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ぬかるみ

目がシャバシャバする。連日のごとくスマホやパソコンをいじり回し、挙げ句の果てには経済新聞なんかを読み始める始末。ロクに経済用語もわからないくせに、とにかく世間のことを知っておかなければまずい気がして、そのために色々な情報を手に取ろうと奔放する毎日。結果、目がシャバシャバする。


毎日忙しなく生きているという自覚は大いにある。自分はどちらかというと忙しない方だろう。あまりよくないだろうが、しかし自分はこれでしか生きられない。このスタイルでしか、自分を表現できない。いや、勝手にそう思っているだけか。でも何もないままに時を過ごしていると意味のわからない罪悪感が胸の奥から湧き出てくるみたいで、そいつに食べられないように必死である。
そいつは全身をくすんだ桃色の皮膚で構成されている化物だ。そいつに追いつかれたら、何もかもを食べられて、屈辱の限りを尽くす。プライドも、感性も、何もかもが食べられてしまう。


自分にはその恐怖が存在すると思い込んでいる。多分化け物なんかはどこにも居なくて、勝手に自分が生み出した妄想に追い込まれているだけだ。別に日常はいつも通りだ。noteを辞めたって日常は続いていて、友達に電話したらきっと喜んで応対してくれる。実家に帰れば両親がいる。何も心配することはない。でも自分はまるで逃げている。そして自らの自由を奪い去っていく。いろいろな人から、価値観から、向き合うことから、被害者や加害者から、逃げている。その先に何があるとも知らずに。


きっとどこかしらで勇気が求められる時が来るだろう。もしかしたらもう来ているのかもしれない。もうすでに通り過ぎた後かもしれない。もう手遅れで、今更振り向いたって自分の好きだった人たちは背を向けていて、自分のことを忘れ去っているのかもしれない。
もしそうだとして、しかし後悔はまだ先の方にあるはずだ。自分は内面からくる慈愛を奥の方に隠している臆病ものだ。優しさを見せたら寝首を刈られると思っている。これもまた、ただの妄想かもしれないが。とにかく、その慈愛が奥深くに眠っている限り、それを取り出さなければ、人々への愛情に気づくことができない。なんて馬鹿だろうか。どうしてその慈愛を奥の方にしまっておくことしかできないのだろうか。大人になるとはこういうことか。


子どもの頃には成しえなかったことを、今ではたくさんできている。料理、仕事、勉強、読書。それが大人だと思う。しかし子どもの頃にしか持ち得なかった大切な何かがどんどんこぼれ落ちている。それはたくさんの感性か。たくさんの喜びか。素直。一途。純粋。それはもう拾うことができない。せいぜい、それがあった時のことを思い出して懐かしむことだけしかできないだろう。真っ白なシーツも一度汚れてしまったら、汚れる前の状態に戻ることはできない。汚れを落として、見た目だけ綺麗にしても、汚れていたという事実と記憶はずっとついてくる。そしてジワジワと老いを見せる、病を投げかける、死を連想させる。自分は暗い道に入っていく。


自分がどこにいて、どんな人として生きているのかもしれたものではない。ここでは道が暗すぎる。照らしてくれるものだってないから。だから自分の目で見つめて、手探りで進んでいく。知らない間に後退しないように気をつけながら。雨上がりで、道はひどくぬかるんでいてる。いや、ぬかるんでいると思い込んでいるだけかもしれない。他に誰も比較できる人がいないから、どれもこれもがいつも主観でしかなくて、正解は自分の中にしかない。だがぬかるんでいるかどうかは、主観ではなくて真実を知りたい。でもそしたら何もかも現実で、現実すぎる世界に向き合うことができなくなる。辛すぎて。ちょうどよく逃げている。シャバシャバした目で、道を見定めながら。


どうにかして真実を掴もうとしても、大半の事象は一生わからないままで終わってしまうものだ。なら何故人は追い求めるのか。趣味を全うして、勉強をするのか。私たちの中に備わっているものは一体なんだ。
それこそ化け物なのかもしれない。桃色の皮膚に、ゴツゴツした骨格。こいつが騒ぎ立てるから、人は仕方なく活動してるだけなのかもしれない。仕方なく活動して、人々の中の怪物が喜べば、人は楽しいという感情を授かるのかもしれない。
しかし大人になったら何が好きで何が嫌いかもわからなくなっていく。社会に組み込まれるための人になってしまったからだ。嫌々で仕事をすると、中の怪物は喜んでくれない。そうすると楽しいと思うこともすり減っていく。何が好きなのかも忘れていく。そうするうちに、中の怪物は栄養失調で死んでいく。



誰も教えてくれない。誰に聞いても、そっけなく他人行儀で一緒になって考えてくれない。じゃあいいさと、一人で考えて、その先を掴もうとして、でも地面がぬかるんでいる。


誰か教えてほしいものだ。ぬかるんだ地面の歩き方を。本当に地面がぬかるんでいるのかを。



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