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梅雨明けと8月の訪れ

大学生活の住処である学生寮が工事による停電で暑くて居ても立っても居られなくなって近所のカフェに来た。今日は、文句のつけようのない晴天で8月の3日目、トレーニングのない月曜日。


梅雨明けは8月にズレ込む可能性もあるでしょう


ニュースで気象予報士が言っていたことが現実となった今年は、梅雨明けだけでなく何もかもが「ズレている」気がする。

最近、再拡大している新型コロナは既に今年を象徴する出来事で、ズレの発端とも言える出来事だった。

大学4年目は、人生の分岐点。就職活動があり、サッカー部でも「4年生」としてチームを運営する立場で貴重な体験ができる。そして、長年続けてきたサッカーが終わりを迎える。そんな4年目の大学リーグは、まだ4節しか消化していない。

チームは開幕3連勝、第4節で明治大学様に惜敗を喫したものの3勝1敗。好調な滑り出し。僕は終了間際に投入されて、呆気なく試合終了の笛を聴く。勝っても負けても、僕は「ズレている」から決して言葉に出来ない感情に浸っている。

この「ズレ」が何なのか。腑に落ちないのは、胸糞が悪いのは、なぜか。何処かで落ち着いてしまっているのは、どうして。


コロナによって時が止まった自粛期間、実は何も止まっていなかったらしい。僕だけが止まってしまっていたらしい。そんな単純すぎる気づきを拾い上げた。ズレを生み出したのは、紛れもなく怠惰な僕自身だった。

その気づきを与えてくれたのは、開幕戦のスタメンデビューから活躍し続ける後輩の姿だった。自信に満ち溢れる姿が羨ましい。それだけの取組を積み上げをしていたからこその自信。取組が自信に、自信がプレーや表情に、繋がっている。そして、それは隣の誰かにも伝染する。そんなチカラや取組、積み上げが今の僕には圧倒的に足りない。

このズレは、きっとこれから先の自分にも影響する重要な局面だと思う。このタイミングで情けない状況に自分自身を置いてしまった4年生の僕が何を表現できるのか、を試されている気がする。分かってはいても、昨日の練習試合では何も表現することができなかった。noteに綴りたくなったのは、そんな自分を戒めるためでもあった。


#FACTFULNESS という大ベストセラー本をご存知だろうか。この本は、世界にまつわる教養について書かれている。人々が持つ様々な本能や間違った世界の捉え方を正そうとする内容になっている。

中でも、特に印象に残った言葉がある。

「必要なのは、総合的な分析と、考え抜いた決断と、段階的な行動と、慎重な評価なのだ。」

この一文が世界の教養とは直結しないものの、今の自分に必要な言葉だったからこそ心に響いた。今の自分に足りないことが全て詰まっていた。

自分だけでなく俯瞰的に捉える分析力、その上で何を考えて何のために誰に表現するのか。その決断の一つひとつは考え抜かれているのか。突拍子もない独りよがりな行動をとってはいないだろうか。チーム1st.を貫いた行動か。次に繋がる評価は出来ているだろうか。

当たり前が並べられたような言葉だが、実践するのは容易ではないし、想像以上に奥深い。向き合う価値が大いにあると思わせてくれた。



先日の大学リーグ初黒星は、チームにとってどういった意味があるのか。

そして、今週の我々は敗戦から何を学びトレーニングから何を表現できるのだろうか。

探り探りで変化と競争の中でドライブし続ける早稲田ア式での生活も残すところ半年。もう8月が始まった、もう4節が終わってしまった、そう捉えよう。

サッカーに感情を刺激され、昂ぶったり、萎えたり、夢見たり、現実味わったり、する生活の終わりを考えるのは心苦しい。

今の想いは一つしかない。何とかして好転させたい、チームと自分自身を。


note、再開します。適当に感じたこと、書いていきます。

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