マガジンのカバー画像

(小説)笈の花かご

56
この物語の主人公は、帷帳登子。 ある日、主人公が、ヒヤリとする出来事に遭遇したことから、トバリが開く。そのトバリの奥から、「アレマア、オヤマア」と、驚きあきるばかりに、老いの数々… もっと読む
運営しているクリエイター

#イチョウ

(小説)笈の花かご #1

はじめに この物語の主人公は、帷帳登子。 ある日、主人公が、ヒヤリとする出来事に遭遇したことからトバリが開く。そのトバリの奥から「アレマア、オヤマア」と驚きあきるばかりに、老いの数々が怒濤の如く吹きだして来る。 帷帳登子は、高校の古典の先生が出席名簿を、イチョウと、読みあげて以来イチョウの通り名で呼ばれている。 24歳で、水田芸と結婚して、帷帳登子は、姓が変わるのだが、周囲の人々は、変わらず、イチョウと呼ぶ。 笈の花かごでは、イチョウとスイデンと、夫婦を分けて呼び、物語が

(小説)笈の花かご #51

18章 車椅子はもう免許皆伝です(6) テーブルメイトに、転居の日を知らせる 毎日接する職員さんの名前を知らないモクレン館の入居者は多い。知らなくても暮らして行ける。呼び掛ける必要がある時は、「あのぉ」あるいは、「ちょっと…」と言えば良い。黙って手を上げているだけでも、気がついた職員さんが 「ハイ、どうかされましたか?」 と言って近づいて来てくれる。 テーブルのティッシュが空になると、空箱を縦に立てる。すると、すぐ新しい箱と交換してくれる。 ヤマブキ黄子は、モクレン館の暮

(小説)笈の花かご #50

18章 車椅子はもう免許皆伝です(5)前に足が出ない どうにか車椅子で運んで貰い、どかっとベッド脇に座るとイチョウは、すぐにザワザワ病院に電話した。 (先生、助けて! ) しかし、今から急いで、とはいかず、 「先生は本日、手術が入っていて、対応出来ません」 と翌朝8時30分の来院を勧められた。 (なんともすげない) 翌日、イチョウは、YYタクシーに送迎を電話で依頼。又々、ヤマダヤスノリ運転手。車椅子を漕いでモクレン館の玄関から出て来たイチョウを見て彼は驚いた。イチョウは、

(小説)笈の花かご #49

18章 車椅子はもう免許皆伝です(4) テーブルメイト、財産管理法を伝授 銀行等、財産管理について、これまでイチョウはテーブルメイトと何度か話題になった。 「自分の貯金残高を知りません」 エニシ玉は、長女に財産管理を頼んでいる。モクレン館からの請求書も全て長女へ届く。衣服等は、百貨店の通信カタログを利用して注文している。果物等の嗜好品は、長女がまめにモクレン館まで届けに来る。 ナズナ織子は、長男の妻に財産管理の全部を頼んでいる。 銀行の出し入れは勿論、空き家になった自宅

(小説)笈の花かご #47

18章 車椅子はもう免許皆伝です(2) イチョウ、公的資料の受け取りに大苦戦 一方、遠く離れた娘・英子は、電話、郵送、インターネットで、スイデンの銀行等さまざまな事務手続きを開始した。そして、これから先やらなくては行けない手続きとそれに必要な書類の一覧表を作成し、イチョウに送り知らせた。各手続きは、たいてい電話1本、またはメール、郵送などで済み、便利になっていた。が、妻であるイチョウの証明書類が必要な場面が多い。イチョウは足の痛みもあり、出来るだけ外出を避けたかったが中に

(小説)笈の花かご #46

18章 車椅子はもう免許皆伝です(1) イチョウ1人の片付け 人ひとりが逝くと、後始末は膨大なものになる。 話は少し前に戻り、お盆に急逝したイチョウの夫、水田芸のその後の片付けのお話。 すぐにやるべき公的手続きは、娘・英子が役所を回り大部分を済ませた。その他スイデンに関する全ての事務手続きの範囲は広く、イチョウ1人では到底対応出来ない。ほとんどが電話と郵送、インターネットで出来る事を確かめ、英子は一旦帰京した。その中でイチョウが何とか出来たのが、スイデンの部屋の整理と片付

(小説)笈の花かご #33

13章 君が袖降る(1)これまでの話 イチョウのザワザワ病院での左膝手術、右膝は不手術で退院したの経緯は、これまで縷々述べて来た。 その後、左膝は順調に回復したが、残された右膝の痛みと、腰から来る左脚外側の夜間疼痛のため、イチョウは、手術後もザワザワ病院へ通う日々が続いた。 月2回、医師の診察と週1回のリハビリ通院を継続している。 浅澤医師は、診察の度に 「85歳までに、右膝を手術しましょう」 と勧める。 リハビリの担当は、ヨシキタPT(PT:理学療法士)である。 手術か

(小説)笈の花かご #36 #37

14章 万葉の世界へようこそ(2) 娘からの「多くの人が混同しやすい歴史上の人物」という記事を読み、疑いながら、ここでようやく、イチョウは、電子辞書の逆引きで「オオキミ」と打ち、ついに、2人を見比べることに成功、納得した。 更なる問題はこれまでに、半端な万葉の知識を話して回った事である。 (しまった! 正確でない話だったとは、これはまずい) イチョウは反省し、訂正して回るはめになった。 ところが、である。2度目のその話題となると、誰しも 「え、それがどしたん?」 とり

(小説)笈の花かご #35

14章 万葉の世界へようこそ(1)  (何やら落ち着かない) イチョウは、手を振られた直後、自分の部屋に戻っても、何やら落ち着かない気分で過ごした。目を閉じると焼き付いたその光景が浮かぶ。 (私の名前を呼び、手を振ってくれた人がいる。今までそんな事あったかしら) イチョウが、初めて万葉に触れたのは、田辺聖子・著 文車日記〜私の古典散歩* 。イチョウの脳裏に強く残っている。若い頃から好きで「古典講座~万葉集」等、これまで何度も学んだ。それだけに今日のお手振りと歌の光景

(小説)笈の花かご #34

13章 君が袖振る(2)モクレン館の自室にて (何やら落ち着かない) モクレン館の自室に戻り、何度も思い返した。 (私の名前を呼び、手を振ってくれた人がいる。今までそんな事があったかしら) 若い頃、好きで額田王を学んだ。 今は高齢になってしまったイチョウ。 (肝心の額田王に袖を振った人が、何という天皇だったか? 曖昧……) 袖振る場面は、アリアリと思い浮かべられる、しかし歌の詳細はどうも不確か。どうしても袖振る君が、誰であったか、思い出せない。 そこで、手持ちの電子辞

(小説)笈の花かご #32

12章 人気者ヨシキタPT 4月中頃の日曜日のことである。 ヨシキタPT(PT:理学療法士)の妻の母が亡くなった。彼は、週明けの月曜と火曜、仕事を休まなければならなくなった。 (ザワザワ病院の方は、シフトの勤務だから、月曜の朝、電話を入れれば調整してくれるだろう。問題は、受持ちの水田登子さんだ。熱心に火曜日に通院している。予約もオレの勤務日かどうかチェック見ている。どうしようか) 考えたあげく、ヨシキタPTはモクレン館に電話をかけることにした。 電話に出た平戸事

(小説)笈の花かご #22

7章 ザワザワ病院⑴ スイデンは意外に早くモクレン館の暮らしに順応した。 まず、彼は、4階食堂の西側にある花壇に注目した。 花々が咲き乱れている。バラの木が2鉢もある。 バラの手入れは、4階の誉田吉郎が専用の鋏を持って花壇に出ている。 腰は曲がっているが杖なしでバラの手入れをしている。 水遣りは、元気印の5階の林田隼夫である。彼は、スポーツクラブに週3回通っている。 どうしてもモクレン館の園芸に携わりたいスイデンは、 「花壇の草むしりをしたい」と申し出た。 片口施設長は、ス

(小説)笈の花かご #25

8章 イチョウの決断⑴ イチョウは、ザワザワ病院で左膝の手術を受け、術後10日間は悪夢の中にいた。11日目に、1階のリハビリステーションまで移動して、そこで数種の基本プログラムによるリハビリを受けられるまでになった。 すると食欲が出て来た。 昼食のお膳の3分の1食べることが出来た。 すぐ、点滴が終了した。 同時に、排尿の管も取れ、ベッドサイドに、ポータブルトイレが運び込まれた。 ナースの病室訪問の回数が減った。 ここまでは順調な回復である。 こうしてイチョウは、ベッド脇の

(小説)笈の花かご #29

10章 ホワタ職員は、ソロリ?(2) オレンジの皮をむく このところイチョウは、何かと教えがいのあるホワタ職員に、アレコレと自分の経験や知識を伝授して良い気分である。 そんなある日、 またもやイチョウの出番かと思われる事態が目の前で起きた。 ホワタ職員は、入居者の誰かに、オレンジを半分に割ってほしいと頼まれた。 それは、夏みかんほど大きくないが、ホワタ職員の両手にすっぽり入る位の大きさのオレンジである。 彼は素手で持って、それを半分に割ろうとした。 爪を立て、やっと、てっ