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カンチャナブリ発バンコク行き列車の中で食べたグリーンカレーが最高だった

 先週の土曜日に心霊スポット取材でカンチャナブリ県に行った。内容は近日動画でアップしたい。ついでに「戦場にかける橋」ことクウェー川鉄橋に寄った。このご時世だからこそなのか、タイ人観光客がたくさんいて、ボクがこれまで立ち寄った中で最も賑わっていた。ボクはカンチャナブリに来ると、いつも帰りは鉄道で帰る。風情があっていいのもあるが、ここで食べたグリーンカレーに再会したいからである。

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 クウェー川鉄橋は第2次世界大戦中に日本軍がタイとミャンマーを繋ぐ泰緬鉄道を敷設するために建設した鉄橋だ。当時この川はメークロン河だったが、映画「戦場にかける橋」でクウェー川と呼ばれたことがきっかけで、正式名称がクウェー川に変更されたという経緯がある。

 このエリアの路線はタイ国鉄南本線の支線に当たる。起点であるトンブリー駅から、あるいはホアランポーン駅からタイ南部、国境を越える列車ならマレーシアやシンガポールまで行けるのだが、途中のノーンプラードゥック駅で本線から分岐し、ナムトック線という支線になる。カンチャナブリ駅の次がクウェー・ヤイ橋駅になるが、カンチャナブリから先は泰緬鉄道跡を観るための観光路線と言える。

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 列車は1日に数本しか来ない。そのため、鉄橋は自由に徒歩で渡ることができる。万が一車両が来ても、退避場所があるので、そこに入れば安全だが、万が一車両とぶつかった場合は自己責任になるでしょう。

 この路線に限らず、タイ国鉄は多くが単線になっている。そのため、特に本数の少ないこの辺りは、バンコクからの下りが遅れると、同時に上りも遅れる。同じ車両が行って来いで運行しているからだ。

 たとえばトンブリー駅を朝8時ごろに出ると、時刻表では10時40分には到着する。しかし、本線も基本単線なので途中ですれ違い待ちがあったりして、実際にはかなり遅れる。

 ボクが初めて乗った1998年は踏切を車が跨いで渋滞になってしまい、列車が車を待つということが普通で、なお時間がかかった。早朝に出て、現地には昼過ぎに着いた。帰りの列車を考えると観光時間が減りそうな気がするが、その列車がさらにその先で遅れ、さらにそこから遅れながら戻ってくる。だから時間が減ることはない。

 時刻表では帰りの列車がたとえば14時に来ると16時半にはトンブリーに着く。しかし、実際には16~17時にクウェー・ヤイ橋駅に来るので、バンコク着は大体20時くらいと考えていい。

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 ボクが初めて来たときも帰りが遅くなった。ボクは初めてのカンチャナブリに興奮して、水も飲まずに歩き回った。そして帰りの列車で一息つくと、急に空腹を感じた。

 ちなみに、トンブリー駅とカンチャナブリ駅間の運賃は30~50バーツの間くらい。98年は25バーツとかそんな感じだった気がするので、せいぜい30バーツ台かとは思う。ただ、これは窓口で買った場合だ。タイは日本のように車内で車掌から切符を買う制度がない。そのため、切符なしで乗った場合、車掌に払うのは運賃ではなく罰金になる(運賃も込みになると思うが)。そのため、車内で買うと100バーツくらい取られてしまう。

 さて、本題に戻る。

 カンチャナブリ駅かその次の駅から物売りのおばちゃんが乗ってきた。当時タイ語はあまりできなかったので中身はわからなかったが、食べものがどうやら10バーツということはわかった。バナナかなにかの葉に包まれたもので、プラスチックの小さなレンゲを渡された。

 中に入っていたのは、米とゲーン・キアオワーン・ガイ、すなわちチキン・グリーンカレーだった。これがもう絶品で。空腹、車内、旅の帰り、暗くなってきた窓外と、いろいろな要素があったと思う。後にも先にも、これほどおいしいグリーンカレーにボクは出会っていない。足りなくて、先頭車両まで行って戻ってきたおばちゃんからさらにふたつの包みを買ったのは言うまでもない。

 当時、トンブリー駅は川沿いにあった。今ほどシリラート病院が大きくなかったので、線路がチャオプラヤ河まで伸びていたのだ。その駅舎が1903年から使われているところで、むちゃくちゃ風情があった。しかし、今は数百メートルほど内側に移転している。ピンクラオ橋からみると古い駅舎の時計台が見えるので、建物自体は壊されていないとは思うが。

 夜にトンブリー駅に近づいてくると、当時はスラム街の中を列車がゆっくりと走った。車窓から家の中が見えてしまうのだが、当時はタイのなにもかもが珍しかったので、それもおもしろかった。

 そして、驚くべきことに、スラム街のどぶ川にホタルがいた。日本では清流にしか棲息しないと言われていたが、どぶ川にホタルがいたのだ。ボクはのちに何度もいろいろなところでこの話をしているが、誰も信じてくれない。ナコンラチャシマーでも屠殺場横の汚い池でホタルを見ているので、タイでは当たり前のことなのかもしれない。その10年後くらいに誰かが某有名無料誌のコラムで同じことを語っていた。だから、やっぱりいたのである。

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