桜 太河

小説や小話を書いています。少しでも楽しませることができる作品を目指して、日々精進します!

桜 太河

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最近の記事

「向井さん」

 定食屋で友人と話しながらステーキ定食が運ばれてくるのを待っていると、向かいのテーブルに女性が一人座った。顔を見るにまだかなり若い。これが珍しい事なのかどうかイマイチよく分からないが、少なくとも僕の目には珍しく映った。彼女は隣のイスに荷物を置くと、メニューに向けて静かに目を落とす。彼女は一重だった。僕は友人と話して適度に笑いながら、事あるごとに彼女をチラッと盗み見た。この感覚、懐かしいと思った。小学生の頃にあった、口数の少ないお淑やかな女の子が、真剣に授業を受けている姿に目を

    • 再生と分裂①

       駅のホームから電車の走行音が遠ざかってゆくと、唐突に取り残されたような気分がした。ようやく帰って来られたというのに、ぬくぬくとした車内の一席に身体を預けていたついさっきが、想い出のように愛おしくなる。あの時間こそ、自分が本当に手に入れたかったものだったのではないか。フゥとわずかに開けた口から短い息を吐いた。電光掲示板の隣にある黄緑色のアナログ時計。頭の中でその長針を一回二回と回転させてみると、ちょうど五回転目で保険に設定している目覚まし時計の時刻と重なった。あと五時間。特に

      • 赤と青の少年

         少年二人が、向かい合って地べたに座っている。リフレッシュを兼ねて通りかかった森林公園。子供の数は少ないのに対して犬の散歩中の人がやけに多くて、途中から遡って数えたりしていた。そして公園内に点在している大小さまざまな広場を横目に石畳の通路を進み、数えてちょうど十匹目になるチワワとすれ違った時、正面の広場で背を丸めている彼らを見つけた。私は広場の中心を向いているベンチに腰掛け、バッグから残り三分の一ほどのペットボトルを取り出し飲んだ。彼らは妙に静かだった。周りにボールやラケット

        • 指先に導かれて

           私はこぢんまりとしたカフェの一席に腰を据え、小鳥の給水のようにブラックコーヒーを啜っていた。足を組み、湿った髪を手持ちのタオルで撫でる。振る舞いだけは映画俳優のようだけど、服の下にはぐっしょりと汗をかいていた。瀟洒なBGMもあまり聞こえない。さて、ここから主人公はどうするのだろう。カフェの外は、世界の終わりのような大雨だった。  激しい雨音と雷鳴が場を支配し、道路に湛えられた雨水は不気味にうねっている。私はスマホを取り出して天気予報を確認した。さっきと変わらない、夜遅くまで

        「向井さん」

          ウドの大罪

           頭を使わずにお金を稼ぎたいと、バカな私は思いました。とにかく頭を使いたくない。なぜなら私はバカだから。ほら、もう同じことを二度も。私はほんとにバカなのです。  私は勉強がちっとも出来ませんでした。物覚えも悪く、学校に居残って補習を受けても、授業に全く追いつけませんでした。クラスのみんなは私を笑いました。でもそれはまだ嬉しかった。笑うのはいい事です。でも大人になってゆくにつれて、笑ってくれる人は居なくなりました。なぜでしょう。私には分かりません。  なぜ頭が良くないと豊かな生

          ウドの大罪

          私のお気に入り

           青い太陽の下を歩いていると、なんだか無敵になったような気がしてくる。恐れも無い。憂いも無い。この世の全てが味方で、この世の全てが正しい。陽に照らされた街はいつもと違った輝きを放ち、鳥のさえずりは運動靴と隣のローファーの靴音によって新たな音楽に生まれ変わる。正面からは肌に溶ける優雅な風が。スカートも靡かない程度だけど、おセンチな前髪には少々強かったらしい。軽く握られた手から小指を突き立てて、沙友里は前髪をちょんと撫でた。 「コミュ英の最後の並び替え何になった?」 賢吾は特に関

          私のお気に入り

          自転

           時速千五百キロで動くイスに、最も安定して座れる方法は何だろう。私はイスの上にあぐらを掻くのと普通に座るのを数十秒ごとに切り替えながら考えていた。部屋にはパジャマが擦れる音とイスの軋む音だけ。起きて六時間ぐらい経つけど、多分その二つの音しか聞いていないと思う。いや、さっき食パンを食べたからそうとも言えない。トイレだって行ったし、よく考えたら全くそんなこと無かった。でもそれぐらいの曖昧。窓の外を眺める。直接は見えないけど、太陽もまた時速千五百キロで街の奥へと沈んでいるみたいだ。

          ドライブおじさん

           「ドライブおじさん」っていう有名なおじさんが、僕たちの町にいる。通称ドラおじ。何でドラおじかっていうと、そのおじさんはいつも車のハンドルを持っていて、それを動かしながら町の色々な場所に現れるから。それで僕たちの中でドラおじは格好の的になった。帰り道に会えばみんなで色々な事をした。道を塞いでバックとかUターンをさせたり、「クラクション鳴らして」と言うと、ドラおじはハンドルを叩いて「ぶー」と言って、それがめちゃくちゃ面白かった。でもママは全然面白がってくれなかった。「それはかわ

          ドライブおじさん

          調教

           動物というのは、眠っているときは大抵可愛いものです。しかし、眠らせると恐ろしい動物もいます。今、快速特急は主要駅に向かってぐんぐんと進んでいます。乗客の大半がそこで降りるでしょう。八分程度の道のり。会話も聞こえず、みなスマホに目を落としています。電車は思いのほか揺れます。私は座っていますが、手すりや吊り革に掴まっている人間は度々足の位置を変え、揺れに最も対応できる体勢を探しています。あまりの揺れに一人がスマホを見るのを諦め、憎むような目で外を眺めています。腕にはビニル傘がか

          ひかるのシグナル

           最近、無心とはどういうことか分からないようになった。通勤中も仕事中も食事中も、常に何かしらが頭の中を行き来している。日々の懺悔やお気楽な人間に対する不平不満、時には学生時代の恋人の現在を案じたり、街角で受けた取材から一躍有名人に上り詰める妄想までしていた。そして今、濡れた髪をタオルでガシガシと拭く下着姿の自分を見ながら、参ったなと思っている。これが病んでるってことなのだろうか。寝付きが悪くなって毎日寝不足気味なのは確かだし、一度精神病院でもかかってみようか。でも鏡の自分に翳

          ひかるのシグナル

          「松田さん」

           僕がそのコンビニ店員に初めて出会ったのは、ちょうど一か月前だった。いつも通り学校帰りにコンビニに寄り、オレンジ色のカゴに焼肉弁当とサイダーを入れてレジに並んでいると、遠目からでもテキパキと動いているのが分かるおばさん店長の奥に、見知らぬ店員が立っているのに気づいた。彼女はシワひとつない緑色のエプロンの前に手を組み、接客中の店長の所作を真剣に見つめていた。年齢は二十前後だろうか。高めのポニーテールを見るに、高校生でもおかしくない。ともかく、このコンビニで同世代の店員を見るのは

          「松田さん」

          自己紹介

          初めまして! 桜 太河と言います。 四月になり、新たな挑戦として始めました。 このnoteでは主に小説(小話)を書いていきます。 自分の書いた話を人に読んでもらい、時に反応を頂けるというのはどういう気持ちがするのでしょう。とても楽しみです。 もちろん書くだけで満足せず、読んでくれた方に少しでも「面白い」と思って頂けるような作品を目指して、愚直に頑張っていきたいと思います。 本当は四月一日に投稿したかったのですが、設定に手こずったり文章を考えたりしていたら四月二日になってい

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