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人々の祈りを、力に変えて

 侍女に先導され、「神事」の場に姿を表した少女を待ち受けていたのは、千を降らぬ人々の熱狂であった。剣の乙女、救い主、銀髪の君、戦巫女。数多なる二つ名の連呼は怒涛となって、立ちすくむ少女を包み込む。
 少女は、大剣を抱え込む両手にほんの少し力を込め、再び歩みだす。人々の海を割り、広場の中央へ。そこに穿たれた星型の孔の前に立つ。
 大衆の熱狂と怒号に背を押されるように、大剣を振りかざす。あとは、これを孔目掛けて突き入れれば儀式は完遂する――その段階に至ったところで、少女の動きが止まる。整った顔に一筋の汗が、つうと流れ落ちる。柄を握りしめる両手が、微かに震えていた。
「剣の乙女よ」
 侍女の一人が、真っ直ぐな笑顔で少女に語りかける。
「これは”善きこと”です。決してお止めなさいますな。そして人の世を、どうかお守りくださいませ」
 少女は視線を侍女に、続けて彼女を囲む数多の人々に向けた。その全てが、彼女に笑顔を――侍女と同じそれを――向けていた。
 少女は歯を食いしばる。そのまま勢いをつけて、大剣を孔に突き入れた。刹那、大剣より不可視の風が起こり、同心円状に広がった。
 最初は侍女。全身を細切れにされ、血煙と化す。それを皮切りに、剣風に触れた人々は次々と切り刻まれ、肉片へと変えられていった――笑顔を絶やさぬまま。
 そして「神事」の広場には大剣を握りしめながら震える少女と、彼女を中心として広がる血の大海だけが残された。少女の視界が、ひどく歪む。
 どくん。大剣が一つ脈打つ。血の海が渦を巻き、鈍く光る大剣に吸い込まれ始めた。血を吸うたびに、大剣はその大きさを変えていく。
 覚醒せし神殺しの魔剣。人々を喰らい、当初の倍ほどの大きさとなったそれを肩に担ぎ、少女は彼方の空を見た。空一面を黒く染め、迫りくる厄災共を見た。少女は咆哮し、大剣を一振りする。
 彼方の空が、二つに裂けた。聖戦の始まり、その合図であった。

【終】


この小説は、こちらの企画の参加作品です。

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ