ジルいままでありがとう③

浅い呼吸と、はっという呼吸をくり返す君。

私は、感動していた

もう今にも死にそうだというのに、命のともしびは簡単には消えない

君は、苦しかったろうか
いや、もう感覚は失われていたかな

痛みや苦しみを感じていなければいいな。

あと何時間つづくかわからない君の戦いをそばで見守ろうと

わたしは布団を敷いた

夫とあお向けで寝そべりながらときおり君を見て

来し方をふりかえった

君はあいかわらずまばたきもせず目を見開いたまま

もうその目は何もうつしていなかっただろう

それでも良かった。

同じ空間に寝そべりながら
君がこちらを見ているような気がしたから。

ジル・ボンボン、かわいいかわいいジル・ボンボン

それは一瞬のことだった

何度目かに君のほうをみたとき、
君のひとみに黒い膜が下りるのを見た

黄色いひとみに細い瞳孔があいていた君のひとみが、瞬時に真っ黒になった

それは黒目がちとは違う、ひとみ全体が真っ黒な状態だった

幕がおりた

ジルが死ぬ瞬間を目の当たりにしたのだった
夫の肩をゆすって、ジルの目が真っ黒になったといった

ふたりでしばらくじっとジルのおなかを観察したけど、やはりもう動かなかった

口にはひとつよだれの風船ができていた

顔を起こすと風船がぷつんと割れた

ジルが死の間際、最期に吐いた息
ジルの魂が風船からぬけていった

ジル、ジル・ボンボン、お疲れ様。よく頑張ったね
やわらかかったお腹、ふにふにの肉球、
ふわふわの尻尾

すべてがかわいかった。どこを切りとってもかわいかった。 

もう苦しまなくていいよ
もうおなかをすかすことはないね。

もう君が鳴くこともない
もう料理をしていても君が台所に来ることもない
もう君が膝に乗ってくることもない

足元を見ていなくてけ飛ばしたこともあったね
ごめん

でも、わざわざ脚の間をとおる君も悪くない?

もう、君との思い出は増えない
明日君を荼毘に付す

だけど、君と過ごした時間を、生涯わすれることはないよ

ありがとう。




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