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ハリー・ポッターと炎のベンチャー part6 コールセンター

「あ~ちょっと今社長いなくて~そういうお話よくいただくんですけど~結構ですので~」

今日はもう100回ほど聞いた切り返しだ。左手にガムテープで固定された受話器はもう半日以上耳に押し当てられており、すっかり身体の一部分のように馴染んできた。

僕はハリー。ホグワーツ魔法学校を卒業してコールセンターへ配属になった男さ。

おっと、「インサイドセールス」だった。

「ていうか、おたくの会社はこんな朝早く電話してくるんですか?」

決裁者がまだ社内にいると思われる朝一番だもの、鬼のように迷惑な電話をしてでもアポを取ろうとするに決まってるじゃないか。

用意されたトークスクリプトもあるけど、たいてい「結構です」が来る。この壁を越えなければ、アポにつなげることはできない。まあコピー機の押し売りみたいなもんだけど。

そんなことを考えつつ何度か押し問答をした挙句、電話は徒労に終わった。

僕は今、砂を噛むような日々を送っている。新人研修後の配属で、自分の思い描いたキャリアである魔法技術職への道があっさり絶たれてしまった時は、正直目の前が真っ暗だった。「複数ポジションで募集中です!」というベンチャー特有の言い回しに踊らされた魔法学校卒は僕の他にもたくさんいることだろう。(多くは先の研修で地獄を見て脱落していったけど。)

『金持ちマルフォイ、貧乏マルフォイ』の格言を心のよりどころに頑張っているが、正直あの本の内容について冷静に考えてしまう瞬間がある。いや、そんなことは考えちゃいけない。きっと僕は投資家マルフォイになれるはずなんだ...。

唯一自由な右手で次の電話番号を打ち、寄生獣のように左手と一体化した受話器を耳にきつく押し当てる。最低でもアポのノルマは超えないとマネジャーから灰皿が飛んでくるからね。業後の反省会と称した飲み会で灰皿にテキーラを入れて一気飲みさせられた同期もいたらしいが、退職済みらしい。

「お電話ありがとうございます、株式会社○○物流です」

また事務員のおばさんが出た。なんだかマクゴナガル先生を彷彿とさせる。正直テンプレ通りの言い方だとまた押し問答ルートに入る気がしたので、ここは強気で出てみる。

「あ~どうもお世話なってます。あの~今、社長いる?」

常識的に考えるとありえない挨拶なんだけど、これによって社長の知り合いであると勘違いさせることによって事務員のおばさんブロックを突破しようというトリッキーな手法だ。

「え...?あ、はい今おりますので!少々お待ちください。」

電話から安っぽいクラシックの保留音が流れる。どうやらうまいこと勘違いしてくれたらしい。社長が出てきたら何事もなかったかのように普通の挨拶をすればいいんだ。

電話を待ちながら、ホグワーツの同期について考えを巡らせる。彼らは今どうしているんだろう。

ハーマイオニーは優秀な成績でホグワーツを卒業した後、さらに大学院に進学することにしたらしい。でも、なぜかホグワーツの大学院じゃなくJapanの学校に留学した。SNSを見る限り、今は港区というエリアに住んでいて、2万円以下の寿司は食ってないらしい。

ロンは...どうしてるんだろう。実は、僕らはハーマイオニーを介して何となく三角関係みたいな険悪な雰囲気になってしまったことがある。ロンは彼なりに勉強やネットワークビジネスで成功するためストイックに頑張っていたようだが、一方でハーマイオニーとの将来もぼんやりとイメージしたりしていたらしい。彼女にかまうため、学業やビジネス系のサークルもおろそかになっていたように思う。

僕はそれが何となく気に入らなかったし、彼女をロンに取られるのも何か違うなと思ってたんだっけ。懐かしいな。

そんなある日、僕はほんの出来心でロンを呼び出し、「精神的に向上心のない奴は馬鹿だ」とアドバイスをしてみたんだ。そしたら、ロンは次の日からすごく憑き物が落ちたかのような表情になって、僕とも良好な関係に戻ったんだ。でもある日キャンパスに姿を現さなくなった。

それ以来連絡が取れてないけど、久しぶりに会いたいな。やっぱりホグワーツの仲間は本当に最高だった。

そんな物思いにふけっていると、保留音がぷっつりと途切れ、電話口に社長が現れる。

「〇〇です。どういったご用件ですかね。」

声の機嫌が悪い。まあ当たり前なんだよな。

早速営業トークを始めたいところだけど、M&Aという単語を口にするのは避けたいところだ。

僕も最初に決裁者と電話がつながった時は、「本日はM&Aに関するご提案のためお電話をさせていただきました。」と勢いで馬鹿正直に言ってしまって社長に罵倒された苦い思い出がある。

昔気質の大工上がりの人だったのか、「なにぃ?身売りしろってかこのボンクラ。おととい来やがれ。」と現代ではそうそう聞かない暴言を吐かれた後、30分ほど説教された。30分説教するってことは暇だったらしいので、アポにつなげられず惜しいことをしたと思う。

「~~のハリーと申します。あの、社長さんでいらっしゃいますか?いや実は今すごく困ってまして...。」

ここで僕は机の下にもぐる。これは社内で飛び交うマネジャーの罵声や灰皿の飛び交う音をお客様に聞こえないようにするための仕草なのだが、今回は違う理由もある。

「僕実は新卒で超ブラックな企業に食われてしまいまして...。毎日灰皿が飛んでくるんです。今その....テレアポ中でして...。」

社長がええ?と戸惑ったような反応を見せる。いい反応だ。一般的な営業マンはこんなことは言わない。逆に言えば定型的なお断り文句を一旦かわすことが出来る。

「今日中にアポイント何件か獲得しないと大変なことになるんですよ...トホホ。営業マンってこんなに辛いもんなんですね。」

社長は困惑しつつも、いやあ若いのにそんな場所に食われちまって大変だねえ君も、と少し語調を緩ませる。これは蜘蛛の糸をつかんだかもしれない。ちなみにまだ僕が何を売りつけようとしているのかを一度も確認していないあたり、少しお人よしというか付け入る隙のある社長なのかな。

この環境で生き残るための呪文は Expecto patronum じゃなくて浪花節的な身の上話だ。身に染みて感じる。

「いやあ自分の未熟さが身に沁みますよ...。僕魔法学校卒だったんですけどもね...」

身の上話を少しだけする。中小企業の社長という生き物には、若い営業マンとの雑談が大好物な個体も結構存在するのだ。泣き落としが通用する若いうちは、こういう社長を捕まえるのが一番堅実な方法だったりする。

「そうかそうか。いやぁでもねえ昔、俺らの頃なんて数字を上げないとアズカバン前支店に配属になってさ...」

社長が身の上話を始めた。期待通り、若手営業マンと雑談をするのが好きなお人よしの社長だったらしい。M&Aのニーズなんてものがあるかどうかはアポを取ってから考えればいいので、とにかく適切な相槌を打つよう意識を集中させる。左手が痺れてきたが、我慢だ。

社長の昔話を区切りのいいとこまで続けさせたら、割って入る。完全にしゃべり終わったら満足して電話を切り上げられる可能性があるからね。

「いやあ昔ってそんなえげつない話もあったんですね。僕らも社長みたいな方のお話もっと聞いてお勉強させていただかなきゃなあと思います。ちなみに社長、僕の売りものについてまだ全然お話してなかったですね。」

社長は笑いながら、ああそうだ君営業マンなんだからちゃんとセールストークをしなさいよと言う。いやいやまったくおっしゃる通りですと笑っておく。

「実はですね、僕らは今後伸びる事業や会社を見つけてきてご紹介するという商売をやっておりまして。ただ中々規模が大きい話なので、そういう話ってなかなか聞いてもすぐには決められないものじゃないですか。」

社長はまあそうだろうねえと答える。こういう話の結論に関連しない小さいyesがボディーブローのように話し相手の心理的に効いてきたりするので、確実に拾っていく。

「なので、僕らのほうでお客様に合った最適な事業や会社を"専任"でじっくりとお探しするお手伝いをさせていただいております。」

まあでも今の状況だとねえ、例の感染症の影響もまだ収まってないわけだし、やっぱりうちも別に新規事業とかは考えてないよと社長が答える。至極まっとうな判断。

ちなみに"専任"という言葉は非常に重要なので一応フレーズに差し込んでおく。また、あくまで社長は「買う側」だという雰囲気で話をしないと当然険悪な雰囲気になりかねないので注意だ。

「ですよねえ。まあ、僕らもそんな無理やり会社を押し売りしに行くってことはしてないですよ笑。でもですね、僕ら結構いろんな会社様を匿名でご紹介させていただいて、10件に3件ぐらいはいい感じでマッチングが成立してるんですよ。」

こんな数字はもちろん適当だ。M&A後の実際の経営統合プロセスなんかは仲介業者の知ったことではないので、「いい感じ」の件数なんていくらでもでっち上げ可能だもんね。

「こういうのって、別に情報知っとく分にはまあ損はないわけじゃないですか。ですのでまあ、一応今ある情報だけ社長のお耳に入れさせていただければなと思ってまして。それに、我々若手も社長のような見識ある方とお会いできる貴重なチャンスだと思ってますので。」

正直僕らが抱えている案件に掘り出し物があるとは微塵も思えないが、そこはセールスの腕の見せ所だ。それに、実際に会社を買わせたり、(あるいは逆に売却ニーズを引き出したり)価格交渉やデューデリ部隊との連携を行うのはフィールドセールスだ。

僕の仕事は初回アポを取り、フィールドセールスを連れていくところまで。M&Aの仲介フィーは売買価格の20%~30%ほどとなり、フィールドセールスは固定給もあるが、獲得フィーに応じた歩合制も適用される。

というわけで、フィールドはなんとか自分の取り分を稼ぐために、無駄にプレミアムを乗せたゾンビ企業をさも優良企業のように見せかける手腕が問われることになる。そう考えるとコールセンターはまだ本当の地獄じゃないのかもしれない。

「10分ほどお会いしてご挨拶と資料お持ちできたらな~と思ってます。今日午後の2時と4時とかに伺えたらなと思ってるんですけと、何時ころご都合いいとかございますかね?」

まだこの社長は会うとも会わないとも言ってないわけだけど、あたかも会う前提かのように選択肢を提示する。

強引だが、即決営業ではなさそうな雰囲気だし、若い奴とたまに話してやるのも暇つぶしになるか、と思わせたらしめたもの。

その後少し話し、結局16:00に先方オフィス待ち合わせでアポを取れた。

「お時間いただきありがとうございます!では16:00に上席と2名で伺いますので、何卒宜しくお願い致します!」

電話を切り、マネジャーに結果を伝える。

「マネジャー!お疲れ様です。午後4時で1件入りました。提案資料とか準備しておきたいので、一旦ガムテープ外してもいいでしょうか。」

マネジャーが、少し表情を緩める。灰皿は免れるようだ。

「おういいけど、それ準備終わったら出発までは次の新規アポに向けてまた巻いて続行しろよ。」

こうして何かと理由をつけてガムテープを外している間に、資料の準備と称して休憩を取る。休憩できるかどうかもアポイント獲得に依存しているので、必然的にやらざるを得ない環境になるわけだ。産業革命期のロンドンの工場労働者とどっちがマシな就労環境なんだろう。

僕はガムテープで微妙に脱毛された左手の甲を撫でながら、いそいそと資料の準備を始めた。

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黒いローブをまとった男が、PCモニターに映し出される。直近の感染者数増大を受けて、この企業でもリモートワークが推奨されている。

顧客へのリアル訪問も自粛するべきではないかと言われるかもしれないが、何かしら理由を付けていけそうな先にはリアル訪問を継続している。こういうのはリアルで会って熱意を伝えるのが大事だから、という僕の方針によるものだ。

「さて、我輩のアドバイスは実行に移されているか?」

アドバイスというのは、この会社の人員削減についての話だ。

不健康な白い肌と欠損した鼻が、モニター越しだとさらに不気味さを感じさせる。彼の本名は知られていないが、分霊箱ビジネスという分野で名を成した経営者らしい。

彼は大学でビジネス系の怪しいサークルを発起させ、その後魔法系技術職として数社を渡り歩いたのち(株)Horcrux を起業。分霊箱なるテクノロジーで富裕層の安全保障ニーズをついた高額なサービスを提供し、現在は片手間にVCも運営している。

そんな得体のしれない経営者のファンドが、僕のM&Aビジネスに関与を始めたのは数年前のことだった。マッチングサービス開発のための資金提供元を探していた当時、何件ものVCや銀行をどさ回りして、やっと辿り着いたのがこの不気味な人物だった。

当初は断られたものの、しつこく魔法マッチングサービスのプレゼンを繰り返したことで向こうの気が変わったのか、ある日資金提供の同意を得られた。

資金提供があると融資も下りやすくなるので、サービスの実現に向けて強気の借入もした。今思えば身の丈に合わない額だったかもしれないその借入は、バランスシートの右側に重くのしかかっている。

そうして調達した資金で企業間マッチングを最適化する魔法システムを開発したんだけど、今となってはまったく売り上げに貢献していないのは明らかだ。そんなわけで、当初はサブウェポンとして考えていた従来型の対面営業が現在の収益の柱になっている。

最初は、分霊箱ビジネスを成功させた人でもこのマッチングサービスの失敗は見抜けないもんなのかなと思ったけど、それが投資というものなのかもしれない。

僕はマッチングサービスがうまくいかなくなった時点で、ビジネスに対するやる気をすっかり失ってしまった。対面営業で現状維持していく以外のアイデアもないし、正直会社の身売りをしたいと思い始めていたんだ。

そんなとき、この不気味な男が出資の増額、さらには買収の提案を持ち掛けてきたんだ。今、男のファンドは25%を割る株数しか所有していないけど、このまま話が進めば僕と上級幹部は持ち株をこの男に手渡すことになる。

マッチングサービスへの投資が全額サンクコストになったとしても、魔法技術系の人材には経験豊富な選りすぐりのエンジニアを揃えているし、当社には強靭な主力営業マンもいる。こういった人財体制に適正なバリューを付したうえで今我が社を買収しようと思ったら、相応の額になるに違いない。

正直、マッチングサービスよりそういう人的資産のほうに始めから下心があったのかもしれない。

ファンドから彼の息のかかった別の経営者が来て我が社の優秀な人財と顧客基盤をそっくり入手する。サービスへの過去の投資と僕らの退職金など、彼にとっては安いサンクコストだろう。

正直僕はもうそれでいいやと思っている。サービスがコケたことで経営者としての気概なんかとっくに失っているんだ。やれるだけのことはやった。会社を売れば銀行の約定返済やオフィス賃料にもう青息吐息することもない。

手切れ金でしばらく北欧あたりにバカンスに出かけるのも悪くない。魔法技術者としての経験も、M&A営業の経験もあるわけだからまた小さな会社でも起こすさ。

「人員削減の状況は、具体的にどうなっている。」

黒いローブの男が質問してくる。

そう、我が社には即戦力人材だけがそろってるわけじゃない。僕が勢いで採用拡大してしまった結果、若手営業マンや半端な魔法技術職をそこそこ大量に抱えている。

僕の心理状況を読み取ったあの男は、買収の条件として人員整理を条件に提示してきたのだ。収益に直結しない従業員を削減したとして、収益の大半は2割ほどの優秀な人財が生み出しているわけだから、彼としては何も問題ないのだろう。

ただ、正社員の雇用というのは法律によって非常に固く守られているため、人員削減というのは多くの場合相当に面倒くさいし、法的リスクを抱える仕事となる。手切れ金には、その代行に対する報酬も含まれているということだろう。

「もちろん、分かってます。研修に耐えられず自主退職って形でゴリゴリ進めてますから、もう新入社員は結構辞めてますよ。」

あの研修を生き残った新人から優秀な兵隊を選抜するっていう建て付けで下級幹部には共有してあるけど、ほんの一握りの役員には売却を見据えた人員削減が主目的であることを伝えている。

役員が払込額以上の額で株を売却できるよう、一応ファンドに一筆書いてもらってるから、彼らも今のところ人員削減や売却というワードで表立ってパニックになるような動きは見せていない。

とはいえ、そんなおしまいみたいな会社に残る気のない役員達は、他のベンチャーへの転職活動ぐらいもうとっくに始めてることだろう。

僕は資料を見せながら黒いローブの男の顔色を伺う。経営者としてのプライドはもう端くれもない。

「新入社員もいいが、フィールドセールスのポジションでヘッドハンティングしてきた3軍連中のほうが喫緊の課題ではないか。やつらはまともに契約を取れていないのに前職のべらぼうに高い固定給を維持して雇用されているのだぞ?」

もちろん、対策は考えている。

「ご心配なさらないで下さい。インサイドセールス部門、というかコールセンターをうまく活用しますから。実力のない方々には相応のお仕事をしてもらって、会社からの評価を知ってもらいます。法律は守りますよ。」

黒いローブの男の表情は読めない。ひとまず納得してくれたのだろうか?

「慎重にやることだな。我輩から一つ言っておくがSNSでの炎上にはくれぐれも気を付けることだ。」

(続)









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