を出し続けたにも関わらず認められるどころか、嫉妬され嫌がらせを受け続けた日々。今の私と似てる。

「でも、そんな私に、突然運命の瞬間が訪れるのです。それは、私の友人に誘われて赴いた軽井沢での出来事でした。友人が開催したお見合いツアーに人が足りないから来て欲しいと言われ仕方無く出掛けたのです。……。つまらないイベントでした。あまりにつまらないイベントだったので、私は途中で会場となっていた別荘を抜け出し、旧軽井沢の商店街にある有名な和食屋さんへと向かったのです。……。行きのタクシーではもっと近くにあるイメージだったのですが、これが思った以上に離れていてですね、少しでも近道しようと適当に道を曲がっていたら、やたら立派な別荘が並ぶ所に出たのです。もう、凄かったですね。テニスコートが3面も4面も作れるような広い庭を持つ別荘から、箱根や鬼怒川にある旅館と見間違うくらいに大きな建物。そんな豪華な別荘地を歩いていたら、目の前で黒塗りの高級車が窪地に嵌まって抜け出せずに困っていたのです」

「運転手らしき男性が近くにあった少し太めの木の枝をタイヤの下に敷くなどして何とか窪地から車を出そうとしていました。後部座席に人は居ませんでしたので、恐らく主人を迎えに行く途中で窪地にタイヤが嵌まってしまったのでしょうね。私はすぐに駆けよって『お手伝いしましょうか』と声を掛けると、その運転手の男性は『すいません。お願いします』と頻りに頭を下げてました」

「私は近くに落ちていた木の枝や小砂利を窪地にどんどん詰めて行き、タイヤがスリップしないよう工夫しました。そして、高級車のバンパーを上に持ち上げるように踏ん張り、運転手さんにアクセルを踏んでもらったところ、見事高級車は窪地から脱出する事が出来ました。ですが、脱出の際に泥水を随分と跳ねまして、私の衣服が汚れてしまった。もう泥水を跳ねたなどという程度ではありません。びっしゃりと濡れてしまったのです。すぐに運転手さんが降りてきて『申し訳ありません。衣類を弁償したい』と言います。……。私は、大丈夫ですよ洗えばいい話ですから、と断ったのですが、焦った様子で『ちょっとお待ちください。会長を待たせておりますので、一旦行かせてください。すぐに戻ります』と言い残して猛スピードで走って行きました。当時は携帯電話も無い時代でしたから、連絡しようが無かったのですね。『会長を』と言われても何のことだか私には分かりませんでしたが、きっと焦っていたのでしょうね」

 板東先生が壇上を左右にゆっくりと移動し始めた。

「しばらくすると、その高級車が戻ってきました。私の目の前に停車すると、先ほどの運転手さんが降りてきました。運転手さんは後部座席の扉を開けに行くのですが、開けに行くまでもなく、後部座席から男性が自分でドアを開け降りてきました」

 壇上をゆっくり移動していた板東先生が急に立ち止まり会場の奥の方に視線を向けた。

「驚きました。本当に驚きました。何と、後部座席から高島会長が降りてきたのです。あの高島幸之輔会長です。高島グループを率いて世界に名を轟かせた天才経営者。アメリカの大統領が自宅のパーティーに招くような超大物。あの高島会長が降りてきたのです」

 ところどころ受講生の首が上下に動く。

「驚きました。もうオーラが違うのです。31歳の若造だった私からすれば、もう神様にでも会ったかのような気分です。その高島会長がです。私に向かって『君、ありがとう』と声を掛け、車のバンパーを持ち上げる際に汚れてしまった手を気にもせず握手をすると、運転手さんに『君、なぜここで待たせたんだ。どうして別荘まで連れてこなかったんだ』と強い口調で言いました。運転手さんが『申し訳ありません。車が汚れてしまってはと思い……』と答えると、『君は失礼な男だな。車など汚れても良いでは無いか、君の窮地を救ってくれた人だろ』と叱ったのです。そして、『君乗りなさい』といって、汚れた衣類のままの私を後部座席に、それも会長の真横に座らせて別荘まで連れて行ってくれたのです」

 板東先生が再び壇上をゆっくり移動し始めた。

「会長は僕とサイズが近いねと言って、10畳くらいはあるクローゼットから好きな物を選びなさいと言ってくださいました。私は恐れ多くて、使い古しの物で結構ですと訴えたのですが、会長は笑いながら『君は謙虚な男だね』と言って、恐らくは一着で数十万はするであろう外国製の上下のスーツと、ゴルフ用のシャツとズボンを下さいました。その後、別荘内のバーラウンジのようなスペースで珈琲をご馳走になりました。色々話したのですが、もう緊張の余り、何も覚えてません。ですが、会長が最後に『板東君。君は面白い男だね』と言って名刺を渡して下さり、何かあったら連絡してきなさいと言って下さったのです」

「東京に戻ると、私は早速高島会長の本を全て買いました。当時は今みたいにインターネットなどありませんから、都内の書店を10カ所くらい回ったかもしれません。そうして、揃えた会長の本を何度も何度も読みました。気になる箇所があれば鉛筆で下線を引き、ノートを4分割に切った紙を挟んでいきました。社畜としての人生に嫌気がさしていた私にとって、それは1つの希望でした。希望の光でした」

「会長の本を読めば読むほど、高島会長に会いたいと思うようになりました。すると、偶然、当時所属していた会社の先輩の席に会長の講演会のパンフレットを発見したのです。事情を聞くと、取引先から頂いたものだったそうで、私はすぐに『私に下さい』とお願いしました。その上司は、呆然としてました。『え、何こんなの欲しいの? じゃあげる』といってあっさりくれたのです」

 先生が立ち止まり会場の奥の方に視線を向ける。

「皆さん、分かりますか、その先輩はそうやって大きな出会いのチャンスを逃したのです。恐らく自覚すらしてないでしょうね。でも、その先輩が鈍感だったお陰で、私は会長の講演会に参加する事が出来たのです」

 再び、先生が壇上をゆっくり歩き出す、

「後日、私は会長に頂いたスーツを身にまとい、会長の本をキャリーケースに全て詰め込み講演会に向かいました。パンフレットを見ると、会長への質疑応答時間があると書かれていましたので、絶対に質問するぞ!と気合いを入れて会場に向かいました。会場は超有名ホテルの宴会場です。500人くらい居たかもしれません。それも周囲は私よりも遙かにご年配の方々ばかりで、中には大物政治家、テレビで見掛ける著名人、有名企業の社長さんなども居ました。私は明らかにこの場にふさわしく無い人間でした。でも、もう関係ありませんでした。会長に会いたい。その一心でやってきた私にとって、その他の人間など眼中に無い」

「講演会が終わり、質疑応答に移ります。私はいの一番に手を挙げました。『ハイ』と大声を挙げたものですから、周囲の大物達の視線が一斉に私に注がれます。でも緊張などしませんでした。司会者も笑いながら、じゃあそこの男性の方と言って、近くのスタッフからマイクを受け取りました。質問しようと思うのですが、あまりに質問したい事が多すぎて、すぐに言葉が出てきませんでした。何しろ会長の著書を全て読み込み、百カ所以上に紙を挟んでいるのですから、聞きたいことだらけなのです。え~と、え~と、と言いながら、どの質問をしようか考えたのですが、決められません。でも、司会者が『どうぞ』と催促するので、焦った私の口から出てきたのが『高島会長に聞きたいことがいっぱいあり過ぎて選べません。会長にいっぱい質問するにはどうしたら良いですか?』と言ってしまったのです」

 板東先生が笑う。

「そしたら会場は大爆笑です。でも司会者からは『申し訳ありません。質問は1人1つと決められていますので、1つに絞ってからもう一度質問して頂けますか』と注意され、次の方に質問が移ってしまったのです。……。『やってしまった』と思いました。一世一代のチャンスを逃したと思いました。これで完全に私は気落ちしてしまい、残りの時間は俯いてました。……。でも奇跡が起こります。講演会が終わり落ち込んでいると、『ねぇ君』と声を掛けてくださった方が居ました。某財閥グループ創業者の子孫に当たる方でした。その方が『君、これから高島会長のスイートルームに行くけど一緒に来るか』と誘って下さったのです。どうやら先ほどの勇気のある質問、とは言っても失敗だったのですが、その様子を見て同情して下さったみたいで、わざわざ私に声を掛けて下さったのです」

 板東先生が講演台の上にあるペットボトルの水を飲んだ。

「さあ、こうして私は会長の居るスイートルームに入る事が出来ました。大きな部屋につながるようにして会長の居る部屋があり、その部屋の前には秘書らしき人が立ってました。既に数名の大物が会長の部屋で談笑しており、私はその様子を、開いた扉の隙間から覗き見しながら待ってました。しばらくして私達の番になりました。某財閥グループ創業者の子孫の方と共に、会長の部屋に入ります。会長は大きな椅子に座りながら私達を迎えてくれました。某財閥グループ創業者の子孫の方と共に挨拶をし、少しばかり世間話をすると、その子孫の方が会長に、『会長、彼が会長に色々聞きたいことがあるみたいですよ』と紹介してくれました。会長が私の顔を見ます。続けて眼鏡を掛けました。眼鏡を掛けると、急に手を叩き、『あれ? 君はひょっとして軽井沢の時の』と興奮した様子で仰り、席から立ち上がったのです』

「私はハイと答えました。会長は私の手を取り握手をすると、『あ~君か!君か!』と笑顔で応じてくれました。会長が、『質問って何だね。いいよ何でも聞きなさい』と仰ったので、私は持参したキャリーケースを開き本を取り出しました。……。部屋の外で待っている間に質問する内容は決めてました。そして、1つかましてやろうじゃありませんが、絶対にキャリーケースを開いて、私がどれだけ会長に心酔しているかをアピールしようと決めていたのです。……。私の狙い通りでした。キャリケースの中を見た会長が、『私の本だね』と言って一冊一冊手に取っては、紙を挟んだ場所を開き、『君、こんなに読んでくれたのかね』と感心して下さいました。そして、いよいよ、質問タイムです」

 板東先生が壇上正面で立ち止まる。

「今でも覚えてます。私が、『優れた経営者になるために、何を勉強すれば良いか教えて下さい』と質問すると、会長が急に笑顔になり、『私はね~、今でもね、経営者としては自信が無いんだよ。今でもね。でもね、私はね人を見る目だけは自信があるんだ』と言って、眼鏡を外し近くの棚の上に置くと、私の方を見て、『君は起業家に向いている。これからしばらく私の鞄持ちをしなさい』と告げたのです。ハイ。もうお告げでした。本当にお告げでした。あの高島会長の鞄持ち。こんな幸運は二度と訪れないと思いました。今日この日、この一瞬で私の人生は決まる。今私は運命の岐路に立っている。そう思いました」

「答えは簡単です。ハイ、是非お願いします。でした」

「その時、私には家族が居ました。小さい子供も居ました。もし、高島会長に運命を感じていなかったら、あのつまらないパーティーに誘ってくれた友人、軽井沢での幸運、鈍感な会社の上司、勇気を出しての質問、同情して下さった某財閥創業者の子孫、キャリーケースの本、どれ1つ欠けても、恐らく運を掴み損ねたに違いありません。もし、1年前の腐った私に同じような幸運が訪れたとしても、きっとそのチャンスを掴み損ねたに違いありません。仮にチャンスに手を掛けたとしても、一歩踏み出すことを躊躇したことでしょう。家族だの会社だの常識だの何だのと自分に言い訳をし、チャンスを逃したに違いありません。でも、私は逃しませんでした。逃さないどころか、自分から抱きつきに行きました」

 先生が笑顔になる。

「今でも思います。あの時の私よ、ありがとうと」

「さあ、こうなると、もう成功路線に乗ったようなものなのです。私はハイと答えた勢いそのまま、『電話を貸してもらってよろしいでしょうか』とお願いします。『どうするの?』と聞く会長に『善は急げです上司に電話して退職すると伝えます』と答えました。会長は笑ってました。流石に会長も『君の気持ちは分かった、それは自宅に戻ってからやりなさい。あと責任は最後まで果たしなさい』と諭されるのですが、結局、ホテルの1階の公衆電話から上司に電話をし、『今日、運命の出会いがありました。今月末で私は会社を辞めます』と連絡しました。上司は『ハッお前何言ってるんだ? 頭おかしくなったのか?』と答えたのですが、事情を説明したところ『それは凄いな。それは俺も応援したいな。分かった。退職は認めるが、ちゃんと手続きはしなさい』と、中々話しが分かる上司で、お陰様で月末で退社となり、翌月から会長の鞄持ちになったのです」

 先生が笑顔のまま会場を見渡す。

「皆さん。人生とは不思議です。先ほども言いましたが、もし、あのつまらないお見合いパーティーに嫌々でも参加していなかったら、途中で抜け出していなかったら、和食屋に向かうべく細い道へと曲がっていなかったら、私は会長に会うことさえ出来なかった。そして今の私は存在してない。天才経営者板東俊一はこの世に存在してないのです。恐らく、今頃しみったれた年金暮らし生活をしながら、下らないワイドショーを見ては文句を垂れながら、金魚の糞みたいに奥さんの後ろにつきまとってたかもしれません」

「たった、たった1つの出会いが、私の運命を変えてしまったのです。……。今、この会場に居る皆さんに伝えたいことがあります。人も羨む大成功者、板東からのプレゼントだと思って下さい。今、皆さんは人生の岐路に立っています。それも大成功者になる道へ進むかどうかの岐路に立ってます。……。高島会長は私に言いました。『私は一期一会という言葉が好きでね。私の人生は人との出会いを大事にした事から始まった』と。その通りでした。本当にその通りでした。その出会いを活かせるかどうか、それこそが大成功者への道なのです。大成功者の私が言うのだから間違いありません」

「さあ、皆さん、1時間目の講義はこれで終わります。15分の休憩時間を挟みます。が、是非周囲の方と交流して下さい。そして、今日私と出会えた奇跡のような時間の意味を、皆さんよく考えて下さい。いいですか、今日皆さんは人生の岐路に立ったのです。大成功者への道を歩むか、それとも社畜として平々凡々の日々に不平不満を垂らしながら死んでゆくのか、その岐路に立ったのです。……。ハイ、それでは15分後、またお会いしましょう」

 司会の安西さんの合図で部屋全体の灯りが付くと、誰に指示されるでもなく拍手の波が起こる。私も前列の席の受講生が拍手し始めるのを確認してから、連なるように両手を叩く、すぐに後方の席にも連なり、あっという間に会場が拍手で包まれた。

 盛大な拍手の中、板東先生が前方の扉から出て行った。

<続く>

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全29巻のビジネス系物語(ライトノベル)です。1巻~15巻まで公開(試し読み)してます。気楽に読めるようベタな作りにしました。是非読んでね!

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