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ショートショート「神様の思う壺」

「ホールケーキおひとつ、いかがですかー?」

ああ、寒い寒い。街には雪がちらついている。
こんな時間まで、寒空の下でサンタの格好してケーキ販売。
このコンビニのオーナーはどうかしてるな。

そもそも俺は一人暮らしだし、ホールケーキなんて食いきれないっつーの。
革靴にスーツ、カバン持ってるからって、家族のために遅くまで働く会社員だとでも思ったか。
就活中だよ。老け顔なんだよ。家族どころか、嫁も、彼女もいませんよ。
今年もいわゆる"クリぼっち"だ。慣れたけど。バーカバーカ。

住宅街のコンビニ前を素通りして歩いていると、向かいから誰かが歩いてくる。

「クリぼっちですか?」

は……?
数メートルに近づいて、すれ違いそうになったところだ。
声を聞いて、女性だとわかった。
帽子を目深に被り、マスクをしているので、表情はよく見えないが、女性だ。
思わず足を止めそうになると、前より大きな声で聞いてくる。

「クリぼっちですか?!」

無視をして立ち去ればよかったのかもしれない。
ちょっと足を止めそうになってしまった時点で、相手の思う壺だ。

「おひとりなのか、気になって!」
「はあ?」

――立ち止まってしまった。まさかの逆ナン?

「あなたのことが気になったので、思い切って声かけてみようかと!」
「あの、ナンパとかですか?それとも客引き?」
「いや、そういうんじゃないんです!ほんとに!」

言えばいうほど怪しいが、とりあえず聞いてみる。

「なんだかとても不幸そうな顔というか、そんな歩き方だったので、大丈夫かなあと思って!」
「まあ……幸せではないですけど」

――不幸な歩き方、って。
それがなんで「クリぼっちですか?」なんだよ。

「この時期、独り身って寂しいじゃないですか。私もなんですけど、あなたもですよね?」
「そうっすね、独身ですけど」
「彼女います?」
「いないですけど」

――ずけずけと。セクハラで訴えてやりたい。

「ですよね!」

――"ですよね"?

「あの、なんな……」

「なんかああいう仕事も大変なのはわかるんですけど、ケーキ押し売りしてきたりして、なんか季節に浮かれてる感じ?ほんと辛いっていうか、ムカツクじゃないですか、はしゃいでんなよ!っていうか」

遮って、急に楽しそうだ。なんか知らんけど。
でも、なんか俺と同じこと考えてるヤツっているんだなあ。

「まあ、わかります。ケーキの押し売りはウザい」
「クリスマスっていうのは、家族とか大切な人とか、静かに願う、誰かを思う日なわけじゃないですか。だから思わず、なんかあまりにも不幸そうで、気になっちゃったっていうか……」

俺のことが……?
彼女のことが、なんだか一瞬、女神に見えた。

実質、体よく逆ナンされている気もするが、なんだかそれはそれでアリな気がしてきた。面白い。
俺はキリスト教信者でもなんでもないし、いいよな神様……?


――話の続きは、少し先にあるバーで、だったと思う。

正直、あれからあまり記憶がない。楽しくて飲みすぎた、はずだ。
朝起きたとき、自分の部屋に帰っていたが、女神の姿はなかった。

ただ、そこには謎の小さな壺と、怪しげなタイトルの本。
クリスマスプレゼント、いや、神の思う壺だった。

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