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白樺という憧れの木についてー初めての樹液採取ー【長谷川彩】

北海道らしい暮らしをしたいと思っていた。

そもそも「北海道らしい」とは何なのか。自分でも定義づけは難しいのだが、おそらく

「春になったら山菜を採りに行く」とか
「冬はワカサギ釣りをする」とか
「鹿肉をおすそ分けしてもらう」とか

まぁそういうことだろうと思う。おおよそ都会でできなかった「自然体験」的なもの。そのなかでも特に「やりたい」と思っていたことがある。

「白樺の木を使って何かをする」だ。

白樺という木に抱くこの感情は何だろう。「憧れ」というものに近いのかもしれない。北海道や本州の高原地帯に生息する落葉樹の一種で、その名の通り白い樹皮と美しい木目が特徴。正直、道を歩いていても他の木は判別がつかないが、白樺だけはすぐに白樺とわかる。スラッと幹が空へ伸びていく美しい木だ。

子どものころ、山梨県甲府市に住んでいた。その当時、リゾート地として有名だった清里高原に良く連れて行ってもらっていた。南アルプスを眺める八ヶ岳南東麓に広がる高原地帯。私はその場所がとても好きだった。そこには白樺が生えていた。

大学生のとき、北欧スウェーデンに1年留学した。深い緑の森のなかは、周りの音を全て吸収したかのような静寂に包まれ、凪いだ湖が広がっていた。私はその場所がとても好きだった。そこにも白樺が生えていた。

今は北海道に住んでいて、車を走らせればそこかしこに白樺が生えている。私にとっての「良き場所」には必ず白樺があった。白樺が生える場所は、私にとって心地の良い場所といえるのかもしれない。白樺がある場所で暮らすことは、私の憧れだった。

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大樹町には、インカルシペという宿泊施設がある。インカルシペとはアイヌ語で「小さな丘の眺望のきくところ」という意味。大樹町市街地の北東にある萠和山(もいわやま)の麓には、白樺の森が広がっていて、インカルシペはそのなかにある。

https://incalshipe.jimdofree.com/

「彩ちゃん、インカルシペ好きかも」

と、ある人に言われて、オーナーの米山博子さんにコンタクトを取ったのは3月上旬のこと。はじめて会ったときから意気投合して、3時間くらい色々なお話をさせてもらった。以来、とても良くしてもらっている。

「4月に白樺の樹液を採取するの。お手伝いに来てくださったらありがたいです」

と、博子さんに打診されて間髪入れずに「喜んで」と返事をした。


春になったら白樺の樹液が取れる。それは前から知っていた。大学のときのバイト先の先輩が北海道の出身で「春になったらドバドバ出るからよく飲んでいた」と言っていたことを思い出す。小顔で、艶のある黒のロングヘアに、それこそ白樺のように真っ白な肌をした綺麗なお姉さんから出たインパクトのある言葉。ドバドバ…出るのか?北海道は突然メルヘンの国と化した。

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4月9日 朝8時。少し寒い日だった。
私たちは、大樹町内の某所に連立する白樺の防風林に集合した。

雪が溶けた初春の北海道には、まだ色がない。ふきのとうがあちこちで芽吹き、ようやっと冬枯れの大地に鮮やかな若草色が映える。その後、福寿草にエゾエンゴサク、カタクリなどが咲き、さまざまな色が戻ってくる。

初日は、採取するための容器を設置する作業だ。

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白樺の木にドリルで穴を開け、ホースとホースを繋ぐプラスチック製のジョイントを打ち込む。採取缶(給食のシチューだとかお味噌汁が入っていそうな缶だ) のふたには穴が開けられていて、そこにはめ込んだ透明のビニールホースをジョイントに差し込んでいく。すると、そのホースを伝って樹液がピトリ、ピトリと採取缶の中に流れ込むという仕組み。ジョイント部分からホースをつたい採取缶を覆うように取り付けられたシルバーグレーのビニールシートは、ゴミや雨雪除け。(ちなみにバイト先のお姉さんが言っていたような「ドバドバ」は出なかった。大げさだったのかもしれない…)

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白樺の樹液は、木に葉が芽吹く前の数週間から1ヵ月ほどの期間にしか採取できないのだという。まだ雪が残り、北国にもようやく春の気配を感じるこの時期に、芽吹きを始めるために必要な養分を地中から吸い上げ、幹を通って枝先に送っているのだ。

こうしてやく120本の木に採取缶を取り付け、採取の準備ができた。取付当日は寒さのためか樹液の出が悪かったため、翌日は採取を取り止め、 翌々日の朝に最初の作業をした。

迎えた4月10日8時。蓋を開けてみると…


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たまってる…!

白樺の樹液は、サラサラとしていて一見水と変わらない。

ものによっては、朝の寒さで水面が凍っているものもある。たくさん溜まっているものもあれば、ほんの少しのものもある。日当たり具合や、幹の太さに左右されるのだろうが、どの木ならば多くの樹液を採取できるのかは、長年採取作業をしていても、分からないのだそうだ。そりゃそうである。自然のものを予測できると思う方が間違っているのだ。分からないままでいい。私たちは、頂いている身なんだから。

樹液に含まれる成分は、気温が高くなると醗酵を始めうっすらと白く濁ってくる。こうなってしまうと製品化には向かない。少しでも濁りのあるものは廃棄となる。朝の太陽を受けて水面がキラキラ光るほど透明な樹液のみが、大きなタンクに集められ工場へと出荷される。前述の通り、寒過ぎれば凍ってしまい、また、気温が上がると濁ってくる。「樹液採取作業は気温との闘い。とても神経を使う作業なの」と博子さんもおっしゃっていた。

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採取された樹液は、濾過や熱処理を加えて飲料や化粧品などに利用される。主成分はグルコース(ブドウ糖)やフルクトース(果糖)といった糖分とミネラル。カルシウムやカリウムを主成分としてマグネシウムやリン、鉄、亜鉛、銅など体に必要なミネラルが凝縮されている。

採りたての樹液を飲ませてもらうと、ほのかな甘みが口腔にフワッと広がる。遠くでちょっと甘いくらいの、口のなかでころころ転がしてみても柔らかくて、とてもやさしい風味。

普通のお水と同じように使用できるので、博子さんのお家では、朝一番にモーニングコーヒー、そして、 お味噌汁やごはんを炊くのに使ったりするそうだ。私も試しに作ってみると、味噌汁は出汁がなくても味噌の旨味が引き立ったし、お米を炊いてみると糖分の影響か、少しばかりお焦げができた。お水よりも確実にふっくらしている。

このようにして、初日に収穫できたのは500リットルほどだったろうか。この作業を、毎日1週間ほど繰り返して、今年の春の採取作業は終了した。(最後の取り外し作業の日は参加できなかった…来年こそ)

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▲後日、インカルシペで頂いた白樺の樹液コーヒー。ほのかな甘みがコーヒーの苦味と良く合っていた。とても美味しかった。

改めて、白樺はすごい。

そこに佇んでいるだけで防風林になり、
幹は木材になり、
葉はお茶にもなり、
樹皮は工芸品になり、
樹液は化粧水や飲み水になる。

「頂いている」という実感が湧く。北国の象徴。改めて、北海道に来て良かったと思う。なかなかできない「北海道らしい」体験だ。若々しい緑の葉が生い茂る初夏が待ち遠しい。今度は、どんな景色が見れるんだろう。やっぱり、白樺が好きだ。


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