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アドベンチャーツーリズムとフィールド管理者の責任:どの程度の措置が求められるか?

はじめに

コロナ禍の影響もあり、アドベンチャーツーリズムの人気は世界的に高まっている。日本でも、インバウンド誘客という目的もあって、コロナ前から、アドベンチャーツーリズムへの期待が高まっており、その勢いはコロナ後も加速していくことが期待される。観光庁でも、アドベンチャーツーリズム(観光庁による定義は以下)へ支援を強化している。

アドベンチャーツーリズムとは、欧米豪圏で発達した体験型観光の一つです。 Adventure Travel Trade Association(以下「ATTA」)によると、「アクティビティ、自然、文化体験の3要素のうち、2つ以上で構成される旅行」と定義され、旅行を通して自己変革や成長の実現を目的とする特徴があります。

観光庁 アドベンチャ―ツーリズムナレッジ集

アドベンチャ―ツーリズムへの注目が集まる一方で、野外でのレジャー・スポーツ活動における課題として、誰が事故やトラブルの責任を負うべきかが曖昧という点があげられる。2022年4月23日に発生した知床遊覧船沈没事故で、こうしたレジャー活動のリスクに世間の注目も集まっている。

アドベンチャーツーリズムにおいては、具体的には、フィールド(登山道等)自体の管理者責任と、アドベンチャ―ツーリズムを提供する事業者(ツアーガイド等)の責任が問題となる。本Noteでは、前者に焦点をあてて検討していく。

自然利用と自己責任

アウトドアアクティビティは、自然の中での活動としてコントロールできない要素が存在し、必然的に一定の危険性を伴う。特に、アドベンチャーツーリズムは、自然の中に没入する体験が必須の要素となることが多く、危険性が高くなることは避けられない。

仮に、こうした危険性を完全に排除しようとすると、極端な話を言えば、少しでも危険性がある自然の中でのレジャーは、全て禁止されてしまう事になる。禁止されなかったとしても、重要な点での変更が迫られ、アドベンチャーツーリズムの本質的な魅力が損なわれてしまう可能性も生じる。また事前規制がなかったとしても、事故が起こった際に、事後的に過剰な責任が追求されてしまうと、フィールド所有者(自然公園等含む)がアドベンチャーツーリズムに協力することを躊躇させてしまう。

一方で、全てを利用者の自己責任として片付けてしまうことも、相応しくない。フィールド所有者と一般客の間には大きな情報の非対称性が存在するため、全てが自己責任として片付けられてしまうと、今度は一般客の参加を萎縮させてしまうことになりかねない。フィールドを整備して一般の人々に開放する以上、最低限の安全性は担保されているべきである。

そこで、問題となるのは、フィールド管理者として「どの程度の措置を講じていれば良いのか」という点である。

自然利用と営造物責任

自然公園と事故という点で、多くの関係者の記憶に残っているのは、奥入瀬渓流で発生したブナ古木落下による受傷事件(東京高判平成19年1月17日)だろう。原告が国有林内の遊歩道付近を観光していたところ、突然落下したブナの木の枝の直撃を受けて重傷を負い、国と青森県に対して、国家賠償法2条1項に基づく営造物責任を追求したという事案である。

第二条 道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。 ② 前項の場合において、他に損害の原因について責に任ずべき者があるときは、国又は公共団体は、これに対して求償権を有する。

国家賠償法2条

最も争点となったのは、「営造物の管理に瑕疵」があったと言えるか、すなわち営造物が通常有すべき安全性を欠いていたかという点であった。

瑕疵=通常有すべき安全性を欠いていたか?

自然公園等において、「通常有すべき安全性」を判断するには、①その場所の特徴、②自然公物か人工公物か、③利用者の通常の利用態様等が考慮要素として重要と考えられており、こうした要素を前提にして「必要かつ十分」な管理をしていたかどうかが検討される(北村、2020)。

例えば、事故が起こった場所が特別保護地区等の場合、人が立ち入ることは少なく、人の手が入ることも最小限であることが求められるため、「通常有すべき安全性」の要求水準は低くなる。同様の考え方で、自然公物は人工公物に比べて、人の手で管理する余地が少ないため、「通常有すべき安全性」の要求水準は低くなる。また、利用者の通常の利用態様について、平穏安全な利用・態様が基本となる場合には、利用者は危険な目に遭う可能性を想定していないといえるため、高い危険性が内在するアクティビティと比べて、通常有すべき安全性の要求水準は高くなる。

上記裁判例では、以下の点を指摘して、営造物が通常有すべき安全性を欠いていたと述べられている。本件事故が遊歩道で起こり、多くの観光客が立ち入る場所の頭上にあった点を重視して、通常有すべき安全性の要求水準をある程度高くあるべきとみなしたのだろう。

・本件ブナの木及びその他の樹木の枝は、本件事故現場付近及び本件遊歩道を含む観光客が通常通行ないし立ち入る場所の頭上を覆っていた
・これらの樹木及びその枝は、年月の経過によりいつ落下するかわからないままであり、本件事故現場付近を通行する観光客は、常に落木等の危険にさらされていた
・被告県は・・・年一回歩道等の安全性の点検を行ったのみで、その他の本件事故現場付近の上記の危険性に対して、落木等の危険のある枝の伐採や、立入りを制限する柵ないし覆いの設置等を行うこともせず、また、本件事故発生時点において、掲示等により、枝の落下等があり得る旨を警告し、観光客等に注意を促すなどの処置を講じることもなかった

奥入瀬渓流で発生したブナ古木落下による受傷事件(東京高判平成19年1月17日)

回避可能性はあったか?

また、営造物責任は国等に過失がなかったとしても責任が認められるもの(無過失責任)であるが、不可能を強いるものではないため、結果を回避する可能性があったのか(回避可能性)という点も考慮される。上記裁判例では、以下の点を指摘して、回避可能性があった旨を示している。

2点目で挙げられた内容を反対から考えると、悪天候等によって、通常であれば折れるはずのない枝が折れたと言った場合には、回避可能性はなかったと判断された可能性がある(そもそも瑕疵がなかったという判断かもしれないが)。

・山林における落枝は通常みられる自然現象であることからすると、一般的な事故発生の予見が可能であったことは明らか
・本件事故発生当時の天候は晴れで、ほぼ無風状態であって、本件事故は天候の異常などのない状況の下での落枝によって発生した

奥入瀬渓流で発生したブナ古木落下による受傷事件(東京高判平成19年1月17日)

予算の抗弁等?

その他に、予算が確保することが難しかったという点が自然公園側の事情として、述べられるかもしれないが、一般的には予算を確保することができなかったということは、営造物責任を否定することにつながらない。

しかし、瑕疵判断において、対策における費用の問題が一切考慮されないというわけではない。損害賠償事件(最判平成22年3月2日)は、北海道内の高速道路で自動車の運転者がキツネとの衝突を避けようとして自損事故を起こし、道路の設置又は管理の瑕疵があったと主張している事案であるが、全国で同様の事故を防ぐためには多額の費用がかかることを考慮要素として挙げた上で、瑕疵を否定している。なお、本判例は、事故の危険性の低さや、他の地域で同様の対策が広くとられていたという事情がなかったことも考慮要素としてあげており、費用の問題だけで瑕疵を否定しているわけではないことに注意が必要である。

また、予算の抗弁ではないが、奥入瀬渓流事件では、木の伐採に法令上の制約があったという点が主張されていた。しかし、裁判所は以下のように示して、回避可能性がなかったという被告の主張を排斥している。

・被告県による伐採には法令上の指定による制約があり、また、被告県が危険木と判断する基準は明らかではないものの、これらによっても、被告県による樹木の伐採がすべて禁じられ、その判断ないし裁量が否定されるまでのものではない

奥入瀬渓流で発生したブナ古木落下による受傷事件(東京高判平成19年1月17日)

結局、どの程度の措置が必要なのか?

以上、検討してきたことからすると、奥入瀬渓流事件は、フィールドの管理者が、結果として生じた事故の全ての責任を必ず負うことになると示唆しているものではない。

あくまで、一般の観光客が、何の危険も想定せずに歩くような場所における事案であり、一定の危険が伴うことが想定されるアクティビティ(バックカントリー、MTB等)の場合、フィールド管理者として求められる対応は、むしろ利用者に対する適切な情報提供だろう。

情報提供についても、正しい理解が重要である。時々、管理者が責任を回避したい目的なのか、景観に全く配慮しない注意喚起を記載した看板等を、乱雑に設置している場合がある。重要なのは、必要十分な情報を提供することであり、フィールドの管理者には、場所のリスク相応な注意喚起が求められる。

また、合理的かつ明確な方針に基づく対応をしていれば、例え訴訟となったとしても、過失相殺(被害者に過失がある場合、かかる過失を考慮して、損害額を調整すること)が認められ、損害額として認容される額はさほど高くならないと考えらえる。例えば、スキー場外の事故防止のために定められたニセコルールは、地域による合理的かつ明確な方針として、一つの参考例となるだろう。

参考文献

  • 小賀野晶一, 奥田進一編. (2021). 森林と法. 成文堂

  • 北村喜宣. (2020). 環境法. 弘文堂.

  • 中原茂樹. (2013). 基本行政法. 日本評論社.

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