団地の遊び 片目の犬と学級委員

片目の犬と学級委員

「片目の白い野良犬は、毎週金曜日に現れる、そしてベンチであたしと一緒になってチャンピオンを、それもブラック・ジャックを読む。チャンピオン目当てで、来てるのではないか?」そう女学級委員山岡が言った。
 科学と論理の女、学年一位の成績優秀者、非科学的なものは一切信じず、幽霊を鼻で笑う女。負けるの大嫌いな女。
 そんな女が、珍しくも子供っぽいことを言った。なので自分はこう言った。
「何を言ってる。犬が漫画を読めるわけない。単なる偶然だ」
 すると、山岡が、「なによ!!」
そう言って、なんと腕に噛みついてきた。
 この時、公園の横にある長方形のグラウンドの前にいた。片目の犬も一緒である。前期学級委員の高橋秀麿(仮名)の住む号棟の横であった。
 高橋は一人でボール投げをしていた。壁にボールを投げ、そしてキャッチする。
 自分と山岡、犬の存在には、とうに気づいている。
「高橋!山岡が腕に噛みついた!」
すると前期学級委員は、「犬に噛まれるよりマシだろ」何事もないような涼しげな顔と声で答え、ボール投げを続けていた。
 ちなみに、もう少し細かく書くと、左腕の手首から肘の間、ちょうど真ん中辺の外側を、噛まれたーーー咬まれた。長袖シャツをめくると、歯型がクッキリハッキリ残っている。ちなみに痛かった。
 山岡は家に向かった。片目の犬が、どうしようか?という感じで、コッチを見たあと、山岡の後を追う。  
 翌日、学校の水飲み場で、三村夏子(仮名)が、「しおりちゃんを泣かすな!」そう言っていきなりケツに蹴りを入れてきた。クラスの女四天王の一人であり、少林寺拳法をやっている。そこそこ痛い。
 自分は不意打ちにも冷静であった。「いや。全然泣いてなかったけど」
 一拍置いて「泣いてなくても泣かすな!」さらに蹴りを入れようとするので、うまくよけた。
 しおりちゃんとは山岡のことである。
「これ見ろ」腕の歯型を見せた。すると、「ハハハ!(大笑い)。ザマミロ!ばーか!」
 次の金曜日。少年チャンピオンを買い、家に向かっていると、何事もなかったかのように、笑顔で山岡が現れた。川の方から、片目の白い犬が、コッチに向かっている。一週間、山岡は口をきかなかった。
 いつものベンチで山岡と犬は、チャンピオンを読む。
 片目の白い犬は、自分に近づくと、右足に軽く頭づきをしてきた。そして、川のほうではなく、ストアのほうに向かった。
「あとつけよう」山岡が言った。マジっすか?そう思ってる間もなく、すごい力で山岡は腕を掴み引っ張った(腕相撲大会二位)。
 引きずられるように山岡の後からついていく。早く家に帰ってチャンピオンを読みたいのに、とんだことになった。
 すると片目の白い犬が、チラッとコッチを見て、立ち止まった。ん?という表情をしたあと、まっいいかというふうに再び歩き出した。
 と、ある号棟のベランダ側に犬は行った。芝生のあるほうである。自分たちは、団地のはしっこの所から見ていた。
 一階のベランダにおばさんが出てきた。ベランダの外には、階段みたいなものがあった。芝生までつながっている。おばさんは、ベランダの、柵の間に餌皿を入れて階段に置き、次にドッグフードをいれた。
 犬が食べ始める。
 なるほど、そういうことだったのか。金曜日はエサの日なのだ。チャンピオンを読むのは、エサ時間までの、時間つぶしだったのだろう(多分)。
 しかし、これは問題である。猫ならともかく、団地では犬は問題なのだ。
 その後のことは、直接的には、自分は関わっていない。
 なんと山岡は、犬に餌をあげる知らないおばさんと話をし、飼い主を探すことにしたという。
 すでに、そのおばさん田中さん(仮名)が、犬に餌をやってることは、自治会の耳にも入っていた。たいがい誰かがチクるものだ。ともかく、そうなると、保健所に連絡がいくのは時間の問題である。
 すると、山岡は、団地でもっとも権力があると言われる「あたしの名前だしな」この一言で揉め事を解決してしまう、高橋自治会長の元へ行きーーー少し待ってくれ。と話をまとめてきた。
 自治会長の息子はクラスメイトであった。ボール投げやっていた奴である。
 そして、里親探しを始めた。自分にもやれ、と言ってくるんじゃあないか?と若干焦ったが、肝心な時には役に立たないバカとわかってくれていてーーーなんかあるなら言って。これだけで済んだ。
 驚くべき早さで里親を見つけた。同じクラスの、田川良美(仮名)がーーーおとなしいなら、あと一匹ぐらいかまわない。そう言って、飼うことにした。田川の家は、団地のはずれの一軒家である。すでに二匹いた。
 驚いた。学級委員山岡の実行力行動力にである。
 やっと落ち着いた時、山岡に「いやいや、ご苦労ご苦労」そう偉そうに言った。すると山岡は、結局、何一つ手伝わず、なにもしなかった自分にたいして、ギロりとニラみ、言った。
「また噛みつかれたいの」


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