【ベンチの心理学】                <第104回全国高校野球選手権>       なぜ、あそこで前進守備!?      京都国際対一関学院

「あのとき、あの監督はどんなことを考えていたのか?」

 ファンも指導者も、試合を観ながら、そう思うことは多々あるでしょう。もちろん、試合における采配は重要なのは間違いありません。ただ、その試合に至るまでの過程やチーム事情は、その場だけではわかりません。

「なぜ、バントのサインを出さないんだ?」と思っても、その選手はバントが下手のかもしれません。俊足の選手に「なぜ、盗塁させないんだ?」と思っても、その選手はケガを抱えているのかもしれません。

 監督の采配というと、サインを出すことが思い浮かびますが、そればかりではありません。いつ、どのタイミングでどんな言葉をかけるか。逆に、選手の性格を考え、あえて何も言わないのも立派な采配です。

 試合を観ているだけではわからない。それが采配であり、チームマネジメント。実際の甲子園の試合を両チームの監督にふり返っていただきながら、スコアやプレーには表れない真相・深層を探っていきます。

第1回はこの試合。

<第104回全国高校野球選手権大会 1回戦>
京都国際 100 000 022 00=5
一関学院 301 001 000 01=6
(京)森下、森田、松岡ー辻井
(一)小野、寺尾ー後藤

【監督プロフィール】
一関学院 高橋滋監督
一関商工(現一関学院)ー東北福祉大。大学卒業後、母校のコーチとなり、2006年から部長。2019年に監督に就任した。公民教諭。

京都国際 小牧憲継監督
京都成章ー関西大。大学卒業後、銀行員を経て2008年に監督に就任。社会科教諭。

<前提>
昨夏の甲子園4強の京都国際はエース・森下瑠大らレギュラー4人が残り、選出されていた今春のセンバツでも優勝候補に挙げられていた。ところが、新型コロナウイルスの集団感染により開幕前日に無念の出場辞退。その後もチーム状態は上向かなかった。

小牧 ボールを1球受けただけで手首を押さえてうずくまる子や夏の大会中になっても微熱が下がらない子などコロナによる後遺症が出ました。戦力的にも森下はひじの状態が悪く、二番手の平野(順大)も肩痛と重度の足首ねんざで投げられない。京都大会はほぼ三番手から五番手の投手でやりくりしました。

 森下は京都大会準決勝、決勝で合計9回を投げて2失点。甲子園に間に合ったかのように見えたが、そうではなかった。

小牧 ひじは7月から投げられる状態になりました。準々決勝で一回投げる予定でしたが、それまでリハビリに専念していたのに前日の守備練習で急に動いたことでぎっくり腰みたいになってしまった。準決勝、決勝は痛み止めの注射を打っての登板でした。

 エースで四番の大黒柱がそんな状態では、多くは望めない。知らず知らずのうちにチームの目標も変化していった。

小牧 ウチは新チーム結成時に目標を決めさせるんですが、そのときは日本一。センバツも日本一になるつもりで準備していましたが、夏は「何が何でももう一回甲子園で勝つ」というよりは「甲子園に戻る」になっていた。甲子園が決まった瞬間に目標達成というか、ホッとしてしまった。甲子園での戦いが何か思い出づくりというか、修学旅行気分になってしまったところはありました。

 満足感があったことに加え、主将の辻井心が抽選で引いたのは大会初日。これもまた不安要素を増やす要因になった。

小牧 森下がそれ以上の注射を打つには2週間あけないといけなかったんです。京都大会でフル回転した森田(大翔)も腰痛持ちで回復が遅れていたので、2回戦からのクジを狙っていました。辻井には「大会初日だけはやめてくれよ」と言っていたんですが、きっちり初日を引きましたね(笑)。

 一方の一関学院は12年ぶりの甲子園。久しぶりの出場だけに高橋監督はそれこそ選手たちの精神面が心配だった。

高橋 (コーチ、部長時代に)出場で満足して、いくらこっちで発破をかけてもダメなときがありました。今回は甲子園を決めた次の日も変わらず練習していたので燃え尽きていないなと。甲子園に行ってもしっかりやれるだろうというのは見えました。

 対戦相手が京都国際に決まり、高橋監督の頭に真っ先に浮かんだのはエース・森下の名前。左打者が5人並ぶ一関学院打線がプロ注目左腕の森下を攻略しない限り、勝利は見えてこない。

高橋 京都大会であまり投げていないのは知っていましたが、甲子園までには回復しているだろうと。(京都大会決勝で)龍谷大平安でも1点ですから正直、「点数を取れるかな?」と思いましたね。

森下対一関学院打線が試合のカギを握るのは明らかだったが、特別なことはしなかった。

高橋 ウチは左が多いので「対左は開いたら絶対打てないからな」というのはチームを作るうえでずっとやってきたこと。岩手大会で打線が上り調子でしたし、大阪に入ってからも打撃の調子はよかったので、直球だけならある程度打てるんじゃないかというのはありました。やったことといえば、ウチの選手たちに森下君を「すごい投手だ」というイメージを持たせないことですかね。

 自ら分析したデータのなかから選手たちに伝える情報を選択。伝えたのは以下の点だった。

高橋 走者が出るまでは真っ直ぐ主体ということと、走者が出てからの投球はうまいという情報があったので、「追い込まれてからの変化球はなかなか打てない。とにかく追い込まれる前にしかけていこう」という話はしました。

 前向きに臨める一関学院とは対照的に京都国際は前述の通り不安いっぱい。いつもなら森下が投げれば失点を計算して戦えるが、今回ばかりはそうはいかない。

小牧 岩手の決勝の映像を見たら、盛岡中央の投手(齋藤響介、オリックス3位指名)の150㌔近い球に対してポイントを前にしてヘッドを出してストレート系をかぶせる打撃をしていた。森下が万全であればしっかり腕を振って変化球がぬけるんですが、「変化球で腕を振るのが怖い」と。真っ直ぐを軸にしないといけない、変化球を投げられないときついなというのはありました。森下の状態から、もって5回かなと。せめて3回ぐらい投げてくれというのが正直なところでしたね。

 甲子園に戻って来られた満足感と森下の状態による不安感。さらには優勝候補として昨年同様の活躍を期待する周囲とチーム事情のギャップを感じながら、京都国際は試合開始を迎えた。

ここから先は

11,087字

¥ 777

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?