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美大に行くべきか否か

就職し始めたもののやる気が出なく社交性も皆無だった。
同期と比べられて
「何故こんなに差が開くのか?同じことをしているはずだろ」
と面談の際に必ず聞かれ、評価表の短所の部分には必ず
「自分の意見がない」「積極性がない」
そんな言葉が必ずあった。
何でもイエスマンになり言われたことだけをするが
ミスが多く、作業が遅い。
みんなができることができなかった。生きづらかった

その中でも褒められることはあった。
労災を防止する看板や表示をいろんなものを
利用して作ることだったのだ。

その後もミスが多く、帰り道泣いて帰ることがほとんどだった
俺が輝く場所はどこなのだ、そこからまず自分を知ろうと思い始める
性格診断や才能について調べ始める。
調べていくと、
「コミュ障、ADHD、社交不安、ASD、HSP」などの仕事ができない
原因なのではないかという病名、気質らしきものを見つけた。
世間は言いたがる若者との意見があるが、自分は正直この言葉に救われた。
当てはまるものが多く自分はこういうのがあるのだと思い込んだら少しばかり気が楽になった。
医者に診断されると自分はそういう人として生きていくんだということが
怖かったので行かなかったが、だからこそできないのではなくて
だからこそできるものを探そうと動き始めた。

まず自分ができることは美術
そこでまずデザイン専門学校の体験入学に行こうと決めた
2校の体験入学を申し込み有給をとって向かう
映画の小道具デザインができる科で先生方からお話を聞いた
そこで聞いたのが
「デザインは絵がうまい人ではなくコミュニケーション力が
ある人、お客さんがいて成り立つもの」だと聞かされ、
コミュ障や社交性がない俺には無理だと諦めた。

2つ目はタンブラーのデザインをしてみようというもので
実際にパソコンを使って自由にデザインするのだが
周りにいる体験者さんのレベルが高く、生徒さんに褒められている中
俺の席はスルーされた。俺自身もまとまりがないデザインでセンスがないなと感じた。そこでパソコンでデザインするものは苦手なのだと分かった。

美術が好きなのは分かったがそれだけでは抽象的すぎる
少しだけ解像度が上がった気はしたが、自分が描きたいものがない。
デッサンするだけでは仕事にはできない。
自分の発想で自分の絵で表現することができなくて悩む日々だった。
結局将来にやりたいことを決めなければ美大にいっても仕方がないのでは
ないかと思い始めた。

それから月日が経ち、もう20代半分になった
学校へは行かずに得意な看板や表示を作ることができて
なおかつ、コミュ障を克服したいと言う思いから
観光業に転職した。

お客さんに接客することがメインではあるが看板や表示で
お客さんが楽しめる空間にすることが俺の役目だと自負し
毎日のように接客の合間に看板づくりに専念した。
彫刻をしたり絵を描いたりと自分が理想とする仕事ができたとおもった。

顔出しパネルを作り置くと、お客さんが喜んで写真を撮ってるのを
みるとうれしくて涙が出た。
さらに彫刻をしてほしいとお客さんからの依頼がありいい値段で買っていただけた。
社長からは絵をポストカードにして売店で売ろうと話してくださり
動物をデッサンして置いていただけた、売れないだろうと思っていた
デッサンだが売れたことにまた泣けてきた。

デッサンでも自分の色が出てオリジナルの絵になるんだと
教えてくれた。
そんな成功体験をするとは思わなかった、だが
売れたお金が自分の手元に来ることはなく全部会社のものになった。
ここで何割か頂けないか交渉するのが普通だろうが何も言えなかった

俺のために言ってくれたのだろうが必ず利益や会社のものになるのだ
抵抗ではないが、そこから俺は転職を決めた。

自分でネット販売をしてみようと思い立ち上げたが
何を売ればいいのか何を作ればいいのかまた悩むことになる
亀が好きなので亀の飼育グッズや油絵を描いて見るが売れず
youtubeで似顔絵をデッサンしてみようと投稿したがこれが自分のしたいことなのかとすぐ投稿を辞めてしまった。

結局人目につかなければ何も動かない
そうなると今度はマーケティングやSNSを学ばないといけない
するべきことなのかは分からないが稼げている方は
相当な努力をしているのだと思う。

何も依頼されてなく
自分が作りたいと思ったときの作品を買ってもらうなど奇跡の他ない
デザインをすることで批判されてきた過去からしたらか売れるわけがないとは思うが
売れた成功体験がある俺の考え方は変わった。

作り続けて
自分の作品が好きだとそう言われるように努力して
その人だけに丹精込めて作りたいと結論付いた。




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