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紅剣鬼 二

承前   目次

 『美留禰子(みるねこ)流』。都より遥か遠く、海を隔てた小島を本拠とする武芸集団である。剣をはじめとして、槍、弓、手裏剣、棒、鎌、果ては組み打ち術に至るまで、およそ武芸と名のつくものことごとくを網羅した実戦武術。普段はその腕を磨きつつ、請われればその技術を貸し出すことを生業としていた。

 そんな彼らに一年前、ある事件が起こる。当時流派の総帥であった遠雷(えんらい)が一刀のもとに切り捨てられ、流派の宝刀たる一文字禾春(のぎはる)――銘を「眉月(びげつ)」という――を奪われたのだ。

 事を起こしたのは暁月(あかつき)という男、次期師範代と目されていた剣士であった。

 総帥を殺され、宝刀を奪われ、あまつさえその下手人が未だにのうのうと生きている。武を売り物とする彼らにとって、それは致命と言ってもいい事実であった。たとえそれが身内のしたことであっても、否、身内のしでかしたことだからこそ、彼ら自身の手で始末をつける必要があった。

 すぐさま討伐隊が組まれた。美留禰子流門人の中でも、選りすぐりの五人。

 剛刀の残雪(ざんせつ)。無剣の竜胆(りんどう)。旋風の野分(のわき)。電光の飯綱(いづな)。そして、まだ二つ名を持たぬ若き剣士、東雲(しののめ)。

 実力的にも、暁月を討つにふさわしい顔ぶれであった。そして彼ら自身、我こそが暁月を討たんという気概に満ちあふれていた。総帥を殺した裏切り者――元、次期師範代候補――を討ち取るということがいかなることを意味するのか、わからぬものはなかったからである。

 ただ一人、東雲だけは複雑な思いを抱いていた。

 彼女の知る暁月は、決してこのような悪逆非道の輩ではなかった。なにか、止むに止まれぬ事情があったのではないか。

 いくら考えてもその事情が知れるはずもない。やはり暁月に直接尋ねるほかはないだろう。だが、尋ねたとして、それで帰ってきた答えが、彼を斬るに値するものであったとしたら。どうする、東雲。お前はあの人に剣を向けるのか。あの人を切れるのか。

 東雲の胸中に去来する、過去の残像。初めて道場で出会ったとき、燃えるような赤髪の下の、柔らかな微笑み。共に汗を流し、武の道について語り合った日々。 

 答えの出ないまま、東雲は暁月を追い求める旅路についた。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 討伐隊が向かったのは、都の北東にある小さな宿場町、暗山(あんざん)。旅立ってすぐに、その地に「赤髪の剣士」がいるとの噂を聞きつけたからである。

 炎のように燃える赤髪。異国の血が混ざっているらしいその髪色は、およそ身を隠すには不都合であったろう。また、暁月自身その髪色になにかのこだわりがあるらしく、決してその色を変えようなどとはしなかった。

 「予想通りだな。皆、暗山へ向かうぞ」一行の頭目たる残雪――美留禰子流師範代を務める大男が、笑みを浮かべつつ言った。

 しかして七日の後、暗山にたどり着いた一行が最初に目にしたものは、ことごとく無残に斬り殺された、町の住民の骸の山であった。

続く

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ