団地の遊び 変な住人
変な住人
団地には、変わった人、いや迷惑といっていい人も、もちろん住んでいた。
黒じじいと呼ばれていたオッサンがいた。いつも黒のヘロヘロのコートを着てるからだった。アルコール依存性、昔風に言えばアル中の、おそらく生活保護か何かを受けていたと思えるオッサンで、昼間からブラブラしていた。
黒じじいは、いきなり子供を、投げ飛ばすのである。柔道技である。今の世なら、間違いなく警察ざただが、昭和の時代は、近寄らないように、と言われるぐらいであった。
公園にふらりと現れ、柔道教えてやろう、と頼みもしないのに言ってきて、いきなりつかみ、投げ飛ばす。迷惑な奴である。
一度、友人の副学級委員が、投げ飛ばされた。なんと背負い投げか、一本背負いである。宙に回転して、背中から地面に落ちた。この時、副学級委員は、逃げ遅れたため、捕まってしまったのだ。
副学級委員は起き上がると、泣きながら歩き出した。自分は、この時ショックを受けた。副学級委員は、成績も良く優等生だった。その彼が泣いて足を引きずりながら、歩いている。
と同時に、腹が立ってきた。副学級委員には、日頃からいろいろ世話になっている。なので、黒じじいにムカついたのだ。
走ってジャンプし黒じじいの腰あたりに思い切り蹴りを入れた。ブッ倒す勢いで、やったつもりだが、所詮、子供の力なので、じじいはよろめいただけだった。
黒じじいは、それ程大きくはないが、ガッチリした体をしている。ガタイがいいのだ。
つかまれたら力があるので、逃げられない。
しかし、俊敏さはないだろう、そう思って、後ろから蹴りを入れた。
そして素早く走って逃げる。自分は逃げ足は速かった。
ところが、意外にじじいは素早く反応した。おらー!と叫び、手を伸ばしてきた。逃げようとしていた背中に指がかすめた。
間一髪、走った。ジャングルジムに登れば、コイツは追って来られないだろう、そう読んでいた。
走ってる途中、ドタっという音がした。チラッと振り向くと、じじいがうつ伏せに倒れている。
それでも、ジャングルジムまで逃げ、上まで登ってから様子を窺った。
黒じじいは、呻きながら、立ち上がる。チラッとコッチを見て、ブツブツ何か言いながら、何事もなかったかのように、公園を出ていく。
副学級委員が、反対側の公園の出入口にいて、見ていた。OKサインを出すので、軽く手を上げた。
副学級委員の母親が、怒って黒じじいの家に文句を言いに行ったらしい。当然だろう。足首は捻挫、背中は軽い打撲だった。黒じじいの女房が出てきて謝ったそうだ。
この件は、これで終わりだったようである。
次の変な奴は、とりあえず無害といえた。あくまでも、とりあえず、である。
友達何人かと、野球をしていた。号棟の端っこの、広い芝生の所だった。
そこへ、自転車に乗った一人のオッサンが現れた。そして降りた。ニコニコしている。
「みんな、集まって」
オッサンはそう言って、子供たちを自分の前に呼ぶ。
「横一列に並んで」
みんなは素直に言うことを聞く。
なぜなら、このオッサンは、実にフレンドリーな空気を出していて、それにコッチは人数も多いし、まあなんか大丈夫だろう、みたいな感じがあった。
すると、オッサンは言った。
「ぼくの名前は大小川権之助。さあ、言ってみて」
一人ずつ、大小川権之助と名前を言った。
「はい。よろしい」
満足したオッサンは、自転車に乗り去って行った。
みんなで大笑いした。このオッサンのことは、ウワサではすでに聞いていた。それが、ついに出くわしたのだ。
大小川権之助は仮名である。本当のーーーと思えるーーー名前を勝手に書くのは、いかがなものか、と思ったのである。かなり変わった名前だった。
この人が、団地に住んでいたのかどうかは、実はハッキリしていない。住んでる、いや住んでない、と意見がわかれていた。
ただ、いきなりどこからともなく現れ、自分の名前を言わす。そしてどことも知れず去っていく。
尾行したヤツがいたが、見事にまかれた。
他にも、妙な人、変な人はいた。
とりあえず終わりにする。
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