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ハリー・ポッターと炎のベンチャー part4

「では、説明したいと思います。君ら二人のうちどちらかがクイズを出題する教師役、どちらかが回答する生徒役になります。生徒役はあの素敵なイスに座ってもらいます。」

ディメンターが例の電気イスを指差す。ひじ掛けや脚は古い高級家具を思わせる造形だが、蔦のように絡まった電線と、ひじ掛けに取り付けられた電極パッドがグロテスクなアクセントを添えている。

この先は何となく説明を受けなくても察することができた。

「生徒役が間違えたら、教師役は電流を流して"教育"して下さい。」

ディメンターが視線を部屋の隅にある謎の設備に移す。あれは電流発生装置のようだ。

「電流は痛みを伴いますが、生徒役の身体を害さないよう慎重に調整されていますので、心配不要です。」

研修の概要は理解できたが、これを行う理由は理解出来なかった。もっとも、それを質問できるような雰囲気でもないので黙っていた。

「では、5分後にまた来ますので、それまでに教師役と先生役が誰になるかを決めて下さい。」

ディメンターがそう言って部屋から出ると、ドビーが口を開いた。

「ハリー、俺この状況知ってるぜ。昔あった実験でさ、イスに電流なんか流れねえんだよ。んで、教師役は電流が流れてると思い込んでるから、実験を続けるかどうかがそこで観察されるってわけ。まあこの研修だと、実際多少電流は流れるけどとにかく我慢できるかどうかが評価ポイントだろうな。」

本当に多少の電流で済むんだろうか。

「要はこういう茶番をしっかりやる能力も社会人には求められるってことなんだろ。さ、役回りはどうする?」

言われてみるとそんな気がもしてくるから不思議だ。電流が流れたとしてもそんなに大した痛みじゃないんだろうか。

~~~~~

考えを巡らせた結果、僕は生徒役を選んだ。

昨日の立ち聞きしたCEOの会話から考えるに、このベンチャーではひたすら思考停止して苦境に耐えられる根性が人財に求められる第一条件のようだった。それが無ければ、ホグ卒という肩書や魔法のスキルもあまり意味がないことだろう。

僕みたいな魔法学校卒は打たれ弱いと思われているに違いないから、ここで敢えてキツそうに見える役を進んで引き受ける立ち回りが必要になる。そう思った。

そして今、電気イスに座り、電極パッドに両手を固定されている。ドビーは電撃発生装置の前に移動し、ディメンターの手前、真剣そうな表情でこれから始まる茶番の準備をしている。

茶番であってくれ。と一抹の不安が頭をよぎるが、金持ちマルフォイの格言を思い出す。僕は同期の誰よりも最速でFIREしてやるんだ!!そのためなら多少電流が流れてもかまうもんか。むしろいいマッサージさ。

部屋に戻ってきたディメンターが、ドビーにクイズ開始の指示を出す。いよいよ始まるようだ。イスに座り、ドビーに拘束具をセットしてもらう。

~~~~~

ハリーの奴、えらい張り切って生徒役になったなあ。

まあ、魔法使いはひ弱ってのが定石だから、ここで根性見せつけてディメンターを通じて人事にアピールしようっていう魂胆だろうな。しょうがねえ、ここはアピールポイントを譲ってやるか。

俺がしもべ妖精だからって露骨に見下したり腫物扱いしねえのはお前だけだったからな。好きなようにさせてやるよ。

ディメンターの野郎がまた説明を始めた。

「ここに社会人の常識クイズ千本ノックを用意しました。ハリー君が正解したらそれでよし。間違えたら電流を流して下さい。なお、間違いを重ねるたびに電流は少しずつ上げるように。」

装置に目を落とすと、目盛がついている。間隔は一定ではないようだ。

10V  15V 18V 20V....

....200V......420V....xxx....(数値表記無し)

最後のほう、絶対にやべえ感じを演出しようとしてるな。

どうせ、チョッとだけピリッとする度合いが上がっていくだけで、この数字は見掛け倒しなんだろう。わかってるぜ。

ディメンターの野郎が「開始」の合図を出したので、俺はクイズを読み上げ始めた。

「上司に対して敬語を使うべきだ。○か×か」

ハリーが答える「〇だ」

俺はため息をついて電流スイッチに指を乗せる。

「残念。「上司以外にも敬語を使わなければならないので、×」」

ハリーがきょとんとした顔をしている。まあ、俺も同感だ。自動車学校の理不尽な学科試験を思い出す。赤信号以外のときも気を付けろっていうあれだろ。

スイッチを押すと、ハリーがほんのわずかに顔を歪めた。

少しかわいそうだが、続けさせてもらう。

「では第2問。ボーナスをもらった。どうする?」

ハリーが少し考えて答える。

「ボーナスに見合った働きをする...?」

俺はまたしても残念そうな顔で電撃スイッチを押す。

残念。上席に対し即座に、「私の成果以上のボーナスを支給していただき、本当に感謝しております。」と謝辞を述べ、その日は終電まで会社に残る。が正解だ。

ハリーは電撃にピクリと反応しながら、怪訝な顔をしている。俺もこのクイズが狂っていることに気づいたが、もう遅い。

俺たちはとんでもない常識を学ばせられるようだ。

ディメンターのほうをちらりと見やると、何やら上機嫌な顔をしている。昨日のあの研修スタイルも含めて、狂気を感じさせる野郎だ。

不毛なクイズはその後しばらく続き、ハリーの顔の歪み方も少しづつキツそうになってきた。これ、電流って実際どれくらい流れてるんだ??

~~~~~

電撃が予想以上に大きくなってきた。苦痛に顔が大きく歪み、身体がビクンと吹っ飛ぶような感覚に襲われる。これはお仕置きで流すレベルの電流なのか?第一、何なんだこの理不尽なクイズは。

ドビーは少し不安そうな顔だが、ディメンターが見張っていることもあり、僕の反応に構わずクイズを続ける。

これはちょっとした電流がたまに流れるようなヤワな研修じゃない。ほぼ正解できない理不尽なクイズと、予想より大きな幅で増加していく電気ショックによる拷問だ。この体を拘束する器具も、自分では外せないようになっている。

またクイズが読み上げられ、少し考えたものの降参。次の瞬間、体がビクンとシャレにならない動きをするほどの電流が来る。

僕は目を閉じ、読み上げられる次のクイズに消え入りそうな意識を集中させた。ここからが本番だ。僕は成功して見せる。名前の言ってはいけない例のおじさんみたいな、勝ち組になって見返してやるんだ。僕をついに理解しなかった実の家族みたいな奴らを...。

~~~~~

俺は気づかされた。これはたぶん茶番なんかじゃねえ。電流がシャレにならない強さになってることがハリーの反応から分かる。あれは必死さアピールする演技なんかじゃない。

俺はもう中止するべきだと思い、ディメンター野郎に向き直る。

「すいません、あいつヤバそうなんでもうやめたほうがいいと思います。」

ディメンターは嬉しそうな顔をしながら言う。

「痛そうに見えるかもしれませんが、身体に後遺症やケガなどは残らないよう魔法で管理してますので安心して研修を続行しなさい。ヤワな姿勢ではあなた方二人ともM&Aの業界で生き残れませんよ。」

「そういんじゃなくて、倫理的に...」

ディメンターがさらに愉快そうな顔になる。

「倫理?お友達のために研修をやめてあげることが倫理的?あなたはまだ学生気分が抜けていないようですね。」

ディメンターがハリーのほうに向きなおる。

「ハリーさん、あなたは夢を持っていますか?」

なんだこの野郎?突然怪しい採用パンフレットみてぇなセリフを吐きやがって。

「はい...。将来は起業して、世の中を変えるような魔法使いになりたいんです...。そのために、この会社で最高の成果を出したいと思っています。」

ハリー、お前ついにネジが外れちまったのか?いくらアピールポイントだからって、自分の命を削ってまでこの異常な状況に服従するのか?

「いい言葉です、ハリー・ポッター君。さて、ドビー君。君には自分の感覚的な物差しでハリー君の夢を妨げる資格があるのですか?我々の研修を妨げる正当な理由があるのですか?この設備はケガや後遺症を与えないと、先ほど説明しているでしょう。冷静に考えたら理解できるはずですから、クイズを続けて下さい。」

俺は何が正解か分からなくなってきた。ハリーがあんなになってまで手に入れようとするものを俺の感覚的な「倫理」とやらで否定していいのか。俺はハリーの意思とこの状況を受け入れるべきなのか。

「本人の意思を尊重」っていうのは何とも万能な言葉だ。それゆえに、俺はこの言葉を発するたびに形容しがたい違和感を覚える。そいつの意思が本当に正常な判断のもと形成されたもんなのか?仮に正常だったと仮定して、本人の意思を免罪符にしたらどんな搾取も許されるもんなのか?

俺はしばし逡巡し、ハリーの意思を尊重することに「決めた」。結局、よき社会運動家ごっこであいつの意思を挫くことに罪悪感を覚えたんだ。次のクイズを読み上げ始める。

俺だって自分で決めたら徹底的にやれるっていうことを会社に見てほしいっていう気持ちも少しはあった。ハリーがあんな姿勢を見せたんだから、俺だって...。

スイッチはもう電圧表記不能の[xxx]のレベルまで迫ってきていた。

~~~~~

avada kedavra

朦朧とした意識の中で、古代アラム語に語源を持つという、あの使用禁止の呪文を思い出していた。ホグワーツで戦闘が起こった際は、この呪文のバーゲンセールみたいな状況だったけども。

電流のショックが、あの呪文を食らったときのそれに近くなってきた。結局僕はダンブルドアに蘇生してもらってあの時生き延びたんだけど。

普通に考えて、このレベルの電流を流して体に後遺症がないわけがない。おそらくこのイスは、蘇生の魔法が常時発動しているアズカバンの拷問用道具をカスタマイズしたものなんだろう。

ここまでして電撃に耐えている姿を、会社はしっかりと見てくれているだろうか。

~~~~~

ハリーはついに動かなくなった。意識を失ったようだ。

ディメンターは神妙な顔で告げる。

「生徒役の続行が不可能になりました。これにてこのペアの本日の研修は終了となります。二人ともよく頑張りましたね。ドビー君は部屋に戻る前にこれを受け取って。」

ディメンターは俺に一枚の靴下を渡してきた。

しもべ妖精に衣服を与えるという行為の意味を、俺が知らない訳もない。主から贈り物をされたしもべ妖精は、主従関係を自分の意思によって解消できるという魔法界の不文律だ。

「内定取り消しって意味ですか?俺は嫌っすよ?」

俺は厭味ったらしく言ってやった。

ディメンターが最高の笑みを見せながら返答する。

「というよりあなたは既に主従関係の外にいます。内定をどうするかはあなたの自主判断になりますね。」

どういう意味だ?

「あなたは、しもべ妖精でありながら、主人である会社からの「命令」に依拠せずにハリー君への電撃をこの研修で行うことができたのです。この靴下はその後付けに過ぎません。」

俺は意味が理解できず、反論した。

「いや、会社の研修だから命令に従ってハリーにこんな拷問みてえなことしたんですよ。」

ディメンターがやれやれといった表情で諭すように続けた。

「我々ディメンターはあなたの魂の動きを観察することが出来るのです。あなたは「主人でもないハリー・ポッターの意思を尊重」して、彼に電撃を加え続けることを「決めた」んでしょう?主である会社の命令ではなく自分の判断に依拠して。といってもまあ、本質的には自分をしっかりとアピールするために彼の意思を免罪符にしたんでしょうけど。とにかく「命令の遵守」を越えた重大な思考と判断を行ったのです。」

ハリーはまだ動かない。もうなんだか永遠に動かないような気さえする。俺はあいつを利用したのか?あれだけ倫理だのなんだの考えた挙げ句に。そしてそれを忘れて会社の命令だからなんてうそぶいているのか?

「え、と、....ハリーは大丈夫なんですよね?」

俺は自分でもびっくりするくらい声が震えていた。しもべ妖精という生き物の足かせである主従関係から解消されたのに、驚くほど会社に対して服従的な気分になっている。

「身体的には」

ディメンターが素っ気なく答える。

「ただ、電撃の精神的なショックについては保証しかねますね。むろん、あなたが最高レベルまで電撃を加え続けたという事実も彼は記憶していることでしょう。あなたの人格と行為についての解釈は彼に委ねられますね。」

俺はあいつの意思を尊重して、、

「え?意思を尊重して、何?」

ディメンターが俺の思考をもてあそぶように読み取る。

「判断のプロセスと結果はどうあれ、あなたは善いこと、いや自分で善いと信じ込んだことを狂気的にやり続けることが出来たんです。それはいわゆる経営者に必要な特性なんですよ。無理というのは嘘吐きの言葉なんです。やればみんな出来るんですよ。」

俺は気が付いたら廊下に飛び出していた。

~~~~~

朦朧とした意識が少し覚醒すると、巨大な何かが走り去ってゆくぼんやりした映像が見えた。ドビーかな?

とにかく、僕はあの研修をやり遂げたんだ。狂おしいほどの執着で。

次の瞬間、廊下から大きな何かが繰り返し壁にぶつかる音、そして悲しげな絶叫が聞こえてきた。

「ドビーは!!ドビーは悪い子です!!ドビーは自分の意思によってハリー・ポッターからの信頼を失うのです!!ドビーは愚かなしもべ妖精です!!」

ドン、ドン、ドンと繰り返し頭をぶつけているのであろう音が聞こえてくる。

あの親戚の家にいた、同名の卑屈なしもべ妖精を思い出した。彼も階段の下に住んでいて、よく頭をぶつけて自罰していたんだっけ。あれは2年生の頃だったかな。

彼にもうやめろと言いたかったが、電流から解放された安心感で次第に再び意識が薄れていった。

また意識を失う前にみた光景は、満面の笑みを浮かべたディメンターだった。極上の魂を吸ったかのような顔。

(続)




























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