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36.これ以上否定されたくない、という心の声。

彼女と別れて以後、生活習慣そのものは何とか立て直したものの、仕事、副業に対する没頭感が薄れてきた。常に無気力感が支配し、何事もただ淡々とこなすだけになってしまったのだ。
 
やはり、相当ショックだったみたい。今は「停滞」程度で済んでいるが、今のまま放置しておくと、また負のスパイラルに逆戻りしてしまいそうな気がする。こういう時は素直に人に頼るとしよう。という事で高山に電話した。

俺の愚痴っぽい話に、高山はずっと笑っていた。高山があんまり笑うもんだから、相談のはずが途中から、俺のダメエピソード漫談みたいになった。

「淳平、これ金取れるぞ!」
「マジで! じゃあ伊勢佐木町商店街でストリート漫談でもやるか?」
「それいいな。それ副業にしたらどう?」
「いいね! そしたら何か芸名つけた方がいいよな」
「伊勢佐木町だから、やっぱり柑橘系がいいだろ!」
「柑橘系か……。じゃあ、柚子はどう?」
「あっ、それ響きがいいね。何か売れてるミュージシャンに有りそうな芸名だね」
「だよな」
「あれ、柚子ミュージシャンで居なかったっけ?」
「柚子は……、居なかったと思うな」

といった下らないやり取りをしている内に、何だかちょっと元気になった。

高山は、この俺の無気力感というか、何か一つショックがあると負に傾斜しがちな内面は生い立ち(家族の問題)に関係があるのでは?と感じてるみたいだった。俺は心理学はよく分からないけど、でも確かに一つのショックの後で、ふと浮かぶのが、「これ以上否定されるのは嫌だ」という心の声。

「だから、先手を打って自分で自分を否定してるのかもな」と、高山に言われハッとした。そっか、これも歪な自己防衛の現れなのかもしれない。柚子という芸名でのストリート漫談副業案を却下すると、高山からの提案で、本多さんにアドバイスを求める事にした。

翌週、本多さんが都内に出張するタイミングに合わせ、宿泊中のホテルにお邪魔した。新宿にある、いわゆる高級ホテルって奴なのだが、受付で用件を伝えたところ、プライバシーがどうのこうの言われ、取り合ってもらえなかった。

仕方なく本多さんに電話したところスグに下まで迎えに来てくれた。どうやら、いちいち言わなくて良かったみたいだ。

本多さんは月1でコチラのホテルに2泊3日で宿泊し、主に部屋でクライアントさん相手にコーチングをしている。いつものクライアントさんは、いちいち受付で用件など伝えないようで、それが当たり前の所に、高級ホテル慣れしてない俺が緊張の面持ちで用件を伝えて来たもんだから、「変な奴が来た!」「営業マンがはったりを放いて接触しようとしている!」と取ったのかもしれない。

だとしたら、セキュリティーがしっかりしてる証拠だ。 流石高級ホテル。

本多さんが宿泊中の部屋も豪華で、間違いなく俺の家(16㎡)より広い。そんな俺の家より広いホテルの一室の窓際に、椅子が2つが面と向き合わない135度くらいの角度に、その中央に円形のガラステーブルが置かれている。

棚に荷物を置き、上着を掛け、トイレで小を済ませている間、本多さんは窓のカーテン替わりの襖を閉めて照明をオレンジ色に変えていた。窓際の席に誘導され、2人同じタイミングで着席すると、「じゃあ、始めましょうか」と、いつもみたいな世間話はせずに、本多さんのコーチングが始まった。

クリアシートから白紙のA3用紙とペンを渡される。続けて、タブレットPCに移った「サンプル」を見せられ、「こんな感じで家族関係について一旦整理してみましょうか」と指示された。タブレットPCの次のページからは、ズラーッと質問が並んでおり、各質問ごとに、かなりそう・そう・そう思わないの3段階で評価する。

次は具体的な質問に対して自分の言葉で答える。例えば、「親にされて嫌だった事?」という質問に対して、今思い浮かぶ限りの事を書き込む。途中、本多さんが、想起を補助するような的確な質問を投げかけてくれたお陰もあって、もう、A3用紙1枚では足りないくらいに書き込んでいた。


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