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「引き換えに、お金を」【ショートショート】

ああ。お金がない。僕は昨年仕事を辞め、それから働き口を見つけられていない。いわゆるニートというやつだ。少ない貯金を切り崩して生活しているが、その貯金もついに底をついた。

これからどうやって生きていこう。親にお金を借りるか?それとも、もういっそ実家に帰るか。いや、もう親には見放されているんだった。

ああ、あの時に無駄な買い物をしなければ。ああ、あの時に少し我慢していれば。そんな後悔ばかりが頭をよぎる。今さらそんなことを考えても仕方のないことくらい、自分がよくわかっている。

昔から浪費癖があった僕は、会社員時代から、貰った給料はすぐに使ってしまうタイプだった。浪費癖にもいろいろあるが、僕の場合は、いらないものをたくさん買ってしまう。そしてそれは会社を辞めて、無職になってからも続いた。

そして少ないお金を無駄なものにつぎ込み、今僕の手元に残っているのは残高が数百円の通帳と、無駄なもので溢れかえったアパートの一室だけだった。

ここまできたら神に頼るしかないと僕は思った。なにか金運の上がる神社に行けばいい。僕はもう、これからどうやってこの状況を打開するか、正常な判断を下せる精神状態ではなかった。

調べてみると、近所にたまたま金運を司る神様がいるとされている神社があったため、そこへ行くことにした。丘の上にあるその小さな神社は、とても古びていて、神主の形跡も見当たらない。

僕はクモの巣が張った、今にも崩れそうな鳥居をくぐり、奥へと進んだ。

そして残り少ない全財産から10円玉を取り出し、賽銭箱に入れる。鈴をならし、手を叩いて、必死に祈る。

そして帰ろうとすると、足元に小さな招き猫の人形のようなものが落ちていることに気づいた。僕はそれを拾い上げ、賽銭箱に置いた。その瞬間、招き猫の口が動いた。

「金が欲しいか?人間」

「…そうだな。貴様が金をつぎ込んだ物。それと引き換えに、つぎ込んだ分の金を貴様に返してやろう。どうだ?悪い話じゃないだろう」

僕は何が起こっているのかわからなかった。突然目の前の招き猫が喋ったと思ったら、僕の持っている物と、その分のお金を交換してくれるというのだ。

僕は全く状況が飲み込めなかったが、これが現実で、決して夢や妄想の出来事じゃないということだけは、何故かはっきりと分かった。

お金がもらえるというのなら何でもいい。僕は震える声で「お願いします」と言った。そして、招き猫の両目が光った。

そして僕は家に急いで帰った。すると、僕が過去に買ったものがパンパンに詰め込まれていた、部屋の押入れの中が空っぽになっていて、かわりに、そこには大きな札束が置かれていた。

あの招き猫の言っていたことは本当だった。本当に、僕がお金をつぎ込んだ物を、そのつぎ込んだ分のお金と引き換えてくれた。

僕の家にはまだまだたくさん無駄なものがある。僕はそれから、毎日のように招き猫のもとへ行った。そして何度も、物をお金に変えてもらううち、5つの法則、というか、ルールに気が付いた。

1.お金と引き換えられるものは、そのもののために、自分がお金をかけたものでなければならない(人からタダでもらったものなどは引き換えられない)
2.お金と引き換えられるものは、引き換えられる時点で、この世に存在していなければならない(すでに食べるなどして、なくなったものなどは引き換えられない)
3.お金と引き換えられるものは、自分では選べない
4.お金と引き換えられるものの個数は、自分では選べない
5.お金と引き換えられるものは、自分にとって価値の低いものから順に選ばれる。(一番いらないものから順にお金に引き換えられる)

どうやら、このルールをすべて満たしたものが見つかると、招き猫の両目が光って、お金と引き換えられるようなのだ。

僕は、こんなに素晴らしいものを自分一人で使うのも、もったいないと思い、実家に電話をかけた。そして電話に出た母親に、この招き猫のこと、そして引き換えのルールのことを伝え、今度、母さんがお金をつぎ込んだものを、お金と引き換えたらどうか、と言った。今まで迷惑をかけた分の、親孝行だ。

後日、母親が僕の家に来た。いらないものが減り、綺麗になった部屋と、その分のお金で買った上等な家具を見て、母親は、僕の言っていたことが、紛れもない事実だと分かったようだった。

そして早速僕は母を連れて神社へと行った。道中、母は僕にもう一度引き換えのルールのことを聞いてきた。僕は一通り説明したあと、また説明するのが面倒だから、忘れないようにメモをとっておくように言った。母はうなずき、いつも携帯している手帳の最後のページに、引き換えのルールを書いた。

神社についた。僕は招き猫に喋りかけた。「今日は僕の母が来ているんです。どうか母にもご利益を分けてやってくださいませんか」すると、「いいだろう。もちろんだが、引き換えられるのは、その母が金をつぎ込んだものに限るぞ」招き猫はそう言った。僕は首を縦に振り、母を呼んだ。

「どうか、お金を授けてください。私がお金をつぎ込んだものと引き換えに」母がそう言うと、招き猫の両目が光り始めた。

その瞬間、僕の体が光に包まれ、その光が消えるのと同時に、僕は消滅してしまった。

「どうやら、貴様がお金をつぎ込んだもので、一番価値の低いものは、その息子だったようだな」招き猫はそう言って、ニヤリと笑った。

それを聞いた母は、ただ何も言わず、手帳の最後のページにこう書き足した。

6.お金と引き換えられるものの中には、人間も含まれる

(おわり)

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