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【時事抄】 フランス議会総選挙、パリ五輪前の賭けは裏目だったか

発端は、欧州議会選挙で現職大統領が属する与党が敗北し、極右勢力とされる国民連合が躍進する、という衝撃的な結果でした。これを受けて、仏マクロン大統領は議会下院の解散・総選挙を打ち出し、国内外からマクロン大統領の「危険な賭け」と評されました。発表直後に国内株価が下落し、フランスのユーロ離脱の始まりという”ぶっ飛び”シナリオまで囁かれたのです。

結果的にはフランス独自の選挙制度に救われた感があります。議員の選挙は初回投票で有効得票総数の過半数を得た議員がいなければ、候補者を2人に絞り最終投票を行うという「小選挙区二回投票制」を採用しています。

票が割れたとき、決して大多数が支持するわけではない候補者が「たまたま1位になって」当選してしまうこともある。有権者は二者択一の中でいずれか”マシな候補者”を選択することとなり、極端な主張をする政党には不利に働く選挙制度といえるからです。

さてこれから欧州はどう進むのか。外交・安全保障の専門家である秋田浩之氏のコラムから、今後の影響を展望してみましょう。

<要約>
フランス国民議会選挙は当初予想に反し、左派連合の新人民戦線(NFP)が最大勢力になった。第1党候補のルペン氏率いる極右のRN(国民連合)は3位だった。マクロン大統領が属する与党連合は議席の3割超を失い2位に沈んだ。フランス政治の難局は始まったばかりだ。

フランス政局の混迷は、欧州の対外政策に影響が大きい。インド太平洋諸国にも他人事ではない。外交・国防の権限を有するフランス大統領であっても、予算獲得には議会承認を得る必要があるからだ。欧州連合の外交・安全保障をリードしてきたフランスの指導力低下が避けられない。

左派連合はNATOに否定的
大きな懸念は、北大西洋条約(NATO)とフランスとの関係と、ウクライナ支援に及ぶ影響だ。最大勢力に躍り出た左派連合には、NATOに否定的な急進左派「不服従のフランス(LFI)」がいる。「NATOは役に立たない組織」と党首メランション氏は批判し脱退を志向する。同じく左派連合に参画する共産党はNATO解体を望んですらいる。極右RNもまた、NATOを「米国の組織」と見なして距離を置く。

短期的にはウクライナ支援への影響が懸念される。支援を主導してきたマクロン政権は仏戦闘機「ミラージュ2000-5」の供与、仏軍の訓練要員の派遣を検討する。だが、左派連合、RNとも、ウクライナへの武器供与に賛成する一方で要員派遣には反対だ。RN自体が伝統的に親ロシア的で、クレムリンに近いとされるロシア系銀行から選挙資金を借りた過去もある。

インド太平洋にも影響大きく
ウクライナ侵攻以来、日韓豪はNATOと結束してロシアや中国に対峙してきた。「今日のウクライナは、明日の東アジアかもしれない」(岸田首相)という危機感から、米欧に足並みをそろえる。9日から米ワシントンで始まるNATO首脳会議にも日韓豪がパートナーとして参画し、サイバー攻撃や情報工作への共同対応で合意する方向だ。

NATO内部の亀裂は日韓豪の戦略も狂わせる。加えて欧州のウクライナ支援が停滞する事態となれば、アジアも無傷では済まない。優位に立つロシアと戦争協力を深める北朝鮮がより強気になる恐れあり、と専門家は指摘する。

反移民・EUの右派躍進
一方、英国は7月4日の総選挙で中道左派の労働党が圧勝、「1強政権」のもと政治的安定に向かうかに見える。だが、反移民・反EUを掲げる右派「リフォームUK」が善戦し、全650選挙区のうち同党候補者は約100で2位につけた。議席は5つとどまったが、右派ポピュリズムの勢いは侮れない。

欧州の政治は岐路に立つ。フランス国防省で長年アジア戦略を担ったベテランはフランスの欧州域内・国際問題への影響力低下を指摘する。米国では秋の大統領選挙でトランプ氏が再選する可能性もあり、米欧とアジア同盟国の連携が大切になる。果たすべき日本の役割も増す。


一世一代の賭けに出たマクロン大統領の勝負は、勝ったのでしょうか。選挙前には極右勢力RNが300議席近くを獲得すると予想もありましたが、実際には150議席前後にとどまり3位に転落。フランス国民の「極右はヤダ!」との声を呼び込んで勢力拡大を抑えました。その点では賭けに勝ったといえるのかもしれません。

『日本経済新聞』2024年7月8日の記事より

しかし自身が属する「与党連合」も支持を伸ばせず、どの党も議会で主導権を握れていません。新たな連立の形成には長期間の交渉が避けられず、様々な意思決定が遅れそうです。言えることは27年まで任期の続くマクロン大統領が、早くもレームダック化する可能性が高いということ。パリ五輪という晴れ舞台を間近に控え、マクロン大統領は早すぎた決断を無念の思いとともに悔いているかもしれません。


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