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春の朝

窓が青く明るかったから、ベランダに出てみたら、街灯が薄暗い住宅街の路地を照らしていた。空はどんよりと青くて、星がひとつ、黄色かった。地上に近い方の空には、ピンクがかった鼠色がふわふわと漂っていた。ベッチャリ塗られた後、すっかり干からびてしまった水彩画の上に、ブスブスと針で刺される前の隙間だらけの綿が、転がっているような、異質なものが、無理矢理一緒にされているような、そんな空だった。春先にしては冷たい風が、雲と木の枝を左側にたなびかせていた。

もたれかかっていたベランダの柵が冷たいせいで、パーカーにジャージ姿の私はぶるっと体を震わせた。手に持っていた空のグラスが、冷たく錆びたそれとぶつかり、ギキキと嫌な音を立てた。無意識に顔をグラスに近づけると、生ぬるい乳の匂いが鼻を覆うようにして、私の頬の筋肉は痙攣した。

東側の青が黄色に犯されて、薄紫に変わり始めていた。ふわふわと曖昧な色をした固まりを左側に動かしていた風が、私の鼻をかすめたから、それが春にしてはあまりにも冷たかったから、春の朝がこんなに寒いことを私は知らなかったから、触れられた部分が、ツンと、薄桃色に、痛んだ。私は目を瞑らなくてはいけなかった。

「地面に落としてみようか。」そう思った。白い液体を少し残したその青いごつごつのグラスを握った手を、柵の外側に突き出してみた。二の腕に触れるざらざらとした錆はとても冷たくって、思わず私は鼻をすすった。このまま掌を開いていけば、硬い地面の圧力を受けて、破片がうるさく飛び散るだろうか。数本の迷惑そうな視線を受けて、数足の小さい回り道に見守られ、そうして、少ししたら、あの冷たい風が、どこかへ攫っていってくれるだろうか。

でも私の掌は依然としてグラスを握りしめていて、春の朝は寒かった。東の紫はもう白かった。

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