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【エッセイ】母とイタチ

「この前家の前を掃除しとったら、何見たと思う?」

 いきなり母が尋ねてきた。それまでしていた話となんら脈絡はない。いきなりの質問に私は首を傾げた。
「何って、猫か何か?」
 何かって何だよ、自分の発言に心の中でツッコみながらも聞く。
「ダンゴが歩いていたの?」
 ダンゴとは隣の家の猫だ。私が小さい時から隣におり、かなりの長生きだ。我が家では密かにネコマタなんじゃないかと思われている。
「それが、ダンゴじゃないのよ」

 しかも、それがいたのは道じゃなくてね、と母が続ける。
「庭の前に側溝があるでしょ。コンクリートの蓋と蓋の間の隙間からそれが覗いとったの。ちょうど目が合って、ビックリしたわ」
「それってなんなのさ」
 ヘビかカエルか?それともネズミか?全く想像がつかない。しかし、なかなか母からその答えが出ない。
「タヌキじゃないし、ヌートリアでもないし」
「キツネ?」
「違う」
「ヘビ?」
「違う」
「ネズミ?」
「違う」
「テン?」
「違う」
「じゃあ、イタチ?」
「それそれ、イタチやわ!イタチが側溝の穴から私を見とったのよ」

 ようやく何かが分かった。
 イタチってどんなんやったっけと、ネットで画像を検索してみる。これが意外に可愛い。母によると、イタチがミーアキャットのように立ち上がり、側溝から顔を出した瞬間、たまたま近くにいた母と目が合ったのだ。その場面を想像すると何故か笑いが込み上げてくる。互いに未知との遭遇だったに違いない。イタチはビックリして、すぐに顔を引っ込めてしまったらしい。

しかし、イタチとは側溝に住むものなのか?そう疑問に思っていると、母が一人で納得したように頷いている。
「そういえば、よく家の前を横切っとるし、裏の家の物置の方行くの見るわ。多分あそこらへんが寝グラやわ」
 私は見たことはないが、どうも複数のイタチがこの近くに住んでいることが分かった。
「なんで側溝の中を歩いとったんやろうね」
 私が言うと、母はこう答えた。
「散歩じゃない?方向が分からんくなって顔を出して位置を確かめたんじゃない?」
 多分違うかとは思うが、私はこれ以上この不毛な会話を続けるのもめんどくさかったので、そうかもねと回答してその話題は終わった。

 同じ話をその日の夕飯時に母が父にしていた。単に母がイタチに会っただけの話なのに、父も私と同様にその場面を想像したらしく、笑いを堪えてご飯を食べていた。
「方向音痴のイタチなんやわ」
 そう言う母に、私も父も多分違うよとは答えず、ただ黙々と目の前のご飯を食べた。とにかく今日も平和な一日で何よりだ。

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