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31.発展的な引越とブチの奢り。

朝型生活が普通になって以後、月-金は会計事務所のバイト、土日は副業準備、朝カフェでは読書、最近は夜にジムに通うようにもなった。

マジで誰か憑依したか?というくらい俺は変わった。時々、「おい俺どうした?」って思う時もある。ハイエナコさんにも、「あんたプレスか何かに顔挟まれた?」と、要は「スマートな顔つきに変わったよね」って言われるようになった。

朝から始まった「自分の為に作った時間」、ええと「能動的な時間」とでも呼ぶとしようか。その「能動的な時間」の領域がどんどん広がっていく。仕事にも、生活にも、趣味にも……。不思議だ。でもサッカー部時代は、こんな感じだった気もする。もちろん、当時はまだ周囲の目の影響が強かったけど。多分、転落人生の中で、能動的な時間を失っていったのだと思う。

朝型生活が板に付く頃、隣の住人が、「新潟出張のお土産です」と言って、揚げ饅頭を持ってきてくれた。揚げ饅頭の箱を渡す際の顔が何か言いたげだったので、話を聞くと、「すいません。朝、もう少し静かにしてもらえませんか?」とお願いされた。

納得。アパートの壁が激薄なせいもあって、隣人には迷惑だったに違いない。お土産の揚げ饅頭を頬張りながら、部屋を見回した。起業に興味を持ち、朝型生活で本を読むようになって以後、読み終えた本は段ボールに積まれている。

まだ、朝型挑戦から半年。それでも読み終えた本を収納した段ボールは、あと少しで一杯になりそうだ。この部屋に少し大きめの本棚を置くだけの余裕は無い。勉強する為の机を置くスペースも無い。

だから、引越を決意した。

休日、早速、最寄り駅のT駅前にある不動産屋に行き物件紹介をお願いした。担当の奴が舐めた奴で、物件紹介で移動する途中、「寄るところがあるから」と鍵だけ渡され、俺1人で内見に行く事になった。

表のオートロックは渡された鍵で開いたのだが、指定の部屋に行くと、扉の上部に別の鍵が取り付けられていて、鍵だけでは開かない。青リンゴ飴(駄菓子)みたいに並ぶ番号を4つか5つ押すと開くタイプの鍵なのだが、その解錠ナンバーが分からない。

電話をすると、「ええと、ごめんなさい。一旦切ります」と言って、しばらくすると「番号はですね、XXXXです」と返ってきた。言われた通りに番号を押すが解錠出来ず。再度電話をする。

「いや、この番号のはずですよ」。
「いや、だから開かないって」。
「いやいや、事務所に電話して確認したので合ってますよ」。
「だから開かないって」。
「もう一度、試して貰えますか?開くはずなんで……」。
という舐めた問答。

結論から言うと、このNOは入口のオートロックを解除する為のNOで青リンゴ飴の鍵を解除するNOでは無かったのだ。結局、油を売ってた本人がやってきて解錠。悪びれる様子もなく、「あっ、ここ別のNOなんですよ」という、まるで俺が間違えたみたいな言いぶり。あまりに腹が立ったので、「もういいや」と言って、その場で帰宅した。

翌日、インターネットで検索をかける。月額家賃上限5万円で検索を掛け、めぼしい物件をピックアップする。その中から3件に絞り、問い合わせをしたところ、2件は既に申し込みが入っており、残りの1件を内覧する事になった。

T駅の隣のH駅にある物件で、広さ16㎡月4.0万円で角部屋という好条件の物件。ここだったら、情報屋のブチにも10分も歩けば会いに行ける距離だし、最寄り駅のH駅も近い。

ただ、別の階の角部屋じゃない同じサイズの部屋が4.8万円なのに、角部屋で日当たりが良い部屋の方が4.0万円。何だか嫌な感じ……。

念のために理由を聞くと「区分所有マンションなのでオーナー次第だから」だとの事だが、「いやいや、だったら上がり目的なんだから尚更家賃上げるでしょ」と思いつつも、物件としては好条件なのでココに決める事にした。

内覧を終え、玄関の下駄箱の上を机代わりにして仮申し込み用の書類を記入し、予めコピーしておいた身分証明書を添えて提出した。「部屋の片付けがあるので」という不動産屋の担当者と別れ、マンションの表に出る。マンションの目の前の通りは、小さな商店街になっている。

まず目に入ったのが激安のお弁当屋さん。

お弁当屋さんのガラス窓の一番目立つ所に、黄色の紙に赤文字の「唐揚げ弁当250円!」は、あまりに安すぎる。それ以外のメニューも、殆どが500円を下回る。唯一とんかつ弁当だけが600円だ。写真を見る限り量も多い。どうしたら、この値段で出来るのだろうか?弁当屋が入る3階建ての崩れかけのビルのオーナーだから?

並びには肉屋、花屋、豆腐屋、クリーニング屋、金物屋、理容室、中華料理屋、蕎麦屋、ラーメン屋、スナック、トルコ料理、インド料理、小さなコンビニ。何と、その肉屋の辺りに情報屋のブチらしき猫を発見。

丁度、肉屋のおかみさんらしき人が器に餌を入れてるのだが、見れば見るほど間違いなくブチだ。内のアパートのシーチキンより遙かに豪勢な食事。ブチの顔の広さには恐れ入る。

「オス、ブチ!」
「ニャー」
どうやら、ブチはこのお肉屋さんから発注を受けてネズミ威嚇の為に出勤しているみたいだ。
鳥派なのに本当にふてえ野郎だ。
「お前、おかみさんに、ブチは鳥派なんですよ!ってチクっちゃうぞ!」
「ニャニャ」
「ハハハ、冗談だよ冗談だよ。お前は俺の友達みてえなもんだからな、そんな事しねえよ」
「ニャー」

しゃがんだ太ももの横辺りに背中を擦り付けると、ブチはそのまま別の現場へと向かっていった。ブチが去ると、別の猫がブチが残した……、言わばブチの奢りで豪勢な食事にありついていた。恐らくだが、この一帯の次のボスはブチになると思う。


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