団地の遊び 電車の線路

電車の線路

 最近、鉄道関係のことで、いろいろ問題が起きてるが、今回の話は、あくまでも昭和の時代の事なので。
 子供の頃、電車が、ストライキで全線停まったことが、記憶する限り三回あった。
 で、どうするかというと、線路を歩くのである。滅多に歩けるものではない。
 これは、すさまじく楽しかった。とことんおもしろかった。線路の上を歩けるのである。
 線路の上は、歩きにくい。まず、当たり前だが、線路がある。そして、たくさんの石が敷き詰められている。
 どこを歩いても、歩きづらかった。線路の上なら、平坦なので歩きやすいが、細いからバランスを崩し敷き詰められた石の上に足が着く。
 かといって、その石たちの上を、歩くのは、大きくジャリジャリして、なんとも足元が落ち着かなかった。
 今、思ったのだが、枕木というものがあるはずだが、なんかハッキリした記憶がない。
 ともかく、歩きづらく、いつもより五倍ぐらい疲れる中でも、やはり、線路は楽しかった。
 ストライキ中、線路の上を歩いてはいけない、そう注意喚起が出ていた。突然、電車が走り出すかもしれないから、というのが理由だった。だからといって歩くのをやめる、と言ってる奴など一人もいなかった。
 歩いていると、知り合いとすれ違ったりする。
 やがて、隣の駅に着く。ホームの横下を歩くわけである。線路横の、避難所みたいな四角い所にも、もちろん入ってみる。楽しい。
 ふと、思ったが、いつも使う駅の、どこから線路に侵入したのかが、思い出せない。
 駅には、通常のルートでは入ることができなかった。多分、踏み切りから、自然と行ったのだろう。何が自然かというと、そのまま苦もなく方向を変えれば線路に侵入できるからである。
 普段、電車に乗ってる時でも、あたりの風景は見ることができる。当たり前である。ただ、高さが違うし、スピードも違うし、なにより、地に足をつけ、歩いてるわけで、その感覚というのは、初めてのもので、実際に歩いてみないとわからないことが、実にはっきりと感じられた。
 生えてる草は手にとることができ、柵をさわり、普段はチラリとしか見えない家の窓がよくみえる。
 そして、線路と石たちのにおい。実に新鮮な感覚だった。
 隣の駅までは、比較的、近いというのは、知っていた。問題は、その次の駅で、いくらか距離があった。とはいえ、それは子供の感覚で、これが大人だったら、それ程のものでもなかったろうと思う。
 なかなか次の駅に着かなかった。疲れてきた。先にも書いたが、歩きづらいのである。そろそろ帰りのことも考えなければならない。
 すると、細長い敷地に公園があった。そこの公園に入った。休むつもりだったが、赤い滑り台があり、自分の知るものとは、違っていた。
 高いのである。そして長いのである。子供たちは結構いた。
 よって順番待ちである。そうは言っても、そんなに並ぶわけでもない。
 滑り台のてっぺんに来ると座って、スベり出す。銀色の坂道を下る。距離が長いといっても、メチャクチャ長いわけでもなく、案外すぐ下に着いてしまう。それ程面白くなかった。
 またやろうとしたら、学級委員のMが、そろそろ帰ろうと言うので、そうした。
 公園を見る。細長い公園で、滑り台と砂場ぐらいしかない。にもかかわらず、やけに印象に残った。そして、もう絶対二度と来ないだろうと思った。
 帰り道。また線路を歩く。行きよりも帰りのほうが早く感じるのは常で、やはり足取りも軽く感じた。結局、一駅半しか歩けなかったのが、心残りであった。
 駅に着き、次の自分たちのウチのある駅に向かう。
 そこは、下り坂になっていた。ゆるい傾斜で、下に降りている。普段、電車に乗ってるときは、何も感じなかったが、実際、歩いてみると、なんだかやけに世界が広く思えた。二車線、ではなく、二線路である。坂の下に街が広がっている。いつもの駅も見える。
 そうなのか、こうなっていたのか、と、あらためて、風景に感じ入ったのだった。
 坂を下り、やがて、駅に着く。ホームの線路を歩く。何度歩いても痛快である。ホームを上ってみたりもする。飛び降りてみたりもする。
 駅員が近くにいるが、とくに注意もされない。むしろ、笑顔で見ている。
 記憶する限り、ストライキがあったのは、三回。線路を歩いたのは二回。記憶では、一回目と二回目がゴッチャになっている。確か三回目は、歩いては駄目という注意喚起が出た気がする。
 人生で、ストで電車が停まり線路を自由に歩ける、というのは、この小学生時代だけで、それ以降は、なかった。
 唯一の心残りは、トンネルと橋を渡らなかったことである。なぜ、反対方向に向かわなかったのかと、悔やむ次第である。
 いい時代なのか、悪い時代なのか、よくわからないが、ともかく、貴重な経験の、昭和の一風景であった。

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