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「人気者」と「誰か一人に愛される」の違い

学生時代、人気者というのはいたと思う。



いろんな人から注目され、中心にいて、また求められてもいた。



羨ましかったし、そうなれないじぶんを呪ったりもしていた。



これが現在は外部から人気者を可視化できたり、承認してもらえるようになったのが、SNSのいいねの類のもので、注目されたい、承認されたいという欲求を満たしてくれる。


そしてここにはノウハウや、やり方もあり、人気者にはある程度の再現性もあると言える。



しかしここで混ざりやすいけど混ぜるな危険のものがあり、それが恋や愛や親愛や友愛と言われるfor youのものだろう。



目の前のあなたに好かれることと、不特定多数に注目されることは違うことであり、不特定多数に好かれることにはノウハウがあるが、目の前のあなたに好かれることにはノウハウは存在しない。



またこの不特定多数に認められたい気持ちと、誰か一人に愛されたい気持ちが混同することで、ややこしいことになっているのを時々見かける。


それは本来まったくの別物なのに、好かれることを入り口にして、まるで同じことかのように錯覚してしまう。



人気者になろうとして親密性のアプローチをしたり、親密になろうとして人気者のアプローチをしたりして、そのズレがそれら自体を遠ざける。



それがまったく別物だという認識こそが、唯一それを防ぐ手立てかもしれない。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
究極は目の前の一人一人を大切に扱うことのできる人が、無敵なのではと身も蓋もないことを言います。

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