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最高のクリスマス

ずっと、生きることが苦しかった。


暗闇の中を歩いていた。
ひとりで、淡々と歩いていた。
誰かと遭遇することを丁寧に避けていた。

誰とも一緒にいたくなかった。
誰の記憶にも残りたくなかった。

だけど、本当はずっと誰かひとりでいいから、僕の人生をそばで見ていて欲しいとも思っていた。

僕の生きていた記録をひとつも残したくなかった。
写真が嫌いだった、僕が残るから。
メッセージが嫌いだった、僕の送った言葉が残るから。

だけど、自分の気持ちを書き出さないではいられなかった。そうでもしなければ気が狂いそうだったから。


誰かを笑顔にするようなことができればいいなと思っていた。
いつか誰かを幸せにしたいって思っていた。

だけど、自分にはそんなことを望む資格はないとも思っていた。

生きるのは苦しかった。
だけど死ぬこともできなかった。

このまま現状を維持して生きることが僕への罰だと思った。

音楽だけが僕の心に寄り添ってくれた。
音楽だけは僕に生きようと思わせてくれた。

暗闇の中で、かきならされるエレキギターの音だけが心に響いていた。


昨日はひとりで過ごすクリスマスだった。
街中を溢れるクリスマスソングを遮るように、イヤホンをつけて自分の世界に閉じこもっていた。

だけど不思議と寂しさはない。ひとりだなとも思わなかった。
強がりじゃなくそう感じていた。

僕はもう、暗闇の中を歩いていない。

ライブに行ってきた。
整理番号から察するに観客は150-200人がせいぜい。
建物の地下の奥の扉をくぐり入った会場。片手には注文したカクテルがある。
ライブが始まる。小さなステージに立つ3人、かき鳴らされるギター、死ぬ気で歌っているボーカル。

剥き出しの音楽がそこにあった。

なぜだろう、勝手に涙が溢れてきた。

この2年間近く封印されていたライブがそこにあったんだ。
みんなと音楽を共有して、それぞれがそれぞれの想いを乗せて。本気で泣いている人もいて、とびっきり笑顔の人もいる。
曲の一瞬の煌めきに自分の人生を投影する。それだけで心が洗われていく。

これが、僕の好きなライブだった。
苦しみに喘いでいた僕を生かし続けてくれた音楽だった。


もう何年も嬉しくて泣いたことがなかった。最後が10年前、大学入試で合格したときだ。

涙なんて枯れたと思っていた。もう一生分泣いた、これ以上泣くことなんてない。そう思っていた。

なのに、涙が止まらなかった。
暗闇から解放されて聞く音楽は、これでもかってほど美しかったから。

酸いも甘いも、愛も憎しみも、全部音楽に昇華されていく。
ぶっ壊れていて散り散りになっていた心のピースが、みるみるうちにあるべきところへと戻っていく。

生きる苦しみから、どんどん解放されていく。

こんなに嬉しいことを初めて経験した。


写真が好きになった。そのときの気持ちを思い出せるから。

メッセージを送ることも厭わなくなった。メッセージをどう受け取るかは相手に委ねることに決めたから。
何より僕の言葉で誰かが喜んでくれるのを、素直に嬉しいと思えるようになった。

誰かを笑顔にすることができたらいいなと思う。
誰かを幸せにできたらなと思う。
その誰かが誰なのかまだわかってないけど、きっといつか巡り会うんじゃないかと思っている。

生きることはもう苦しくなくなった。
誰かや何かのためにならないように生きることはもうやめた。

自分で自分に枷をつけるのは、もうやめたんだ。


生きててよかった。今までの人生で、一番幸せなクリスマスだった。

来年のクリスマスは、今年よりも幸せだといい。

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