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それだから俺は、夏を殺し続けるのだ

これは、愛の物語だ。

<1998年7月 S市 路地裏 72人目>

 握りしめたスパナを振り下ろす。ヒット。振り上げる。振り下ろす。再びヒット。振り上げる。振り下ろす。
 ボンバボンババ、ペパペプー。
 頭の中で響く音楽。そいつのリズムに合わせて、俺は夏の顔を挽き肉に変えていく。
 ガツン。最後の一撃。
 俺をとらえていた鉤爪付きの触手が、痙攣しながらだらりと垂れ下がる。ビバ自由。
 夏は地面に崩れ落ち、2、3度痙攣して動かなくなる。
 終わった。
 これで70、ああ、2だったか。
 俺は腕の傷を数え、新たに72個めの傷を刻むと、軽くため息を付いた。その音に反応するように、夏の頭部が爆ぜた。撒き散らされた血が、俺の顔を濡らす。
 口に流れ込む血の味に、俺は思わず顔をしかめてしまう。間違いなく、人の血の味がしたからだ。畜生。俺は唾とともに、そいつを吐き出した。
 ボンバボンババズンバズンババ、ペパペペパペプー。
 
頭の中の音楽が激しさを増す。俺はけたたましさに耐えながら、地面に横たわる夏を見る。
 緋色の毛皮に身を包み、八本の触手を備えた、夏。長谷川夏。俺の恋人。

 72人目ともなると、だいぶ化け物だな。

 そう思ったときだ。

「動くな!」

 背後から鋭い声がした。撃鉄を起こす音も。
 おいおい、ここは日本だぜ。
「佐藤ムジカ、だな」
「ちがう」
「しらばっくれるな! 連続殺人鬼め!」
 俺は振り向きざま、スパナを声の主にぶん投げる。
 ヒット。アンド、ラン。両手で顔を抑える男――若い刑事らしかった――の水月に蹴り。こいつもヒット。胃の中身をぶちまけながら倒れる男を無視して、そのまま走り去る。
 ここで捕まるわけにはいかない。
 なにせ俺の恋人は、まだ27人も残っているんだ。

<1994年7月 S市S高校 校舎裏 3人目>

 畜生。なんでこんなことに。なんでこんなことを。
 大きな石を振り下ろしながら、僕は泣いていた。

【続く】

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ