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【潮汐の下考察】エーギル、アビサル、審問官。イベリアが織りなす数多の繋がり(アークナイツ)

【注意】この考察は非公式であり、ネタバレや個人の見解、推測を含んでいます。2021年11月時点の情報を元に執筆しているため、今後の実装次第で公式設定とはかけ離れた考察となる可能性がある点を予めご了承ください。

故郷を失った狩人は、何者でもない存在へと成り果てるのだ。
本当ならここへ来れば、新しい生活を始められるはずだった。
けれど、私たちは誰も、過去から逃れることはできない。

全ての生命は、海の中で誕生しました。

連綿と続く進化の中、かつての生命は群れを成して広大な海を遊泳…やがて陸に上がり、数多の進化先へ分岐。

ヒトの胎児は母体で成長していく途中、魚の面影、エラやヒレに似た形状を有することから、胎児の世界では生命の進化が繰り返されるという説が存在します。

そんな生命の母たる神秘性とは裏腹に、海には底の知れない暗闇が存在するからこそ、クトゥルフ作品をはじめ、数多の創作物で恐怖心を煽る舞台として扱われてきました。

『潮汐の下』は、そんな"海"を中心に据えたシナリオです。

アークナイツリリース以後、各オペレーターのプロファイルや『騎兵と狩人』より何度も仄めかされてきた「深海」に関わる秘密が、『潮汐の下』にて次々と明かされてきました。

舞台となったイベリア、サルヴィエントの街は重苦しい空気に包まれています。

潮風は獲物の鼻腔を刺激することでその深淵の口へと誘い、岸辺に押し寄せる汐は砂浜に打ち上げられたモノを噛む。人間性を失った住人たちに生存本能以外の意志は乏しく、静止した時間の中で潮の満ちる日々を繰り返す。

日の射すことのない街々で起こった数々の出来事に、スポットライトを当てることでその暗闇の深さを測ろうとするのが、この記事の趣旨です。


海に繋がるイベリア

イベリアという名から連想されるのは、ヨーロッパ南西部に位置するイベリア半島です。元来、ピレネー山脈の南側に広がる地域が漠然と「イベリア」と呼ばれていましたが、ローマ人がその地を属州として以後「ヒスパニア」と呼ばれました。そのラテン語に由来して今でもスペインは「イスパニア」「エスパーニャ」と呼称されます。

輝かしい大航海時代、スペインは他国に先んじて船団を編成。新大陸を次々と征服することで強大な富を築き、スペイン海軍は海上の覇権を握ることで「無敵艦隊」という異名を獲得するに至りました。

しかし、国には栄枯盛衰が付き物。イギリスへの侵攻を狙ったスペインは、アルマダの海戦にて大敗を喫し、スペイン海軍は凋落の運命をたどります。いつしか「無敵艦隊」という名は、スペインカトリックが英国プロテスタントを打倒することを目論み、傲慢にも神の支援を謳ったフェリペ2世率いる海軍の敗北を揶揄する意味も含むようになりました。


海からの恩恵を受け、黄金郷と呼ばれたテラのイベリアも、目も当てられぬほど荒れ果てた街を抱く国家となっています。

明日方舟2.5周年生放送の終わりに、世界観を解説するPVが流れ、イベリアに関する情報が開示されました。

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先進的な海洋テクノロジーにより、陸の強国に成り上がったイベリア。しかし、まさにその海洋から来たる厄災によって、イベリアの輝きは脆くも崩れ去った。国境は封鎖され、廃墟が立ち並ぶのみとなっても、海の脅威は遠ざかることがない。静寂に沈んだイベリアが向かう先は、依然として未知のままである。


イベリアという国家を語るうえで欠かせないのが、海と密接な関係にあるという点です。

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出典:https://ngabbs.com/read.php?tid=23891600

テラの世界地図を確認してみると、陸地とその外郭を隔てる境界線には灰色の六角形が配されていますが、イベリア南部にはそれが存在しないことが分かります。

これは、イベリアという陸上国家が海との交流を図ることで独自の文化を築いてきたという証左といえるでしょうか。


イベリアという国の特殊性を理解する為のポイントは2点あります。
・海に由来する技術により、かつては栄華を誇っていた
・海からの脅威により、文明は滅び去った

順に確認していきます。


”エーギル”国家との繋がり

陸上の諸国についてみると、イベリアだけが海に対してわずかばかりの理解があるようです。
(グレイディーア第二資料)

テラの主要な国家では、源石がエネルギー源として活用されており、鉱石病の罹患という対価と引き換えに高度なアーツ技術が発展しています。対してイベリアは、海に由来する技術という表記が為されており、シナリオ中でも度々その点が仄めかされていました。

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大陸版1周年記念の生放送で公開された世界地図は、ゲーム中の人物ファイルで表示される組織図と、ある程度合致していることが分かります。1周年記念版世界地図からアップデートされた情報が、右下のアビサルエーギルの括りです。

人物ファイルは拡大すると、背景に国家のロゴが表示され、関係する組織ごとに人物アイコンが配置されています。

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この図より、アビサル(ハンター)は組織であり、エーギルは海洋国家であると解釈することができるでしょうか。
※エーギルという単語は、ウルサスのように種族名としての意味も含んでいるため文脈に応じて解釈する必要があります。

海洋テクノロジーは、エーギルよりもたらされた技術であり、イベリアはエーギルから多大な影響を受けていることが分かります。海に由来する技術を読み解く上で参考となるのが、グレイディーアのプロファイルです。

エーギルの科学技術レベルの高さはもう検証しようもないしな。巨大な大気圧の下にある透明な都市、特定の鉱石を用いなくても稼働が可能なエネルギー施設、フルセットの低温合金加工技術……更にはデータの大容量・低破損通信技術に、異なる種同士の融合ときた。
(グレイディーア第三資料)

テラにおいて、源石に依存することなくエネルギーを抽出できる最大の利点は、鉱石病と無縁でいられることです。同じグレイディーア第三資料には、エーギル技術を軍事的に活用した成果がアビサルハンターであることも併記されています。

今回登場したアビサルハンターは、スカジ・スペクター・グレイディーアの3人です。

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3人とも、アーツ適正が皆無である代わりに、傷を負っても自然治癒し、身体を貫かれようと戦場復帰可能、挙句の果てには国一つ感染させられるほど高濃度の液体源石に漬けられても生命活動を維持できるほど強靭な肉体を有しています。

※もう一人のアビサルであるアンドレアナについては、Elさんが詳しく触れています。

これほどの技術を有するのであれば他国を凌駕するほどの軍事力を持つことも不可能ではないでしょうが、イベリアに伝わった技術は限定的な範囲に留まったようです。

伝道技術については本当にかなりのものなのよ、ただ核心的な技術はくれないだけで……私たちだって核心的技術なんて手に入れても仕方がないもの。あんな材料、どの都市からだって仕入れられるわけないでしょ?
(グレイディーア第二資料)

かつて黄金郷とまで言われるほどに栄えたイベリアは、海からの厄災により崩壊の一途を辿りました。イベリアに於ける特異点は、ケオベの茸狩迷界に登場したフレーバーテキストより、「大いなる静謐」という名であることが明かされています。


大いなる静謐

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どうしてこんなことに。
どうしてこんなことになったんだ?
今回の途中離席で、おそらく私は大学を追い出されてしまうのだろう。だが今はそんなことに構ってはいられない。
【こちらはケルシーというリターニア学者より発信された緊急メッセージである。もしこのメッセージが届いたのならば、直ちに以下の手段を通じてトランスポーターに渡し、このメッセージを拡散させてください。
貴殿がメッセージの内容を知ることは阻止しない。
大きな災害がただいま発生した。
現時点その方角で判断すると、発生地点はイベリアにほかならない。全ての通信が途切れ、電流さえ私の持つ個人チャンネルから消えた。
雲が著しく変わった。海流?ただの海流や嵐がこのような結末を招くことなど有り得ない。
イベリアなのだ。
イベリア人にこのような災難を引き起こす力量はない。そしてエーギルは……エーギルの沈黙はただの傲慢に過ぎない。彼らの仕業でもないはずだ。
私の推測はこうだ。我々が前に目撃した生き物はエーギルの実験などではなかった。あれこそが海の現状だったのかもしれない。
島の住民たちが残した資料とあれとは完全に一致した。我々の悲しい推測が現実となったのだ。
イベリアは静寂に陥った。まるで南方地方がまるまる消えてしまったようだ。
具体的な状況を知るには、トランスポーターたちが今後もたらす情報を待つしかない。今私にできるのは、この結果を優先的に諸君に知らせることだけだ。
海辺のある国が不慮の災難に見舞われてしまった。

もしイベリアが海岸上の初の犠牲となったとすれば、エーギルの現状は……おそらくもっと残酷なものとなっているのだろう。諸君の無事を祈る。】
(ケルシー第二資料)

戦争…国と国との衝突は、小さな火種から次第に周囲の可燃物を巻き込み、やがて大きなうねりとなって多くのものを焼き尽くします。しかし、イベリアを襲った”厄災”は連続的な時間経過による変化を許さず、全てを断絶するほどの圧倒的な力学の差で国そのものを飲み込みました。

「エーギルの現状はもっと残酷なもの」という表記から、この大災は海洋国家エーギルによってもたらされたものではなく、エーギルが敵対している、人外の海洋勢力が引き起こしたものだと考えることができます。


エーギルは知っている。


この一文から、エーギルと海洋勢力との衝突から、『大いなる静謐』が引き起こされたと推測を立てることはできないでしょうか。

ケルシー:傲慢と偏見がエーギルを滅ぼした。
『潮汐の下』SV-ST-2 出国の許し

傲慢とは、争いの結末を正しく予測せずに、海洋勢力に攻勢を仕掛けたエーギルを皮肉る言葉だと捉えてみます。

エーギルを故郷とする軍事組織アビサルハンターは、太古より厄災との戦いを繰り広げてきました。

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「最後の戦い」という表現が使われていることから、スカジたちが関わった作戦をきっかけに、現在はエーギルと海洋勢力との全面的な争いが絶えていることが分かります。

海洋勢力は”母”なる存在を失ったことで統率を失い、混濁した意識の中、生存本能のまま潮の流れに乗ってイベリアまで侵攻。深海勢力が残した、癒えることのない傷跡を伴う静寂を「沈黙」と呼ぶのでしょうか。


大陸の数ある記事の中に、天文学の観点、そしてオーロラと「大いなる静謐」に描かれたイラストの類似性を考察しているものがあります。詳細はElさんの翻訳記事をご覧ください。

前述のケルシーのプロファイルに「島の住民たちが残した資料とあれとは完全に一致した。我々の悲しい推測が現実となったのだ。」という記述があります。上記の考察では、これが未来の世界線から送られてきた「大いなる静謐」の発生情報という推測が為されています。

この仮説が正しいとすると、明日方舟というタイトルは一筋縄ではいかない名称となり得るかもしれません。


濁心スカジが示唆する未来

彼らの神を殺した。一つの代をこの手で終わらせた。
彼らの、そして私たちの起源を殺した。
私が■■■を……殺した……
『潮汐の下』SV-ST-1 呼び起こされし悪夢
Ishar-mla。お前たちの攻撃が、我等と「それ」とのつながりを、密接な関係を断った。今、我らは「それ」の脈動を感じるのみ。その声を聞くことはできない。
『潮汐の下』SV-ST-1 呼び起こされし悪夢

シーボーンがスカジに対して使った「Ishar-mla」という呼び名は、メルヴィルの小説「白鯨」にて、巨大な鯨との戦いで唯一生き残った主人公「Ishmael」(イシュマエル)を思わせる名前です。


スカジは深海勢力を討ち果たしたものの、引き換えに家族・仲間・故郷といった多くのものを喪いました。

シャチは、社会性のある動物であるが故に、外的要因により群れを離れて孤立すると、群れから得られる情報や知識を失い、長期的な生存が難しくなります。

スカジ:獲物を斬り殺し、敵を片付ける。私はそのために生まれたの。それなのに……私だけを残して、皆死ぬ。……どうして私なの?厄災はいつもやってくるくせに、どうして私を殺せないの?どうして……私の傍にいる人ばかり殺していくの…
『潮汐の下』SV-3 異邦人

寡黙なスカジが漏らした、数少ない本心の言葉です。

積み重なり過ぎた過去は、人を圧し潰します。

狩人が一人、陸へと上がる
彼は故郷を背にして遠く、行くべき道は前にのみ
父母と娘とはとうに逸れて
恋人は既に海へ葬られた

狩人が一人、陸へと上がる
彼は故郷を背にして遠く、その手に残るは哀嘆のみ
彼の道は果てなく限りなく
彼の道は霧が垂れ込める
『潮汐の下』SV-6 拒食

歌に登場する狩人と自信を重ね合わせ、悲哀に暮れるスカジ。

シーボーンは、アビサルも深海勢力も同じ血脈を有しており、本質的に同等の種族であることをスカジに明かしました。即ちそれは、アビサルハンターは皆、シーボーンと同等の存在に変化する可能性を示唆しています。

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イベントと共に実装された濁心スカジは、本編に登場するスカジと似て非なる存在です。

【どこかへと零落した記録】
たとえ廃墟に隠れ込んでも、アレは去らずに、船の残骸の外で四方を見回していた。
その後、アレはずっと後をついてきた。何も言わずに、問いかけても何も答えずに。
寝ているとき──もし寝ていると定義できるのなら、アレの胸は上下しているが、呼吸はしていなかった。本当に寝ているのかはわからない。アレは睡眠など必要としないのではないだろうか。このような行動をとるのは、ただその方が私に似ているだけだからではないだろうか。
まだ考えている。アレを殺すことは復讐と同義かどうかを。おそらく違うのだろう。彼女たち二人を殺したのは、この個体であるとすら言えない。見てくれ以外に、私が知るあの者とどれほど一致していると言えるのだろうか?誰も答えを知らないだろう。
アレの首を締めるほどの力が自分にまだ残っているかどうかさえわからない。全力で締め上げたいのに。
アレの首も柔らかいのだろうか?死んだときは我々の死体と同じように硬くなるのだろうか?
もしアレが呼吸に肺を用いていないのなら、どうすればアレを手元の道具で窒息させることができるのかさえ、私には思いつかない。
アレが口を開いたときにようやく後悔した。喋らないでいてくれたほうがまだよかった。
寂しい。
彼女たちが恋しい。アレが憎い。憎むべきだ。決して心を傾けてはならないはずだ。
いいや、ダメだ。アレがどれほど私が知るあの者に似ているとしても……絶対にダメだ。
また雨が降る。飲める水がまた減っていく。
この姿のまま死んだ方がマシだ。
だが……アレは何かを口ずさんでいる。
理解できない。
悲しい歌だ。
私の心はすでに、腐食されている。
(濁心スカジ 第四資料)

あまりに抽象的な文章なので、少し踏み入った憶測を記載してみます。

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地上のあらゆるものが海に飲み込まれ、人間の生存に適した環境は、次第に深海の支配者たちの楽園へと同化。テラの文明は深海勢力に打ち滅ぼされ、終焉を迎える。

文明を破壊するほど大規模な災害を前に、ロドスは為す術なく大波の泡と消える。ロドスは深海勢力に対して果敢に戦ったかもしれないし、多くのエリートオペレーター達が自らを犠牲にしながら時間を稼いだかもしれないが、結局全ては無駄になった。

未来へと繋がる方舟は崩壊し、ドクターにとって大切な存在だったアーミヤもケルシーも失った世界線。

シーボーンと同じ芽を持っていたスカジは海の怪物と化し、全てを破壊し新たな生命育む”母”へと変貌した。

『零落した記録』とは、ロドス崩壊後にドクターが残した小さな記録。

ロドスに一人残るドクターは、船の廃墟でただ一人、死神の足音を聞いている。アーミヤとケルシーを葬ったのはこの個体ではないが、しかし、記憶の中に映る見覚えのある姿をした怪物を、何としても殺さなければならない。

憎しみに暮れるドクターの耳には、悲しい歌が届き、強い悲しみと羨望に苛まれた。

その姿がどんなにスカジと酷似していようと、目の前の赤色には心を委ねてはならない。この憎しみを失えば、他に誰がこの世界を支えられるだろうか。

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あまりに陰鬱な未来は、あくまで予兆に過ぎません。悪夢にうなされるスカジに対して、ケルシーと思しき主治医は彼女に選択肢があることを伝えました。

君が何であるかを定めるのは、夢などではない……身体検査の報告書だ。
そして、君自身の思い。君の行動。君を駆り立てる原動力。そういったものだ。
(中略)
例えば、アビサルハンターとして。あるいは、もっと自由な、バウンティハンターとして。
オペレーターだって悪くないだろう。
あるいは、もっと普通の、ただの君自身でしかない存在として。スカジ。ただの君自身だ。職業も役割も、後天的な興味が導くものにすぎない。

君はまだ君の夢を体現していない、スカジ。
(濁心スカジ 昇進記録)

「大いなる静謐」の項では、未来の世界線から情報が送られてきているという考察を紹介しました。この考えを引き継ぐならば、『零落した記録』もまた未来から送られてきた情報であり、今後のロドスの選択次第で変え得る未来なのかもしれません。


今回のイベントに立ち返ってみると、「潮汐の下」イベントは深海勢力とアビサルハンターの秘密を明らかにする物語であるだけでなく、スカジが自身の贖罪と向き合う旅でもあります。

堪えがたい過去を直視することによってのみ、それを完全に打ち砕くことができます。

サルヴィエントでの旅は、スカジが過去の自身を認め、今を生きることの意味を肯定するきっかけとなりました。


ラテラーノとの繋がり、異端審問

再び世界地図に目を向けてみます。

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イベリアの北部にはラテラーノが位置しており、浅からぬ関係性を築いていることがイベリア出身オペレーターのプロファイルから窺えます。

歴史上、ラテラーノの宗教と長く深きつながりがあるため、よく同時に取り上げられる。
(ソーンズ第四資料)

光輪や翼といった天使に似た特徴を持つサンクタが住まうラテラーノは、キリスト教最大教派であるカトリック総本山のバチカン市国をモデルとしていることから、サンクタやリーベリを中心とする種族の宗教思想の礎としての役割を担っている国であると考えられます。

潮風に乗って海中の魚影に目を光らせる海鳥がいるように、海との境界線であるイベリアにもリーベリ族が審問官という立場で各地を転々としています。

我々が持っている少ない情報から判断する限り、裁判所はイベリア屈指の権力組織である。
(アンドレアナ第三資料)

審問官はイベリアの政治を左右する立場になり得る「裁判所」に所属しており、紅の魚眼で陸上を見つめる海洋の”異端”を排除する役割を担っていることが、『潮汐の下』では明らかになりました。


ケルシー:彼らはあなた方の経典を用いて、そこへ都合良く詳説し、国民の見解を歪め、そしてより深くへと身を潜めた……あなた方には捕らえられようのない深みへと。
『潮汐の下』SV-ST-2 出国の許し

その異端とは、サルヴィエントの街に根を下ろした深海教会であり、海からの厄災そのものです。深海教会はラテラーノの紋章を祭壇上の窓に掲げており、ラテラーノに由来する宗教を騙って信徒を増やしていると分かります。

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スペインのサグラダ・ファミリアは日本語に直訳すると「聖家族贖罪教会」という名称となります。神の下に人類は皆家族・兄弟である、とする宗教思想は特段珍しいものではありませんが、深海教会の司教が恐魚と成り行く信徒に対して「兄弟」「姉妹」という呼び名を用いる皮肉は、ラテラーノからすると許しがたい教義でしょう。


スペイン、カトリック、審問官。これらのワードを並び合わせると、とある史実が浮かび上がります。


スペイン異端審問は15世紀以降、国王の監督下で行われ、公権力の存在を誇示したスペイン史に残る陰惨な出来事です。

異端審問とは、カトリック教会において正統な教えとは反する(異端の)考えを取り締まり、裁判にかけるシステムを指します。15世紀末、このシステムを悪用してユダヤ人債務者を社会的に敗訴し、かつ政敵を打ち倒すことを画策したのが、ユダヤ人金融業者から多額の借金を抱えていた国王フェルナンド2世です。

当時のローマ教皇シクストゥス4世は異端審問の政治利用に反対しましたが、オスマン帝国からの侵攻に脅かされていたイタリア本土は、フェルナンドが統括するシチリア王国の軍事力に頼らざるを得ず、最終的には教皇の干渉無しに異端審問を行う権利をフェルナンドに与えました。

正しい教えは、その時代の社会システム・政治権力・国家間のパワーバランスによって、斯くも移ろうものです。

翻って、イベリアの審問官に焦点を当ててみます。

正しさの本質

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シナリオ中、審問官アイリーニは常に「正しさ」とは何か追い求めていました。

「正しさ」は、突き詰めると「特定の価値観を持続させるための意志」とも言い換えることができます。

家族が続くこと、幸せが続くこと、平和が続くこと。

内容は何であれ、人々が信じていく何事かがこれからも続いていくように信じることこそが、「正しさ」の本質です。

宗教に善悪の拠り所を委ねた法が多くの事柄定める国では、国民はある意味で”楽”な生き方をすることができると言えるでしょうか。

何も考えずとも、上が何かを決めてくれる。

難しいことを考えず、ただ決められたことに沿って生きることで、造られた「正しさ」のレール上を外れずに進むことができます。

大審問官はアイリーニに対して常に問い続け、大きな枠組みの中で行動の選択肢を与え続けました。

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大審問官:我々が最も注意を払うべきものは、結果だ。お前が是正することで正しい結果をもたらすことができると思うのなら、行動しろ。
『潮汐の下』SV-4 海洋
大審問官:お前に訊いていることは一つだ……アイリーニ、お前はこの責任を背負うことができるのか?お前が苦しみをもたらすならば、お前もまた苦しみを受けなければならない。お前が下した罪悪の判決よりも、多くの苦しみをだ。
『潮汐の下』SV-7 守護者


大いなる静謐により、多くのもの…誇りすらも失ったイベリアは、海からの厄災によりこれまでの価値観を持続することがままなりません。


大審問官は任務の遂行と並行して、アイリーニを失敗と挫折の狭間に置くことで、現実に打ちのめされながらも成長していくことを期待しました。

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上官の計らい、そして歌い手との邂逅によって少女は自らを戒め、新たな「正しさ」を獲得します。


スカジ:あなたの行いは正しいわ。
『潮汐の下』SV-ST-2 出国の許し


『潮汐の下』はクトゥルフ作品か?

奇妙な孤立した街、変貌した町民、邪神の教団、海の子供たち…シナリオに登場するこれらの要素は、クトゥルフ神話の創始者ラブクラフトが執筆したホラー小説「インスマウスの影」へのオマージュであることは明白です。

しかし、兼ねてよりクトゥルフ神話の要素を醸し出してきた「深海」イベントですが、そのシナリオ自体がクトゥルフ神話体系の流れを汲むかと言うと疑問符が残ります。

クトゥルフ作品とされる創作群は、いずれも登場人物が恐怖心と戦いながらも異形の神々と触れてしまうことで正気を失っていくホラーシナリオが典型とされていますが、奇怪なサルヴィエントに訪れたスカジは奇妙な住人たちに臆することなく、淡々とした態度のまま探し人を求めていきました。

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驚くアニタ。頭部の羽より、リーベリ族?

むしろ、住人たちの方がスカジの常識外れな身体能力に驚く始末です。純粋なクトゥルフ神話を求めていたプレイヤーにとっては肩透かしに思えるシナリオかもしれません。

しかし、クトゥルフ神話が創作されていた時代の、神の超越性は認識することができないという不可知論は、クトゥルフ神話作品の最大の魅力であると共に、現代人に受け入れられる上での諸刃の刃となり得ます。

クトゥルフ作品の登場人物は大抵、未知の世界を探索することで災厄に遭遇してしまい、悲劇的な死を迎える、或いは狂うなど、無傷で済むことはほとんどありません。

対して、「潮汐の下」はその始まりこそ常識の崩れ去った街が陰鬱な雰囲気を醸し出していましたが、黒幕へ接近するに従い、深海教会という悪と対決を果たす、アビサルハンター3人の冒険譚へと変化を遂げました。

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スカジとアニタの繋がり

問題は解決せず、友人が増えたわけでもなく、敵を捕まえることもかなわなかった。全てはまだ始まったばかりに過ぎないのだ。
『潮汐の下』SV-ST-2 出国の許し

イベリアには、サルヴィエントのような土地は数多く存在しています。今回のシナリオでは、深海教会の一活動を押し留めたに過ぎず、根本的な問題は何一つ解決していません。嘲笑うかのように一瞬で全てを奪い去る災害に比べると、人々の営みは非常に緩慢です。

しかし、深海教会という共通の敵を見据えたイベリア、審問官、アビサルハンター、そしてロドスは繋がりを持ち始めました。

アニタ:そういえば、昨日はハープも落っことしてましたよ。私が預かっておきましたから。
スカジ:あれはもう、あなたの物よ。

ハープは、スカジが歌い手として活動する為の道具です。それを手渡すという行為は、歌い手としての自分に決別し、再びハンターとして生きることを選択した表れとも言えるでしょうか。



別れの間際、赤い貝殻を目にしたスカジはアニタに声をかけました。

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最後で描かれたアニタの未来は、いかようにも解釈ができるように暈されています。

『潮汐の下』を狂気のクトゥルフ作品ではなく、王道の冒険譚として見るならば

・100度目の潮の満ち引きにはまだ日があること
・海との取引の媒介を担うサルヴィエントの深海教会が崩壊したこと

という点から、最後の一幕は、海に呼ばれて恐魚に成り果てる未来を暗示しているのではなく、生きる希望を失う象徴である赤い貝殻を見たスカジがアニタの未来を案じ、生きるための”約束”を交わしたと捉えるのが相応しい結末なのかもしれません。


スカジ:交換は、約束を伴うもの。そして……約束を交わすから、信用が生まれる。
『潮汐の下』SV-6 拒食


スカジの言葉に喜んだアニタは「あなたのハープも私の宝箱に入れておかないと」と口にしました。


いつの日か、自由の翼を広げて外の街へと羽ばたいたリーベリの少女は、大切に保管していたハープを手渡し、再び歌声を聴くことになるのでしょうか。


自らの意思で、望まない姿へと変わらないように、君が望む姿であり続けることができるはずだ。
(濁心スカジ 昇進記録)


参考リンク


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