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『ワンダヴィジョン』でのマーベルらしからぬ演出について

※この記事には、『ワンダヴィジョン』及びその他MCU作品のネタバレが含まれます。

3月5日に完結を迎えた、ディズニープラスにて配信されているマーベル・スタジオ製作のオリジナルドラマ『ワンダヴィジョン』。コロナ禍で一本もMCUの新作が公開されない異例の年となった2020年。ファンも一年間待たされただけあり、フェイズ4一発目の作品となったワンダヴィジョンは毎週エピソードが更新される度にネット上で考察合戦を繰り広げ、今後の展開に期待を膨らませた。

第5話『問題エピソード』

そんなワンダヴィジョンの中で、視聴者に最も衝撃を与えた場面といえば、第5話のラストシーンだろう。なんと映画『X-MEN』シリーズでピーター・マキシモフ/クイックシルバーを演じていたエヴァン・ピーターズがそのままピエトロとして登場してしまったのだ。この記事を読んで頂いている方にはMCUとX-MENシリーズの関係や、「クイックシルバー二人問題」について細かな説明は不要だと思うので、省くことにする。

エヴァン演じるピーターは、X-MENシリーズの中でもかなりの人気キャラクター。そんな彼が(”ピーター”ではなく”ピエトロ”としてだが)MCUに登場するという展開は、MCUとX-MENの両方を追いかけていたファンにとってはたまらない演出だった。

その後も第6話には冒頭から登場したピエトロは、ハロウィンという設定に合わせ、ワンダ、ヴィジョンと共に原作のコスチュームを披露したりもした。第6話での言動は、明らかにアーロン・テイラー=ジョンソンが演じたMCU版ピエトロとは別人のように見えた。ファンは遂にMCUとX-MENのクロスオーバーが実現するのではないかと期待した。更に、この『ワンダヴィジョン』が「マルチバース」をテーマとする『ドクター・ストレンジ』続編に繋がる物語だと言われていたことも、このエヴァン演じるピエトロがX-MENの世界からやってきたピーターなのではないかという考察を加速させた。

一方で、X-MENのピーターとは別人だろうという予想も少なからずあった。他のウエストビューの住人とは異なり、外の世界での出来事やワンダが住人を操っていることを知っているピエトロが、このワンダヴィジョンの物語の黒幕ではないかという考察も多く見られ、中には「彼の正体はメフィストだ」と具体的なヴィランの名前まで挙げる人もいた。

第7話では、アガサ・ハークネスによって操られていたことが発覚。そしてミッドクレジットシーンに一瞬だけ登場し、第8話には一切登場しなかったピエトロ。監督のマット・シャクマンが最終話で再びピエトロが9話に登場することを明言しており、いよいよその答えが明かされようとしていた。

ラルフ・ボーナー...?

そしてやってきた第9話。

そこで明かされたのは、彼が「ラルフ・ボーナー」という名のウエスト・ビューの住民であったこと、そしてアガサが彼の家を自らの家として乗っ取っていたことだった。つまり彼はX-MENのピーターでもなければ、MCU版ピエトロでもない、ましてや高速移動能力も有していない、ただのラルフ・ボーナーだったということだ。初登場時からずっと身に着けていた数珠のような首飾りによって操られており、モニカがそれを外した途端に怯えた表情を浮かべ、「命だけは」と助けを求める。これがワンダヴィジョンでのエヴァン・ピーターズ最後の出演シーンとなった。

ちなみに、アガサがアグネスとして登場していた第1話から、彼女はしきりに「夫のラルフが」という発言をしていた。この名前は彼ラルフ・ボーナーから拝借していたということだろう。

結局は、ただのファンサービスに過ぎないキャスティングであったということだ。なんだかマーベル・スタジオに弄ばれた気分だ。ただ、個人的にはX-MENのピーターである可能性は低いとは薄々気づいていたし、その方がX-MENを観ていない人にとっては分かりやすいだろうとも思っていた。「ピーターじゃなかった」という点においては予想通りではあったのだが、まさかファンサービスだけで終わらせるとは思っていなかった。

1話・2話が同時公開された1月15日から毎週リアルタイムで、考察をしながら観てきたワンダヴィジョン。ここで一旦冷静に物語を振り返ってみると、あることが分かる。それは、このエヴァン・ピーターズ演じるピエトロの登場はストーリー進行上全く必要ないということだ。

ピエトロ登場の必要性

第5話ラストで登場したピエトロ。視聴者である我々はこれがとんでもないサプライズだということを理解するが、もちろん作品内の登場人物たちはX-MENシリーズの存在など知る由もない。その様子を外から観ていたダーシー・ルイスは"She recast Pietro?"と呟き、ワンダは自分の知っているピエトロと全く異なる外見・性格の彼を動揺しながらも受け入れることになる。

第6話でもピエトロは変わらずコミカルな言動を続け、ワンダとヴィジョンの双子の子供トミー&ビリーと意気投合しているが、その中で自分がいるこの世界がワンダによって操作されていることを理解していることが明かされる。そしてワンダに「これ、どうやってるんだ?」と核心をつくような質問をする。つまりこの時点でピエトロは、なんとなくの事情は把握しつつも、その根本の原因はわかっていないというわけだ。その質問に対してワンダは「どうやって始まったのかは知らない」と答える。

その後、ヴィジョンが大変な事態に陥っていると知ると、ヘラヘラしながら「どうせ一回死んだ奴なんだから大丈夫だ」という爆弾発言をしてワンダに吹き飛ばされる。一見笑えるシーンではあるが、ピエトロが外の世界で過去に起きた出来事まで把握していることが分かる重要な場面でもあった。

第7話で、それまで謎だけをばら撒いていたワンダヴィジョンの中で一つの真実が明かされる。それは、ずっと隣人として登場していたアグネスという女性が、実はアガサ・ハークネスという魔女であり、第一話からの展開は全て彼女が裏で糸を引いていたということだ。その中で、第5話で登場したピエトロもアガサの魔法によるものだと明らかになる。

しかしここでひとつ新たな疑問が生じた。アガサが全て行っていたとしたら、なぜ彼女はわざわざピエトロを、しかも偽物を使ってまでワンダにこの世界の始まりを質問したのか。つまりアガサもこの世界の始まりは知らないということか?

その推測は第8話で的中していたことが分かる。アガサはこの世界の始まり、そしてワンダの力を知るために彼女の記憶を辿る。そして、ワンダの力はカオス・マジックであり、ワンダがスカーレット・ウィッチだという事を知る。

つまり、結局アガサは自らの力でワンダの記憶を辿り、知りたかった情報を手に入れたことになる。ここにピエトロは一切絡んでいない。ワンダを地下室で捕えた際に「あなたは偽のピエトロ、ニセトロを本物だと信じた」「けど無駄だった」と語っている。このセリフからも、ワンダの力の真相を知るためにニセトロを送り込んだのは間違いないと言える。

アガサ自身に「無駄だった」と語らせてしまうほど、ドラマの中でピエトロは全く役に立っていない。アガサが「あなたは偽物を本物と信じたでしょ」と嫌味っぽく言ったところで、既にワンダは7話の時点でピエトロについて子供たちに「あの人はおじさんじゃない」と語っているため、「実は偽物でした!」とネタバラシされたところでワンダには大してダメージはないだろう。

9話ではモニカを部屋に軟禁しておく役目があったにも関わらず、あっさりと秘密を見破られてしまう。これはどちらかと言えばラルフの失態ではなく、彼を操るための道具にいかにも怪しい首飾りをチョイスしたアガサの失態だとは思うが。これによってニセトロことラルフは、第6話で吹き飛ばされてから最後までワンダと顔を合わせることなく物語から退場した。

以上のように、今回登場したピエトロは全く役に立っていない。第5話以降のストーリーからエヴァン・ピーターズの出番を全カットしても全く問題ないようにすら思える。

今回のエヴァン・ピーターズのサプライス出演に似たケースとして、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のミッドクレジットシーンでのJ・K・シモンズ演じるJ・ジョナ・ジェイムソン(以下JJJ)のサプライズ登場が挙げられる。

MCU版スパイダーマンの前に二度シリーズが展開されているスパイダーマン。そのうちの最初のシリーズである、サム・ライミ監督による『スパイダーマン』三部作に登場していたこのキャラクター。デイリー・ビューグルという新聞社の編集長で、やたらスパイダーマンを敵視しているという強烈なキャラは、観客に大きなインパクトを残していた。

MCU以外のマーベル作品からのサプライズ登場という点は一致しているが、JJJは「全世界にスパイダーマンの正体をバラしてしまう」というとんでもない展開をもたらす存在として登場している。これは、「スパイダーマンを嫌っている」というJJJのキャラクター性をMCU版でも保ちつつ、彼にスパイダーマンの続編への大きなクリフハンガーを用意するという役割を与えたすばらしいキャスティングである。

それに比べてワンダヴィジョンのピエトロは、何度も言うように全く役に立っていない。X-MENのピーターではないにしても、ストーリーの中で何か役割を果たしてほしかった。これがもしエヴァン・ピーターズでもなく、あるいはアーロン・テイラー=ジョンソンでもない役者で登場していた場合をイメージしてほしい。確実に余計なキャラクターであることが分かると思う。

脚本のジャック・シェイファーが「もしエヴァン・ピーターズの出演が実現しなかったら、他のアイディアはなかった」と語っていることからも分かるように、このキャラクターを設定した理由は、単にエヴァン・ピーターズを登場させたかっただけなのである。


これまでマーベル・スタジオは、緻密な計画の元に壮大なシリーズを構築してきた。「X-MENのキャストがそのまま登場する」という大ネタを、ただのファンサービスで終わらせてしまうというのは「らしくない」と感じてしまう。

コロナの影響で公開スケジュールの変更があったとはいえ、『ワンダヴィジョン』は『アベンジャーズ/エンドゲーム』『ファー・フロム・ホーム』で一区切りついたMCUがの、新たな門出となる作品だ。その中でこのような肩透かしとも言える展開を繰り広げてしまったマーベル・スタジオ。果たしてフェイズ4以降のMCUはどのようなものになっていくのだろうか。後々MCUの世界にもミュータントの設定が導入されることは明らかになっているが、今回ファンサービスのためだけにX-MENシリーズの人気キャラクターとキャストを使ってしまったことを考えると、X-MENのキャストそのままでのMCU合流の可能性はかなり低くなったのではないだろうか。

『ワンダヴィジョン』で新たなサーガが幕を開けたMCU。個人的にはやや不安なスタートを切ったように見える。

ただひとつ。監督の「何よりもエヴァン・ピーターズが最高の俳優だということに尽きます」という発言には同意する。




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