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小説『エッグタルト』

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高校で吹奏楽部に所属している太田と、数学オリンピックに出場することが決まった女子高生、川野さんの話です。
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小説『エッグタルト』

「なあ、聞いた? うちのクラスの川野、数学オリンピックの日本代表に選ばれたんだって」
 昼休みにいつも弁当を持ってやってくる、隣のクラスの山田が、ウインナーを頬張りながらそう言ってきた。
「そうなんだ。今年転校してきた、あの子か」
「そうそう、なんか、目立たないやつだなあと思っていたけど、変に頭がいいなと思っていたんだよ。冴えない感じだけどね。笑っているところとか、見たことないし」
 川野さんは、

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小説『エッグタルト』最終章

 会社では、プログラミングや新しい技術について日々学びながら作業をし、たまに失敗して怒られたりもしながら、結局新卒で入ったその会社を三年間勤めたあと、俺はSESという契約形態の会社に転職することにした。エンジニアとして客先の会社に常駐をして働くことが主な仕事となるらしい。こちらの働き方のほうが自分に合っているのかもしれないな、と思った。
 転職先が決まったあと、山田に誘われて社会人のフットサルサー

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小説『エッグタルト』第三十章

 帰りの電車の中で、山田の結婚式を振り返り、はたして自分も結婚できるのだろうか、などと思った。その前に、まずは就職活動を進めていかないといけないな、と思った。入りたい業界についてはなんとなく決めていた。大学の選択科目でプログラミングをかじってから興味を持ち、エンジニアを目指そうと考えていた。エンジニアを目指すため、教材などを使って個人的にも密かに勉強を始めていたのだ。
 その甲斐があってか、大学生

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小説『エッグタルト』第二十九章

 翌朝、目覚まし時計はいつもどおりに鳴り響き、目を覚まして隣を見ると、そこに遠藤さんの姿はなかった。寝ぼけながら洗面所に顔を洗いに行ったが、そこにも遠藤さんの姿はなく、部屋に戻ってみるとテーブルの上に渡してあった合鍵が置いてあった。
 大学に戻りサークルに向かったが、そこにも遠藤さんの姿はなかった。何日かたったあとに遠藤さんのことについて知っていそうな先輩に聞いてみたところ、ボーカルの渡辺さんの就

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小説『エッグタルト』第二十八章

 ファミレスでの一件以降、遠藤さんはときどき、俺が住んでいるアパートの一室に来るようになっていた。実家から大学に通うには少し遠かったので、大学生活が始まってから、部屋を借りて一人暮らしを始めていたのだ。
 夜ご飯を食べてシャワーを浴びたあと、テレビでお笑い芸人たちがネタを披露するネタ番組をやっていたので、二人でそれを見ていた。寝る前に特にやることもないので、一人でいるときはそうやって過ごすことが多

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小説『エッグタルト』第二十七章

 遠藤さんと遊園地に行ったあとも、遠藤さんとは何度かご飯を食べに行ったり、サークルでは遠藤さんの近くでドラムの練習をすることが多くなっていた。
 ある休みの日に、ファミレスではあったが遠藤さんに誘われ、ご飯に連れていってもらう機会があった。
「ねえ、私たちって付き合ってるのかな」
 遠藤さんは注文して出てきたパスタには手を付けずに話を切り出した。俺は、頼んでいたオムライスに早々に手を付け頬張ってい

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小説『エッグタルト』第二十六章

 大学の授業を受けていると次第にそれにも慣れてきて、サークルでもドラムの練習に打ち込む日々を送っているとすぐに、約束の日曜日を迎えていた。待ち合わせ場所で待っていると、遠藤さんはレザージャケットを羽織り、いかにもロックバンドのメンバーのような格好をしてやってきた。俺も、バンドを始めたということもあったので、そういったロックな格好をして来ようかと今朝迷ったが、結局、無難にいつもの上着を羽織ってきた。

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小説『エッグタルト』第二十五章

 新入生の合同練習の日、別のグループのメンバーと一緒に練習をして交流を深める機会があった。その中で俺は別のグループのギターの杉野さんという人と一緒になった。
「杉野さんって、こういうのいつ始めたの? 俺は、高校のときに吹奏楽部で小太鼓とかを叩いていた延長でドラムを始めようと思ったんだ」
「私は、高校のときに軽音楽部に入っていたわ。女子校だったの。高校のときのアルバイト先で知り合った先輩がここのサー

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小説『エッグタルト』第二十四章

 高校を卒業したあとの春休みのような期間が終わり、大学に進学してからすぐに、以前からやってみたいと思っていたドラムを始めようと思い、大学の軽音サークルに入った。サークルに入ってから二日目に、新入生を歓迎するために、先輩たちがバンド演奏を行っていたので、それを見学することにした。
 何組かの演奏を聴き終えたのち、そろそろ終わるのかなと思い、もう帰ろうかなと思っていたころ、三回生ぐらいだろうか、割と目

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小説『エッグタルト』第二十三章

 高校での最後の学期もいつの間にか終わって、卒業式の日を迎えた。俺は、山田の助けもあり都内の中堅私立大学に現役で合格することができたので、そこに進学することに決めていた。その山田は、高校卒業後は知り合いのスポーツ用品店に就職することにしたらしい。
 水野は、有名私立大学に合格し、そこに進学することにしたらしい。流石だな、と思った。川野さんの進路についてはまだ聞いていなかった。
 川野さんは今後どう

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小説『エッグタルト』第二十二章

 二学期が始まりしばらくたってから、俺と山田と水野の三人グループに川野さんが加わることが多くなっていた。川野さんは、特に水野とはかなり仲がよさそうにしていた。コンタクトレンズにしたのだろうか、眼鏡を外しており、前よりも少し明るくなったような気がした。文芸部に入ることにしたらしい。
 水野によると、川野さんは来年の数学オリンピックには挑戦しないことにしたらしい。以前は解けていた問題の解き方がわからな

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小説『エッグタルト』第二十一章

 放課後になり、部活も早めに終わり、家に帰る途中に川沿いで川を見つめながら三角座りをしている川野さんを見かけた。
「川野さん」
 そう言いながら川野さんの横に座ると、川野さんはそばにあった石を左手で掴み取り、投げ始めた。
「川野さん、左投げなの?」
「右投げよ。右投げ、右打ち」
「いや、打つほうは聞いていないけど」
 そう俺が言うと、川野さんは石を投げるのをやめ、少しこちらを見てからまた川の方に目

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小説『エッグタルト』第二十章

 夏休みが明け、二学期が始まり、教室に向かっていると、廊下に人だかりができていた。人だかりの後ろから背伸びをして覗いてみると、数学オリンピックの結果が張り出されているようだった。女子生徒の多くはもう結果を知っていたのだろうか、人だかりのほとんどが男子生徒だった。 
 何人かが教室に戻っていき、人だかりに隙間ができたので結果を見に前へ進むと、張り紙に川野さんの顔写真と、その横に数学オリンピックの結果

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小説『エッグタルト』第十九章

 暑さのピークも過ぎたのか少し涼しくなってきていて、夏休みにも終わりが近づいていたとある日の夜、母さんと二人で夜ご飯を食べる機会があった。兄は塾講師のアルバイトで忙しいらしく、父さんも出張で大阪に向かっていた。
「あんた、学校で好きな子とかいないの? そろそろ彼女の一人でも作りなさいよ」
「いないよ。恋愛とか、よくわからないんだ」
「川野さんって子はどうなの? 仲がよさそうにしてるって水野さんのお

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