DV国家でカルト国家で脳が破壊された日本人。


DV国家。とは旨い指摘と思います。


まさに「ドメスティックに、バイオレンス」ですから。


日本の司法や教育で「いじめ」の裁判や有耶無耶になったり、いじめの構造を変えようとしないのは、まさに


DV国家を維持するため。


とも言いえます。


あるいは、

天皇周辺から指導層は、ほぼ「国民をDVするのは、当然」と思っていると考えて間違いない。


そうでなければ、前の敗戦に関して、国家や天皇が、国民に謝罪が無い・などあり得ない。

ちょうど

DVが、加害者に悪の意識や罪悪感が無い。ってのと、天皇とその犬の日本人虐待に「罪の意識」も悪の意識が無い 

のと、同じだし。


イジメは「加害者は、被害者に虐待を加えても当たり前」という関係になっている。

まさに帝政日本が「国民から搾り取るのが当たり前」のに適応するに、不可欠な「教科」なのですよな。



まあ、「そもそもあんたは国家に恩恵を受けたことが無いのか、義理を果たさないのか」とか、保守系の人なり、アホな宗教人なりが言いそうですけど。

そもそも「恩着せがましく」された恩に返す恩も義理も無い。

また「御恩と奉公」や「義理」だけが、国家の存在の要素ではない。

税金を取るのは、一応は「それで社会・国家を整備して、安定した社会を実現し・守る」ってのがある。

「義務を果たせ」というが、そもそも税金を取って、生殺与奪の権すらを持ちながら、まともに政策を執行して国民を守らず、過誤と殺戮を繰り返す国家・天皇相手に、果たすべき義務など、無い。

仮にあるとしたら、奴らの凶行を止めて、国家・社会を守るために、「革命」するって義務があるだけである。

孟子はいう

>「仁をだめにする者、この者を名付けて「賊」。義をだめにする者、この者を名付けて「残」。残賊の者は、ただの一人の男です。紂とかいうただの一人の男を武王が誅殺したとは聞いていますが、臣が君主を殺したとは聞いていません。」

と。

武王は、聖人として悪政から天下を救うためにやむなく兵を起こした。そうせざるを得ないまでに紂王は、不仁・不義の悪の権化である。悪の権化だから、王の位にいても王でなく、ただの人として武王に誅殺された。現代の王も、必ず仁義の道を目指せ。紂王の事は、倫理的にあった事実だと要請されるのだ。それをぼやかすことは、現代の人の上に立つ者に言い訳を与えて甘やかすことになる。
この紂王の話には、きっちり不仁不義とは何かが表されている。紂王は有能である。有能だからおごり高ぶり、目下の者をあなどって仁の心を失った。仁の心を失ったから「偕(みな)と楽しむ」ことをせずに己一人の快楽にふけり、仁の心を失ったから人民や諸侯は「目上の人はえらい」の感覚を持てずに離反した。自分が不仁のために秩序が乱されているのに、それを省みることなく、統制のために残虐な刑罰に頼る不義を行うようになった。それでも諌めてくれる親族の愛も裏切り、もはやこれでは人非人である。殷の王族全部を悪の対象にしていないところがうまい。そうだったら少なくとも紂王は親族とは仲良くするだろうから、必ずしも不仁とは言えなくなる。紂王は一番情けを示すべき親族にも残虐な仕打ちをしたから邪悪なのである。


そもそも「公共とは」「国家とは」「権威とは」とか、かなり「考えないようにさせる」ようにしていた帝政日本。

真面目に「国民の為に」って人らが馬鹿を見て、赤木さんのように死んでいく羽目になる。


上級国民は、山口氏や飯塚氏のように、無罪放免。


まあ、上級国民様のしたい放題を「耐える」のが、

学校で教わるのは「理不尽に耐える教育」なのですは。



もっというと「学校」からDVを容認して、耐えることが、「必須」であり、それに耐えきれないまともな子が不登校になるってだけなのです。


人として、育てるべき日本人~右翼的にいうと「天皇の赤子」ですら、「畜生」のように養育・調教し、「過労死・いじめ自殺」さらに「ワクチン殺人」するのが「天皇国日本」

孟子の言う「仁」を損ない・「義」を破壊するのが、天皇なのは間違いないのである。


確か「サイレントテロ」って言葉があります。


引きこもり・ニートは、その先駆者と言いえます。

この



電通「戦略十訓」    消費十か条

もっと使わせろ      必要なときにだけ使え
捨てさせろ       大切にしろ、捨てるな
無駄使いさせろ     無駄使いをやめろ
季節を忘れさせろ   季節感を楽しもう
贈り物をさせろ     贈り物などするな
組み合わせで買わせろ  必要なものだけ単体で買え
きっかけを投じろ    最小限の消費ですら、計画を持ってあたれ
流行遅れにさせろ    流行?何それw
気安く買わせろ     無駄買いするな、よく考えろ
混乱をつくり出せ    混乱は観察するものだ、巻き込まれるな


この対比は、見事だ。


特に「電通 戦略十則」はつい最近まで「これが儲けの秘訣」とか、銭中毒の日本の経団連・セレブが、絶賛していた。


よく見ると、電通の十則は、悪の勧めであるよね。

電通を「外資の走狗・悪魔の手先」と言われるが、それもこれをみたら納得。

あと自分の会社の新入社員を自殺させても、謝罪らしい謝罪をしたようでもないし、「死んだのが悪い」みたいなもん。

まあ、これが現在の「大企業」が共通する所。


それの親玉の「天皇」が「戦争責任など文学上の話」って言っているが、電通や経団連はそれの「犬」らしい当然の言動ですよな。



今の日本人は、マスコミという「耳目」を天皇と外資に握られ、教育機関は、天皇とのその信者に支配されている。

>「耳目」がなければ、暗闇のなかに坐っているようなもので、からだを動かすことすらできない。


ようするに近く判断する「情報」は、マトモでない。

子供のころから行動のOSは、最初から「奴隷化教育」


その上に「言語的ガラパゴス」と、地形的鎖国状態なので、外に逃げるのが心理的にも物理的にも難しくなっている。


北朝鮮でも大量の逃亡者が居た時代もあったが、日本はそれに近似する「洗脳奴隷教育」と「ブラック労働」があるのに、あまりに「脱日者」が居なかったなのは辛うじて物資・食い物があったのもあるが、魂のレベルから「奴隷化」なり「手かせ足かせ」が有るからと思う。



虐待やDVは、あまりに日常化すると、それが「当たりまえ・日常」になってしまう。


今の日本人は、そういう状態にあると思う。


最低でも学校・部活・バイト先・会社と、DVが「常態」の社会である。


国家はそれを推進している。司法も。


上記文抜粋・・・・・・・・


そもそも日本において強姦あるいはいじめ認定が極端に少ないのは、

被害者が「明確に否定しなかった」ことが「同意」と認定されてしまうことにある。

つまり、よほど明確に否定しない限り「同意」とみなされてしまう社会であり、欧米流の自己決定権が十全に機能していないことを意味する。

同意の概念を自己決定権と結びつけて、「明確な同意がない限り不同意」という法慣習を確立しない限り、問題はまだまだ続くだろう。

論理なき世界は全く恐ろしい。

【追記】
例えば、残業を見た場合、労働法制上は、

1.使用者の命令
2.労働組合との協定
3.個別従業員の同意

がなければ、成立し得ない設定になっているが、殆ど守られておらず、多くの場合、「従業員が勝手に自由時間に会社の奉仕している」設定にされている。これは、日本において労働者の自己決定権が殆ど認められていないことを示している。

・・・・・・抜粋終わり


そもそも「自己決定権」を、学校から奪いつくすための教育をしているのが、日本の学校教育で有り、

日本人に「自己決定権」などあれば、日本人が天皇とその犬に反抗し、その「国家」に偽装した「天皇組というやくざ組織」を壊されるからである。



日本人は、DVの被害者であり、

「天皇・国家」を妄信して一時の利欲に溺れて、過去は東アジアの隣人・今は自国内の同胞を虐待して一時の快哉に酔う、いかれたDV加害者


なのである。


それから逃れるために・・・・・


天皇を抹殺する。のがベスト


だけど、


今は、引きこもり・ニート・国家や社会となるべく付き合わない。

仮に「年金や保険とか不可欠」の場合は、「もらい逃げ」をする。少なくとも「それは貰うに正当な権利があって、国家や天皇の「お情け」でない」と。


年金をもらう人が居てこそ、その年金事務所で働いている人たちが、働いていけるのだし。


まあ、この「棄民国家」でも、「曲がりなりにも福祉も一部機能している」て証拠で、国家のために満額嬉々と喜んで年金・保険を貰って使いましょう。使われたお金は市場を廻って、みんなの役に立つからね。



国家とは本来「信用」がなければ成り立たない。ちょうど「紙幣」が「信用」でもって流通できるように。


だが、天皇国家は、「信仰」で信じることを強制し、それに反すると、権力・暴力で、黙らせて、外に誤魔化すという「やくざの組」でしかない。

まさに

私は、日本が、国家単位のDV家庭だと思っています。一家の主である総理はじめ国の要人は、外ズラばかりよい。外の人’(諸外国)の目ばかり気にして、イイカッコする。見栄を張る。あたかもDV夫が、家庭に生活費を入れず、妻や子が飢えても我慢させ、反面外の人に対する贈り物や自分の見栄を張るためのファッションなどには糸目を付けないようなものです。妻や子にも外の人に尽くすように強要するところや、外の人の目を気にするストレスのはけ口として妻や子をいじめるところも、完全に似通っています。

だし。


DV家庭は、「個々の生存や尊厳」よりも「家族が大事」とかいう洗脳・思想が、それを生存させる場合もある。

ちょうど「天皇・国家」がなければ、日本人にまっとうな生活が無い。と洗脳している今の「天皇国」もそれだ。

天皇無くとも、将軍だけで、江戸時代は十分廻っていた。

天皇国などなくても、また「日本人の国家」を作れば、別に困らない。

DVが「家族が大事」で、その虐待が延長することがあるように、天皇国という虐待国家が続くのも、まさに「天皇と国家」の洗脳が最大の原因なのである。


なんかまとまらないけど。


「天皇と帝政日本を捨てて、日本に帰ろう」

「天皇を帝国日本から逃げて、 人間に戻ろう」


だね。



旨い返答にはなってないだろうけど、今まこんな感じで。







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