改めて、主体性が必要不可欠な時代だよなと思う話。
パワハラ、モラハラをはじめとするあらゆるハラスメントが今日の社会には存在していて、「不快感を与える=ハラスメント」の構図になっており、先生や指導をする立場の人間はケツを叩いてやらせることが難しい時代になっています。
指導者が選手に強制させるのが難しい時代なので指導者の先生方はやらない奴に対して頭を抱えていたり悩んでいると思われるわけですが、指導者がけつを叩けない風潮は、主体性を持って取り組んでいる選手にとっては、とてもチャンスだよな思うわけであります。
結果として強くなっちゃった選手は減ると思う話
指導者が強制的にやらせたり、先生が怖いからしょうがなく練習して、やりたくなかったけどやるしかなくて結果として強くなっちゃった選手はこれまでに一定数いたんだと思います。
それで選手を強くするのは強化の方法の一つではあると思うのですが、今の時代に受け入れられるやり方だとは思えないし、ここまでハラスメントに敏感になっている社会で旧時代的な指導が再評価される未来が来るとは思えませんので、そういう指導やその指導で強くなる選手は淘汰されると思うんですよね。
指導者はやらない奴をやらせるのが難しい時代だし、今後そういう傾向は加速するはずなので、主体性を持って取り組むだけでも、そうでない連中を出し抜くことができると思うし、選手側は主体性を持って取り組むことがマストになってきます。
そもそも主体性を持って取り組むのは当たり前だろって話ではあるのですが、それはトップどころの話であって全体をマクロ的な視点でみてみるとそうではない人もやっぱりいるし、マジョリティなのかもしれません。
やらせることができた時代では、やる気はないけど運動神経が良くて練習させられて気がついたら強くなっちゃったケースはたくさんあったはずなので、そういう意図せず強くなったライバルが少なくなるのだから主体的にやれるやつは今までより相対的に効果が大きよねと思うわけであります。
多分他の世界でも同じだと思う話
社会に出ていわゆる労働みたいなことをした経験がないのであまり偉そうなことは言えないのですが、会社をはじめとする他の社会でも共通するものは多いのではないかと思っています。
パワハラ!モラハラ!ワークライフバランス!と四方八方から聞こえてくる時代に自分のバランスの上限を理解したうえで主体的に仕事をこなせる人は強いと思うし、貴重であるからこそ価値が大きいと思います。
価値って希少性ですからね。
自分でこれを書いてて考え方があまりに体育会すぎて嫌になっちゃったりもしなくもないのですが、スポーツの現場以上にやらせるのが不可能な領域だと思うので、その中でやれるやつはやっぱり強いと思うわけです。
矢沢永吉さんのこの言葉は拍子抜けしちゃうほどシンプルですが、普遍的な真理なんだと思います。
やらされるとかやらせられないとか外的要因は色々あるとは思いますが、結局は「やる奴はやる。やらない奴はやらない。」なんだと思います。
尊敬するマスターヨーダ先輩も同じようなことをおっしゃっていました。
やるか。やらないか。
最終的にやる奴が勝つ世の中でやらない側にまわる理由があるのだろうか。
いや、ない。
というわけで、自分自身常に「やる側」でいれるよう、意識していきます。
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