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お久しぶりnote。最近感じたことを書く。

久しぶりにnoteを書いています。
今年の3月からnoteを継続して書いていて、25週くらいは連続で書いておりました。
週の連続記録があったのでなんとか途切れさせないように毎週1記事は書く様にしていたのですが、書かなきゃいけないといった義務感みたいなものが出てきているのを感じており、終盤は惰性で無理やり書いていた感があったため思い切ってしばらく書くのをやめていました。

書こうと思えば書けないことはないし、書くことがないわけではありませんでしたが、もともとやりたくてやっていたことなのにだんだん楽しく無くなっていることに気がついたし、やらないといけないことでもないのでやりたくなるまでやめようという選択をしました。
自分で自分を縛り付けて楽しいことが楽しめなくなったら本末転倒ですし、人生で楽しめることが減ってしまうというのは寂しいことですからね。

楽しかったことを仕事にしてしまうと楽しめなくなる状況は多くの場所で見受けられることだし、自分自身そういう側面を感じることはありますので、このnoteはあくまで趣味の一環として自分のペースで自分の本音を正直に書いていきたいです。

このnoteで僕自身の思考の整理になれば幸いだし、考えや感情は水の様に流れていくものなので記録しておくことも大切だと思っています。
読んでくれている人の中には僕の活動を見てくれている人もいると思いますので、その時の考えや感情がどの様なものであったのか本人による副音声的な楽しみ方をしてもらえるように書いていければいいかなと思っております。
読み物として成立させようと足掻いてはいきますが、質は担保できませんので、受け手側も肩の力を抜いて読んでいただければ幸いです。

しばらく書くのをやめてぼちぼち書きたくもなってきましたので、またやっていきます。
というわけで最近感じたことを書いていこうと思う。

25歳になった。改めて周りの人に感謝を伝えたい。

直近の1ヶ月は本当にいろんなことがあって、感情や精神の上げ下げがないというイメージを持たれがちな僕であっても、本当にいろんな気持ちの変化を味わった1ヶ月でした。
25歳を迎えたし、国体があったし、引っ越しを決めたし、辛いことがあったし、とんでもなく忙しい時期があったし、出来事がたくさんあったからこそではあるものの、25年生きてきてこんなに騒がしく味わい深い1ヶ月はなかなかない様な気がしています。

誕生日を迎えたり、色々な出来事に直面して改めて思うのは、僕という人間は多くの人の支えがあって生かされているということで、自分一人では本当にどうにもならないということです。
辛いことがあったり、大変なことがあったときに仲間が話を聞いてくれたり、一緒に酒を飲んでくれたり、僕の話で笑ってくれたりと本当に助けになっていて、日々関わってくれている全ての人に改めて感謝の気持ちを持って接していきたいと思いました。
皆様本当にありがとうございます。

普段連んでいる友達はもちろんですが、そんなに頻繁に連絡をとっていない地元の友達や両親、妹にも感謝の気持ちを持っていかねばならないと思うし、人間誰に助けられたり、救われたりするかわからんものだなと思いました。
普段僕が話を聞いて、僕がなだめ役をしているキャノンにですら話を聞いてもらって、改めて「人は支え合いだ!」と思ったし、普通の顔をしてても皆んな何かしら不安や問題を抱えていて、「お前と一緒で皆弱ってるその理由は人それぞれ」の上海蟹をあなたと食べたいくるり状態であります。
個人個人が強く生きていかねばならんし、協力できることは支え合って生きていきたい次第であります。

助けている方はおそらく助けている自覚はないと思うし、普通にしていることが結果として誰かの救いになることが健全で良好な関係を維持し続けるための理想の様に感じます。
「誰々のためにやってあげている」という精神はあまり美しくないですからね。
逆を言えば僕に自覚がないところで誰かの助けになっているかもしれないわけだし、誰かのそういう存在になったりできれば嬉しいです。
自分自身の行動で周りに良い影響を与えられるよう、一生懸命生きていきたいと思います。
生まれて25年になりましたが、変わらず毎日コツコツやっていきたいと思います。


コントロールできることにフォーカスしよう

世の中には自分の力ではどうしようもないことがあって、どうしようもないことはどうしようもないと見切りをつけてその中で最大限の幸福を目指すのが大事な気がします。

組織の中で生きていれば組織の決定には逆らえないことが多いだろうし、相手の気持ちや感情は決定権は相手にあって、こちらがどんだけ説得しても結局決めるのは相手で、こちらのコントロールの及ばない範囲になります。

多くのことはやればできる様になるし、勉強だってスポーツだって結局量をこなせばそれなりにはできる様になるのだけれど、世の中には自分の手にはどうしようもないことが確実にあって、コントロールできないことを変えようとしたり、相手の気持ちを無理に説得しようとしてもできないものはできないんですよね。
冷静に判断して無理なことに執着するよりも、できることにフォーカスしてコントロールの及ぶ範囲で最大限の幸福を目指して生きていきたいです。

受け入れるにしても、何かを変えようとするにしても強さが必要で、どこで強さを出していくかで人間性が出てくる気がします。
流れに身を任せるのが一番いいけど、譲れない局面では流れを逆流する勇気も必要だし、逆流して意味があるのかを判断する賢さも必要です。
これらのことはたくさんの行動をして、たくさんの失敗をして、たくさん状況をみて、たくさん経験して身につくものだと思います。
成長過程は大変な事が多いですが、人生は常に成長過程でありますので失敗を過度に恐れずやっていきたいところであります。

人生生きていればいろんな事があるだろうけど、コントロールできることにフォーカスして強く生きていこう。
Life goes onだ!
ということで明日からもやるべきことを丁寧にやってきましょう。

最後に、僕の好きな言葉というか、名言というか、偉人の言葉で「ニーバーの祈り」というのを紹介して今回の締めとしたいと思います。
またnoteを書いていきますので引き続きよろしくお願い致します。

神よ

変えることのできるものについて、

それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

変えることのできないものについては、

それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。

そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。


  
ラインホールド・ニーバーの祈りの言葉。







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