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課題解決し続けてきたUXUIデザイナーが解決しない場を持った話

こんにちは、THE COACH Academyプロコース9期受講生のタカです。普段は都内の事業会社でUXUIデザイナーをしています。

この記事は、コーチングスクールTHE COACH Academyプロコース9期の仲間たち12名が投稿する『ボン★ボヤ』というマガジンの記事です。

連日それぞれ思いの丈を綴ってくれているのをクラスメイトである私自身も楽しみつつ、この記事では私がコーチングを始めたきっかけと、本業であるデザイナー職との相互の影響などについて書いていきたいと思います。

「後進育成のための指針になれば」くらいの軽い気持ちで

私がコーチングを始めたきっかけは本業で後進育成やマネジメントをする立場になったためでした。
ある時、私が所属するグループに常駐で勤務していてくれた若手デザイナーが(派遣元の会社を辞めることに伴い)退職することになりました。決して喧嘩別れなどではなかったため、個人的に転職相談やポートフォリオの添削をしていたのですが、それなりに苦労していたというのが正直なところです。面接もあまり好きではないようで「もう転職活動したくないです…」と言っていたのを覚えています。
その時、「うちの会社で働いてたんだから、どこでもやれるよ!」と言えなかったことを今でも悔やんでいます。当時私はリーダー的な立場ではありつつもプレイヤーとしてバリバリ手を動かしていたこともあり、後進育成やチームビルディングにそこまで注力できていませんでした。

件の同僚の転職は結果として決まったものの、それと同時期に完全未経験の後輩が「弟子入りさせてください(←本当に言われた)」と他部署から異動してきたのもあり、同じ轍は二度踏まぬためにも私自身がステップアップする必要がありました。

その時に思い出したのがコーチングです。

私がコーチングを学ぶためにTHE COACH Academyを選んだ理由でもあるのですが、THE COACH創業者のこばかなさんから数年前にコーチングを受けたことを思い出しました。そこで何となくコーチングの雰囲気と言いますか雑感のようなものは自分の中で得ていたため、後進育成の一つの指針になればと思い、基礎コースにとりあえず申し込んでみたのが始まりです。

プロコースは一筋縄ではいかなかった

さて、話は一気に直近受講していたプロコースまで飛びます(基礎コース受講後、結果として応用Aコース、応用Bコース、果てはプロコースまで受講することになったのですが、正直ここまでやるとは思ってなかった笑)。

これは個人的な感想ですが、基礎・応用A・応用Bコースは「実技多めの学校感」があり、知識のインプットもそれなりの割合あったように感じています。しかしプロコースはそれまでのコースとは大きく質感が異なるもののように感じました。それまでのコースで学んできたことを用いて「さぁ!あとはやっておいで!」という感じで、いきなり学校から放り出されとにかく実践に次ぐ実践。授業自体は隔週1.5h/回ですが、受講期間の5ヶ月間で授業を除いて約70時間程をコーチングに費やすことになりました(一部クライアント側も含む)。
これが多いのか少ないのかはわかりませんが、正直に言うとそれまでのコースは「お勉強」として課題などもうまくこなしてきた自分が、プロコースではコーチングということそのものに向き合わざるを得ない状況になったのは間違いありません。

気づくと「解決」しようとしてる自分に気づく

プロコースが始まるとすぐに「グループメンターコーチング」というものを実施します。受講生がコーチ/クライアント/オブザーバーに分かれ、さらにそこにコーチングプロ資格を保有するメンターが付き、各人から自身のコーチングに対してフィードバックがもらえるという場です。

全く自信がなかったといえば嘘になります。うまくこなす性分の自分ですから、そこそこの評価はもらえるだろうと。しかしそこで、それまで積み上げてきた、いや、積み上げてきてしまったデザイナーとしての思考の癖やスタンスをズバリ指摘されました。主には以下のようなことです。

  • 比較質問が多い(選ぶとしたらこっちですか、それともこっちですか、のような)

  • 質問が長く、今この瞬間のクライアントに意識が向いていない

  • 「なるほど」と言いまくってる

もちろんフィードバックとしてGoodポイントもたくさんもらいつつ、上記の指摘もこの10倍くらい優しい言い回しで伝えてくれました。それでもこのフィードバックで少なからず「マジかぁ……」となった自分もいました。

これらの指摘に共通しているのが「ロジカルな(左脳的な)解決を試みている」ということだと気づかされました。本業でユーザーインタビューなどのリサーチや、会議のファシリテーションをやりながら議論をモデリングしつつ収束に向かわせることも多いため、そういった経験からくる癖が出てしまっていたのだと思います。この時のグループメンターコーチングでは、質問は投げかけながらも意識はその場に無く、複雑に絡まり合っている紐を全力で解きほぐそうという方向にばかり意識を向けてしまっていました。

相手と共に今ここに居るということ

THE COACH Academyに限った話ではないと思いますが、コーチングでは「今ここ」ということが非常に重視されます。クライアントの表情や口調、視線の動きや身振り手振りなどといったノンバーバルコミュニケーションからのキャッチアップも重要ですし、そこからコーチが直感的に感じ取ったことなどを場に出すということも重要です。誤解を恐れず言えばコーチ側から論理的解決に向かおうとしない発言をする場合も多分にあるということです。決してコーチングというものが何も解決しないというわけではありません。直感的で右脳的な場が存在しているということです。

世界最大のコーチング団体であるICF(国際コーチング連盟)のコアコンピテンシー(2019年改訂版)にも「今ここに在り続ける(Maintains Presence)」という記載があります。この言葉はプロコース以前から何度も言われていましたが、まさにこのマインドこそが私自身にとって無意識のうちに欠如してしまっていたものでした。
指摘3つ目の「なるほど」という言葉も、論理的理解を自身に促しつつ相手の発言を受容するという良くも悪くもビジネスライクな口癖に自分の中でなってしまっていたようです。

先述の指摘をもらってから、とにかく「今ここ」ということをずっと意識してきました。それに伴い、会社で所属グループのメンバー全員と実施しているコーチングの様相も変わり、グループの雰囲気にも変化が見られてきました。

will/can/mustの考え方は目標設定などでしばしば使われるかと思いますが、私はこの中のwillをwantと言い換えて、期初にメンバーに対して「とにかくwantに心動かしてほしい」と伝えました。もちろん営利活動を営む企業ですから、やらなければならないタスクや周囲から求められるタスクも大事なものです。それは全く否定し得ません。それでも、自分自身の気持ちが引っ張られなかったり、自分以外でもできるタスク、またスキルアップにつながりにくいと感じるタスクがあれば「全部私に引き継いで」とも伝えました。言い換えれば、一人ひとりが自分自身の「今ここ」の気持ちに正直に動いて欲しい、ということでもありました。

結果としてメンバーから幾つかのタスクを引き継ぐことになりました。それによってコーチング実施時のメンバーの声のトーンがわかりやすく明るくなったり、「やりたいことに時間が割けるようになった」という声も貰えました。現在進行形で手応えを感じている日々です。

この一連の流れの中で、私から具体的に何かを指示することはありませんでした。引き継ぐタスクを決めるのもメンバー自身。そもそも引き継ぐ/引き継がないということを決め、何に注力するのかというのを決めるのもメンバー自身でした。要するに私自身は何も具体的解決策を提示していないということです。そこにロジカルで左脳的な解決を試みようとする自分は居なかったように思います。
「いやいや、タスクを引き継いだあなた自身はパンクしたんじゃないの?」という疑問を持つ方もいるかもしれませんが、そもそも先述の宣言をするために私自身もwantの整理をしており、メンバーからタスクを引き継ぐための余白を作っておいたのでそれによる忙しさの変化はほぼありませんでした。

(↓これをめちゃくちゃ参考にした)

クライアント側としての感想は……?

さて、コーチ側としての体験や考えてきたことを書いてきましたが、じゃあコーチという役割を脇に置いた時のあなた自身はどう変わったの?どんな自己変容があったの?という疑問がこれを読んでる方々に湧いてもおかしくないと思います。クライアント側として自己に向き合ってきたその結果は、他の形で世の中に出していきたいと考えています。
マガジンの一発目でクラスメイトのひろのさんがイラストと共に書いてくれたように、私は表現ということと切り離せない人生を送るようです。それがどういう場でどういうアウトプットになるのかはまだわかりませんが、今の私は“虎視淡々”。ひっそりと色んな準備をしているので温かい目で見守っていただけると幸いです。

この5ヶ月間を「青春」と呼んだ人が居た

コーチングとは不思議な関係性だと感じます。上司や部下や同僚といった仕事仲間でもなく、かといって友人のような関係でもない気がしますし、家族ともまた違う気がします。
一方でコーチという名称が言い表すように、コーチは選手に代わって試合には出れないというのが私の考えです。伴走はするが先導はしない。そんな在り方を今も模索しているように感じます。

このプロコースの5ヶ月間を「青春」という言葉で表現したクラスメイトが居ました。ポエティックでどこか気恥ずかしさのようなものを感じないかと言われれば嘘になるかもしれません。それでも私はこの表現がすごく素敵だなと思います。

私は言葉で思いを伝えることが好きですが、同時にあまり得意ではない気がしています。なのでプロコース9期の自主卒業制作(各クラスメイトに言葉をプレゼントするカレンダー)では、クラスメイト全員に聴いて欲しい曲のタイトルを一つずつ書きました。それに倣ってこの記事も締めたいと思います。それじゃあ、また👋


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