*太極拳 . 今日の風景
今週月曜から町田師範が
復帰されました。
今日6月15日(水)、
本部道場にも、
いつもの活気が戻って
きました。
道場(大門公民館 大会議室)を
しっかり換気し、
長机をアルコール消毒。
モップ掛け。
今日から師範が来られる!
そう思うと、
清掃も軽やかに動けるから、
不思議なものです。
…そうこうしていたら、
師範が早々に到着。
「…おはようございます…
…このたびは …、御愁傷様です…」
と、
(道場一同での)御香典をお渡しし、
頭を深く下げて、礼を尽す。
師範はいつもと変わらず、
にっこりと穏やかに
受け取ってくださいました。
申し訳ない…
ありきたりの言葉しか出てこないのが、
自分でもなさけない。
もっと師範の心が慰められる
言葉は無いものだろうか…。
が、
こんな時に限って
ちっとも浮かばないのです。
兄弟子のMさんが、
「奥さんは入院されてたんですか?」
と、
話しかけられました。
「はい…、入院したり退院したりの繰り返しでした…」
と、師範。
…以下は、後に師範に
お話しして頂いた想い出話です。
師範と奥様とは、
師範が20代の頃に、勤め先の
上司の紹介で知り合われました。
ロングヘアーの美しい奥様に惹かれて、
即結婚を決められたそうです。
幸せな結婚生活のスタート
とはいえ、
当時から残業の多い激務だった為、
家事や育児は、
ほとんど全て奥様に任せきり。
「そんな私(師範)を支えつつ、
2人の男の子を立派に
育てあげてくれたのだ」
と、感謝のこもった口調で、
語ってくださいました。
奥様も以前は、
師範の教室で太極拳を、
習っていらっしゃったそうです。
太極拳をされながらも、
いろいろ挑戦してみたい性格だった奥様は、
「銭太鼓」教室にも通われて
みるみるマスター。
ボランティア活動の一環として、さまざまな施設へ、
お仲間と舞踊を披露に行かれたり…
と、お忙しくも充実した日々を
送られてきたそうです。
このエピソードを聞くだけでも、
とても魅力的で、活動的な女性像が浮かんできます。
また 週末には、
次男さんのご家族が必ず来られて、
和やかに晩御飯の時間を
共にしていらっしゃったそうです。
とても素敵なこの習慣は
お孫さん達にも引き継がれて、
今ではお孫さん家族が曾孫さんたちを連れて来られ、
一緒に賑やかに過ごして帰られるのだそうです。
きっと、ひいおばあちゃん(奥様)のお人柄と美味しい手料理が魅力的だったからではないかな、
と、思い測るところです。
そんなひいおばあちゃんが、
ある日 転んで骨折してしまいました。
それがきっかけで、体調不良となり、
入退院を繰り返すようになられたのだそうです。
夫である師範も病院と施設を
あちこち探して回り、
やっと、納得のできる良い施設に
落ち着いたばかりのところでした。
6月4日(土)のこと、
お孫さん家族と曾孫さんたちが 大好きなひいおばあちゃんのお見舞いに行きました。
優しい声をかけてあげては
喜ばせてあげて、
とても楽しい時間が過ぎ…、
「おばあちゃん バイバーイ」
と、
かわいい手を振って
笑顔で賑やかに お別れしました。
…その晩に
「本当のお別れ」に
なってしまった、
と、いうことでした。
6月5日(日)になってすぐに
奥様は眠るように
息を引き取られました。
まるで
私は夫の誕生日に逝こう
と、
決めておられたかのように、
旅立って行かれたのでした。
…今はただただ、
師範が寂しさを感じないように
してさしあげたいと 思うだけ。
気持ちの持ちようで、
体調にも影響があると聞きますから…。
が、
太極拳と共に半世紀を歩んで来られた方ですから、
きっと 乗り越えて行かれることでしょう。
とはいえ、
周りの私達は、今まで以上に
師範のご健康に
責任を持たせていただこう!
と、改めて思います。
師範は常々
「自分は太極拳演武の舞台上で、
“ 収勢 “ と言って
人生を終えるのが夢なんです」
と、
おっしゃられています。
そんな師範の夢を叶えて差し上げるのが、
弟子の私達の目標でありたい、
いえ、必ずそうあるべき!
と、
心に堅く誓わずにはいられません。
(もちろん、師範にはまだまだ
長生きしてもらいたいし、
ご活躍してもらいたいし、
人生を思いきり楽しんでもらいたい、
と、いう思いを大前提とした上での決意です)
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