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湖でマッチングアプリ。


雨が続いてジメジメし始めた気候と雑踏の不快感から逃げるべく半年ぶりに地元に帰省している。半年前の帰省がつい最近のことに感じ、なんならずっと地元で暮らしてきたようにすら思えてくるが、この半年の出来事を振り返ると東京での月日は紛れもない現実として自分に蓄積していることを実感する。

親の運転する車で2,3時間かけて湖に来た。住んでいた頃には興味のなかった場所に行きたくなる。海のように大きくて際限なく広がるように見える湖だが、海と違って周りではしゃぐ人はいない。簡単に手を出してはいけなさそうな山や森に囲まれており、静かで張り詰めた空気の中でデカい水を見るのは気分が良かった。都会であくせく生きるよりも、こういう場所の方が心穏やかに過ごせて良いのかもなんて思えてくる。東京ではわざわざ電車に乗って木の多い公園に行っていることがアホらしくなった。

湖面が風に揺られて少し波立つ様子を見ているとスマホに通知が来た。ゲイの間ではお馴染みのマッチングアプリのピンク色のアイコンが表示されていた。アプリの出会いはインスタントで深い交友関係は難しいと思いつつ、何かを期待してつい登録したままだった。通知を開くとメッセージが来ていたようで、ひと回り以上年上の相手から「どうですか?よろしくお願いします!」という言葉と共に性器の画像が添付されていた。何がどうで、何をよろしくお願いされたのだろう。相手は顔が見える写真は載せておらず、プロフィールには「真剣交際募集」と書かれていた。ここで暮らす40半ばの人にとって、真剣交際はこんな形で募集するものなんだなと思うと気が重くなった。

位置情報が近いユーザーが表示される画面をスクロールする。2,3回指で画面をなぞっただけでユーザーは表示されなくなった。そうだ、ここはそう言う場所なんだと気づいた途端、ここでは暮らせないと思い返した。豊かな自然の中でスロウな時間に身を任せるのは心地よい生き方かもしれないが、それでは自分が満たされないことを知っている。ゲイであること、働くことや人間関係への考え方を大きな流れに侵食されずに貫くことは、この場所では容易なことではない。自分の欲望を甘く見てはいけない。

湖は海のように大きいが、海のようにどこまでもつづきはしない。水はどっしりと深い青緑色で、どこまでも深く底が見えなかった。


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