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(小説)笈の花かご

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この物語の主人公は、帷帳登子。 ある日、主人公が、ヒヤリとする出来事に遭遇したことから、トバリが開く。そのトバリの奥から、「アレマア、オヤマア」と、驚きあきるばかりに、老いの数々… もっと読む
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(小説)笈の花かご #1

はじめに この物語の主人公は、帷帳登子。 ある日、主人公が、ヒヤリとする出来事に遭遇したことからトバリが開く。そのトバリの奥から「アレマア、オヤマア」と驚きあきるばかりに、老いの数々が怒濤の如く吹きだして来る。 帷帳登子は、高校の古典の先生が出席名簿を、イチョウと、読みあげて以来イチョウの通り名で呼ばれている。 24歳で、水田芸と結婚して、帷帳登子は、姓が変わるのだが、周囲の人々は、変わらず、イチョウと呼ぶ。 笈の花かごでは、イチョウとスイデンと、夫婦を分けて呼び、物語が

(小説)笈の花かご #54

19章 モクレン館のマジックショー(3)さようなら、ザワザワ病院 年末の最終日、イチョウにとってもザワザワ病院の最後の受診日となった。 イチョウは、この日、浅澤医師、出張受付のカワヒラ事務職員、ヨシキタPT、トウダPT、濃紺PTにキチンとお別れの挨拶をした。 浅澤三郎医師の別れの言葉は、 「人生いたるところに青山ありですよ」 先生の年齢はもうすぐ60歳、ひとり娘がいると、別れに際して私的な会話を交わした。 ヨシキタPTには、最終日ではなく1週間前のリハビリの時、東京へ転

(小説)笈の花かご #48

18章 車椅子はもう免許皆伝です(3)引っ越しの打診 あらかたスイデンの諸手続きが終わった頃、イチョウは、東京の娘・英子から、 「近くに移り住んでほしい」 と求められた。 英子も、幾度とない東京都と石川県の往復に草臥果てていた。 イチョウは、4階食堂のテーブルメイトに、娘からの提案を披瀝した。3人の反応は、 「お子がおいでで、その子が、そばに住んでほしい、と言う。こんな幸せな事はありません」 と同じ言葉を揃って口にした。 イチョウは、長年交流している地域の書道仲間にも東

(小説)笈の花かご #57(終)

終章 てんでバラバラ新しいトバリ 初めてイチョウは東京の暁荘ホームに到着した。 玄関に車椅子が用意されていた。その車椅子を英子に押され、イチョウは3階A号室に移動した。こうしてイチョウは、東京の介護施設 暁荘ホーム の新しい住民となった。新たなトバリが開いて、未知の暮らしが展開されて行く事に胸が弾んだ。 イチョウが、終の住処を暁荘ホームに決めた理由は、娘・英子の住まいに近いという点。その次は、機能訓練室がある点。イチョウは、引っ越してすぐに機能訓練室を見学に行った。部屋の

(小説)笈の花かご #56

19章 モクレン館のマジックショー(5)いよいよ東京へ 朝食のお別れの歌 正月休みが過ぎた。英子は、引越の前日から、石川県にやって来て、 モクレン館の近くのホテルに泊り、引越しに備えた。 荷造りの日、英子は、早朝からモクレン館に来て、引っ越しの荷造り作業を見守った。荷物は手際よく室内から運び出されて、昼前にはイチョウの部屋は空っぽになった。モクレン館の備品であるベッド一式とイチョウのリュックと旅行カバンがポツンと残った。イチョウは、モクレン館の借り椅子にラジオと目覚まし

(小説)笈の花かご #55

19章 モクレン館のマジックショー(4)モクレン館のChristmas モクレン館のクリスマスのイベントは、稲場職員他3人によるハンドベル演奏。曲は「ジングルベル」。入居者全員で、ゆっくりと、ハンドベルの速度に合わせて唄って盛り上がった。続いて坂下職員のマジック。 「実は、自宅で夫をお客に見立てて、2週間猛練習しました」 と先触れがあり、そして、 「タネもしかけもあります」 と明言。 彼女は2種類のマジックを披露した。 1つ目は、紙コップに水を注ぎ、チャンチャンと上に下へと

(小説)笈の花かご #53

19章 モクレン館のマジックショー(2) モクレン館での暮らしも残りわずかのイチョウ、 テーブルが別々の夫妻の思い出 モクレン館4階に、少し前から夫婦で入居している唐島夫妻のお話。 2人は食堂で別々のテーブルであった。夫の栄吾は男性4人のテーブルに、妻のタカは女性8人のテーブルと別れて座っている。以前、席替えの希望を4階チーフに聞かれた妻は、 「夫と一緒のテーブルでなくてもいい」 と言った。夫からは特に希望なし。唐島栄吾は、自分の部屋と食堂の間を、歩行器を使ってゆっくり

(小説)笈の花かご #52

19章 モクレン館のマジックショー(1)引っ越し業者の見積り 転居予定は、年明けの1月。正月明け早々と決まった。イチョウの部屋の引っ越しの見積もりを、娘・英子が依頼。年の瀬、カイキ引っ越しセンターの営業マンが、モクレン館のイチョウを訪ねて来た。イチョウの部屋にある物で、パソコン、遺骨、遺影はトラックに積めないと営業マンから言われ、見積額が提示された。 ( 1室分にしては随分と高額ね) 自宅からモクレン館へ移動した額を思い重ね、イチョウはいささか不満。北陸の雪での困難さ、昨今

(小説)笈の花かご #51

18章 車椅子はもう免許皆伝です(6) テーブルメイトに、転居の日を知らせる 毎日接する職員さんの名前を知らないモクレン館の入居者は多い。知らなくても暮らして行ける。呼び掛ける必要がある時は、「あのぉ」あるいは、「ちょっと…」と言えば良い。黙って手を上げているだけでも、気がついた職員さんが 「ハイ、どうかされましたか?」 と言って近づいて来てくれる。 テーブルのティッシュが空になると、空箱を縦に立てる。すると、すぐ新しい箱と交換してくれる。 ヤマブキ黄子は、モクレン館の暮

(小説)笈の花かご #50

18章 車椅子はもう免許皆伝です(5)前に足が出ない どうにか車椅子で運んで貰い、どかっとベッド脇に座るとイチョウは、すぐにザワザワ病院に電話した。 (先生、助けて! ) しかし、今から急いで、とはいかず、 「先生は本日、手術が入っていて、対応出来ません」 と翌朝8時30分の来院を勧められた。 (なんともすげない) 翌日、イチョウは、YYタクシーに送迎を電話で依頼。又々、ヤマダヤスノリ運転手。車椅子を漕いでモクレン館の玄関から出て来たイチョウを見て彼は驚いた。イチョウは、

(小説)笈の花かご #49

18章 車椅子はもう免許皆伝です(4) テーブルメイト、財産管理法を伝授 銀行等、財産管理について、これまでイチョウはテーブルメイトと何度か話題になった。 「自分の貯金残高を知りません」 エニシ玉は、長女に財産管理を頼んでいる。モクレン館からの請求書も全て長女へ届く。衣服等は、百貨店の通信カタログを利用して注文している。果物等の嗜好品は、長女がまめにモクレン館まで届けに来る。 ナズナ織子は、長男の妻に財産管理の全部を頼んでいる。 銀行の出し入れは勿論、空き家になった自宅

(小説)笈の花かご #47

18章 車椅子はもう免許皆伝です(2) イチョウ、公的資料の受け取りに大苦戦 一方、遠く離れた娘・英子は、電話、郵送、インターネットで、スイデンの銀行等さまざまな事務手続きを開始した。そして、これから先やらなくては行けない手続きとそれに必要な書類の一覧表を作成し、イチョウに送り知らせた。各手続きは、たいてい電話1本、またはメール、郵送などで済み、便利になっていた。が、妻であるイチョウの証明書類が必要な場面が多い。イチョウは足の痛みもあり、出来るだけ外出を避けたかったが中に

(小説)笈の花かご #46

18章 車椅子はもう免許皆伝です(1) イチョウ1人の片付け 人ひとりが逝くと、後始末は膨大なものになる。 話は少し前に戻り、お盆に急逝したイチョウの夫、水田芸のその後の片付けのお話。 すぐにやるべき公的手続きは、娘・英子が役所を回り大部分を済ませた。その他スイデンに関する全ての事務手続きの範囲は広く、イチョウ1人では到底対応出来ない。ほとんどが電話と郵送、インターネットで出来る事を確かめ、英子は一旦帰京した。その中でイチョウが何とか出来たのが、スイデンの部屋の整理と片付

(小説)笈の花かご #45

17章 食堂に響き渡る歌声(3) 流行歌、千昌夫の『星影のワルツ』 「流行歌を唄いたい」 まもなく、なんと4階食堂の皆のリクエスト。 その日の3時のお茶の後に、千昌夫の『星影のワルツ』の歌詞が配られた。 (誰しも一生に1度はつらい別れを経験しているもの。本当、誰でも心打つ歌詞だわ) とイチョウは歌詞を見て皆からリクエストの深い意味を知った。 歌詞を眺めるばかりのヤマブキ黄子は、 「知らない」 一同は困った。 (黄子、この歌が大流行の時代、どんな暮らしを? きっと声楽を一生