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もこみち

俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。

 あまりにも唐突な依頼だった。依頼者曰く、「われらが東京都の誇る超AI『ゆりこちゃん』が全都民を総合的・多角的・感覚的に分析したところ、あなたが最適だとのアンサーが得られたからです」ということらしい。そういうものだろうか。自分では正直良くわからなかった。

 だが、ひと月ほど聖火と共に暮らしていると、ときどき「なるほど、そういうことか」と思うタイミングがあった。それは、一人で食事をしながらふと目をやったランタンの炎がちょうどよく揺らいだり、スマホをいじりながらつい独り言が口をついて出たとき、それに合わせるかのように炎が「ジジジ」と音を立てたり、そんなときだ。

 俺の一挙手一投足に、聖火が応えてくれている……そんな実感が少しずつ育まれていた。3ヶ月程すると、俺は聖火と俺とのつながり――絆、のようなものを確かに感じ始めていたのだった。

 孤独な俺の生活は、聖火によって文字どおり明るく照らされはじめた。俺が外出先から帰って「ただいま」と声を掛けると、聖火は「おかえり」と返すように身を揺らした。いや、そのうち俺の耳には確かに聖火の――”彼女”の声が届くようになっていた。

 聖火。セイカ。俺の大事なセイカ。

 半年。もはや俺はセイカ抜きの暮らしなど考えられないようになっていた。俺はセイカのために生き、セイカのために――そんなことを考えるようにすら。

 だが、運命はある日突然やってきた。セイカが、彼女の炎が弱々しく揺らぎ始めたのだ。不吉な黒い煙を吐き出しながら、彼女は少しずつ少しずつその身を儚くしていった。俺は彼女を絶やさぬため、必死になってありとあらゆることを試してみた。

 結果は、徒労の一言だった。

 そして今日。俺の目の前のセイカは、炎と呼ぶもおこがましい程の大きさに成り果ててしまっていた。もはや一刻の猶予もない。俺は、以前から温めていた<最後の手段>を実行に移す時が来たと思った。

 俺はキッチンに赴くと、数本のオリーブオイルを手に取り、セイカのところに戻った。セイカ。セイカ。セイカ。大切なセイカ。

 今こそ君と、一つになるときだ。

 俺はオリーブオイルを満遍なく全身に掛けた。最後の一本は頭から。全身がもこみちの香りに包まれたところで、俺はランタンの蓋を開けた。

 指先を伝う、セイカの熱。それは思っていたとおり、とても快いものだった。

 指から腕へ。腕から肩へ。肩から胸へ。そして一気に全身に。

 もこみちの焦げるような匂いとともに、俺は炎に包まれた。俺は自分が成し遂げたことがわかった。全身を恍惚が走る。俺は、俺は、ついに、セイカと一つに! 俺が、セイカに! セイカが、俺に!

 俺は身を焼くセイカの熱情に包まれながら、ゆっくりと床に腰を下ろした。これでいい。これでセイカが絶えることはない。なぜならもはやセイカは俺そのものであり、そして俺はセイカの愛がある限り、この身が絶えることなど無いと確信しているからだ。

 俺は二人の愛の勝利に酔いしれながら、ゆっくりと目を閉じた。




「待てい!」

 そのときである! 俺の背後、部屋の隅の影から鋭い声が聞こえたのは!

「その熱き愛の炎、ここで絶やしてはならぬ!」

「そ、その声は……服部半蔵さん!?

「然り!」

 半蔵さんは跳躍、空中三回転を決めると俺の目の前に立つ!

「全て拙者に任せるが良い、臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前! 什麼生(そもさん)……せっぱああああああああっ!!!」

 半蔵さんが切った九字の軌跡が眩い光を放つ! その光をまともに浴びた俺の体から、炎が、セイカが失われていく!

「や、やめ、やめろおおおお!!! セイカが、俺のセイカが!!!」

「案ずるな! 後ろを見るが良い!」

 そう言われて振り向いた俺の目に映ったのは――

「セ、セイカ……?」

 ――まばゆく光るランタンを手に持ちながら優しく微笑む、一人の女性の姿であった。

「はい――ずっと、あなたに会いたかった」

 俺は恐る恐る近づくと、セイカの肩に手をおいた。温かかった。まるでそう、ランタンの中であかあかと燃える聖火のように。

 俺たちは無言で抱き合い、そっと口づけを交わした。

 セイカとのはじめてのキスは、もこみちの味がした。


【終】


これはなんですか?

あとはこれです

もうしわけございませんでした

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ