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たいがの短編小説‐Vol.2


短編 Iggi(イギ)の曇り空


妖精とか、神様とか、魔法使いとか、いろんな呼び方があるらしいが、何でもいい。
ニンゲンの世界で、私たちは生きている。
見た目も、生き方も、思考も、感情も、ニンゲンたちと一緒。何も変わらない。


唯一、ただ一つ違うことは、天気を操れること。


「OMG, I screwed up again!  あーもう、私ってなんでいつもこうなんだろう」大きな悲痛の後悔と、小さなため息混じりの落胆が、二種類の言語で口から出てきた。両方ともを聞いたジャコが湯呑みに緑茶を注ぎながら応えた。「まあまあ、なんとかなるよきっと。」他人事だから気楽そう、というよりは、ジャコはいつもこんな感じ。アミちゃんのような、知識豊富でカリスマなタイプではないが、優秀な子だ。職場のみんなに好かれているし、いつも楽しそうに仕事をしている。こんなことを言うのも申し訳ないが、手際がとりわけ良いわけでもない。転職をして私たちのオフィスに来たのはわずか1ヶ月前のこと。前職は全然違う分野だったらしい。それなのに、この子の優秀さは一体どこからやってきているのか。Iggiは少しの羨ましさを込めながら、不思議でたまらないという感情を70%くらい表に曝け出しながら、ジャコを見つめた。後輩にはカッコいい自分を見せたいので、クールな印象も身に纏いつつ、生きている。けど、5月になってからミスが多い。

ニンゲンたちが、毎日仕事をするように、私たちも毎日仕事をしている。外から見ると、ただの普通の会社だと思う。私たちが今いる場所、シェルブールにあるオフィスは、なんの特徴もないありきたりな空間。オフィスの隣に位置する、南米のどこかの街をモチーフにしたカフェはちょこっとおしゃれな空間だけど。朝の出勤前に私はいつもコーヒーとエンパナーダのテイクアウトを頼むのだが、今日は寝坊したため何も持たずにこの場所に駆け込んだ。

Iggiはつい先月、国をまとめる立場に昇進した。働き始めてから5年が経っていた。あ、もちろんニンゲンたちにとっての”国をまとめる”とは全くの別物である。総理や大統領のそれではない。

Iggiがこの春から担当し始めた国の名前はグランド。ニンゲンたちの呼び方と少し異なるのは、大地への境界線の引き方が違うから。それはさておき、このグランドは歴史のある国だ。数十年前ほどではないが、今もまだ人気がある。担当が決まった時はとても嬉しかったし、その時の気持ちを常に忘れず仕事に取り組めているのは良いことだ。なんだかんだ言っても、普段は楽しく仕事ができている。しかし、今日はその楽しさも萎んでしまった。

天気の設定を間違えた。誤って基本設定を曇りにしてしまった。風の強さも弱と中の間にしてくださいと言われていたのに、針は中と強の間を指している。アス先輩にとりあえずメールで連絡はしたが、先輩は今日から出張で1週間はオフィスに出勤しないことになっている。昨日3時間の残業をしながらも、サマータイム設定や資源の流れ業務を全て終えて、晴れ晴れとした笑顔で会社を後にしたアス先輩をオフィスに戻すことはできない。その一方で、管理者権限のないIggiには確定を取り消してミスを正すこともできない。「はあ〜あ」もう一度現状を把握し直したIggiは、ため息を吐き出した。最悪だ。

ランチタイムが終わった。私たち、同い年の3人は、時間が合えば一緒に雑談をしながらいつもここで食べる。お茶を入れて慰めてくれたジャコや、耳で話を聞きながら忙しそうに手を動かし続けていたアミと別れて、Iggiは一人で外に出た。行き先はもちろん私の担当する国、グランド。船に3時間揺られたら到着。歩きながら景色を見た。普段は平らな川の表面が、海の波打ち際のようにくねくねしていた。風に押されて、川に小さな波ができている。見ている分にはちょっと面白いが、にしても風が強すぎて寒くて、仕事をする気持ちが折れそうになる。自分のミスなのでそんなことを言う資格は無いのだが。

すれ違うニンゲンたちの顔も、いつもより少し曇っている。振り返れば3年前、誰かの役に立つ仕事がしたくてこの会社に応募したはずだ。これでは本末転倒じゃないか。仲間や同期にも恵まれ、特に不満なく仕事をしてきたけれど、5月からはうまくいかないことが少なくない。もっと頑張りたいのに、何かが空回りしている感じだ。青空が見えているのに、雨まで降ってきた。ポツポツと降り始めた3分後、ザーザーになった。青空が見えなくなり、雲に覆われた。ふう、困ったな。

スケートボードをしていた若いニンゲンたちが、固まって走り出した。バッグを頭に乗せて、濡れないようにしようという気持ちはわかるが、あまり効果はなさそう。Iggiは誰もいなくなったスケートボードパークのジャンプ台の下に、ちょうど一人分だけ開いているスペースに体を入れた。まるでコンクリートでできたかまくらだ。頭のてっぺんが、雪と同じようにひんやりした固い冷たさを感じ取った。ここにいれば、雨には濡れない。

7、8分待った。雨は意外と早く止んだ。Iggiは自分の体を、コンクリートのかまくらの外に持ってきた。雨宿りしていた時には見えなかったが、先ほどまでの視界の反対方向に、青空があった。太陽の光が、雲を貫いて透けてきた。電話が鳴った。

「もう直したから大丈夫。会議が始まるまで時間があったから、ついでに虹も出しといた。」アス先輩のはつらつとした声が電話の向こうから聞こえてきた。たくさん感謝を伝えて、電話を切った。2分半の短い通話時間は、Iggiの気持ちを少し変えるのには充分だった。

フレッシュなシャワーを浴びたグランドの大地で、スケートボードを抱えた若いニンゲンたちが嬉しそうに空を見上げたのが見えた。

ふと、何の前触れもなく、思った。今、決めた。これからも私は、失敗やミスをするかもしれない。100%正確に仕事をすることはできない、私は機械じゃないから。でも、どんなに忙しい日でも、ちょっと面倒くさくても、雨の後には虹をかけよう。ニンゲンたちのために、そして私のために。空にまあるくかかる虹色の橋を見ながらIggiは思った。アス先輩のこのチームで働けて良かった。アス先輩が率いるこの地球は、美しい。

濡れたクモの糸が、きらりと光を反射した。「クモってね、Spiderっていう意味とCloudyっていう2つの意味があるんだよ!」屈託のない笑顔でジャコがいつか話してくれたな。どこで使える豆知識かは知らないが、私もいつか、誰かに教えてあげようか。そんなことを考えている間に、反射した光は青空の中に吸い込まれた。緑のグランドに映える青空は、春を通り越した気がした。夏の香りのする5月の春が、Iggiの背中を柔らかく押した。

[今日の英語]

OMG:Oh My Godの略
screw up:めちゃくちゃにする、大失敗する

#住所は地球 🌍
#海外留学
#小説
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Love you guys,
Taiga


短編 あおぞらのイギリスでタタミに座って 【過去作】


毎日雨が降るって、もっと鬱陶しいものだと思っていたし、フィッシュ&チップスはもっと不味いものだと思っていた。サウサンプトン大学に来て3ヶ月が経ったけれど、イギリスの生活にもすっかり慣れた。この街のフットボールクラブには、かつて日本人選手も所属していたようだけれど、あかりはサッカーにもスポーツにもあまり興味がない。隣町のチームには、最近イケメンと騒がれている日本代表の選手がいるらしく、あかりも友達に旅行に誘われたけれど、その日はあいにく別の友達との予定が入っていたので断った。あいにくというか、ちょうど良くと言ってもいいかもしれない。学校で仲良くなった友達と出かけるのは楽しいけれど、どうせ日帰りで行くならロンドンの方が好みだ。ショッピングをして、テムズ川のほとりで写真でも撮って、なんか美味しいものを食べる休日の方が充実した時間になるだろう。

本音を言うと、慣れてきたを通り越して、驚きがなくなってきてしまった。初めての海外留学。2個上のお姉ちゃんがニュージーランドに留学に行ったのは、2年前の夏だった。お姉ちゃんは6週間の羊との生活を経て、あかりにも留学を激推ししてきた。「あかりも大学生になったら、日本から飛び出してみな!絶対に楽しいから!!」と意気揚々にニコニコ笑顔で言われて、絶対とはずいぶん大きく出たものだと思った。そんなに言い切るなら、私も行ってやろうじゃないか、と思ったわけではないが、お姉ちゃんの言う通りになってしまった。こんなところで張り合う必要はないのだが、少しばかりの悔しさもある。

高校時代はコロナの影響で、様々なイベントが中止になった。あかりは自分ではそれなりに楽しい高校生活を送ったと思っているが、周りの大人達は口を揃えて「残念だったね」「かわいそうに」と言った。高校生の時はそうなのかな、と思う程度だったけれど、今にして思えばそう言われることのほうが複雑だなと感じる。そんな言い方をされる必要はあるのだろうか。コロナが無くたってつまらなかったかもしれないし、コロナがあったけれど楽しいJKを過ごした人だっているはずだ。あかりは、可もなく不可もなく。ぼちぼち楽しい高校生活を終了し、進級や卒業に危機を感じることも一切なく、平凡な時間軸に乗っかって大学生になった。ようやくここまで来て初めて、せっかくだから後悔のないようにと思い、半年間の渡英を決めた。お姉ちゃんと違う国で、お姉ちゃんより長い期間の海外留学がいいなと思ったので、半年間の休学での留学を決断した。私達は仲の良い姉妹だが、一方通行の負けず嫌いをお姉ちゃんに対して抱いているあかりは、少しだけ鼻が高い。

最初の2ヶ月は全てが新鮮だったが、そのふわふわ浮足立つ時期も通り過ぎてしまった。たまに寝坊しそうになるが学校にも休まず行っている。大学で同じクラスを取っている菜帆とは、すっかり親友になった。福岡出身の彼女は、最近アイルランド出身の彼氏ができて楽しそうにしている。菜帆の彼氏も含めて、放課後に3人でタピオカを飲んだあと、解散したのはつい30分前の16時45分。今日はルームメートと一緒にご飯を作る約束があるので、普段より少し早めに解散した。何を作るかはよくわかっていないが、台湾から来てイギリス生活5年目のルームメイトが段取りをしてくれるらしいので、困ったことにはならなそう。まあ家に帰ってから確認するとしよう。

2階建てのバスの前から2列目の左側の席に座りながら、あかりは考えていた。今日だって、昼間の菜帆とその彼氏の3人での時間も、このあとのご飯の時間も、楽しい時間であることは言うまでもない。でも、何かが思ったとおりにしっくりこないのだ。落ち着きすぎている、とでも言うべきか。基本に忠実、波風を立てないのがあかりの性格なのだが、日本との時差8時間のイギリスにはなにか違うものを求めてやってきた。発見とか、冒険とか、感動とか、そういう言葉にするとちょっと恥ずかしいような非日常を求めていたのに、いつのまにか日常に周りを囲まれていた。外国人の彼氏を求めているわけではないし、ハリー・ポッターに会いたいわけではない。キングス・クロス駅は実在するし、”9と4分の3番線”で写真を撮れることも知っているが、自分がほうきに乗れないことも、魔法の杖が存在しないことも既にわかっている。サンタクロースが入りやすそうな煙突がついた家はサウサンプトンの至るところにあるが、トナカイに引っ張られて空を飛ぶサンタクロースがこの世に実在しないことが明白なのだ。だから、思っていたよりおもしろくない。それが、表面に現れない形で内出血を起こし、じわじわ心を蝕む感覚に落とされているのだ。今日はこんなにも青空なのに、なんだか気持ちがイギリスらしさ全快の曇り空でおもしろくない。

降りるバス停で、乗り過ごすこと無くちゃんと降りる。ここからあと15分歩けば家に着く。歩きだしてから数分のところでスマホが振動を発した。What's Appを開くと、ルームメイトからテキストだった。Soy Sauceが切れたから買ってきてもらえないかということだったので、「Don't worry, I'll pick it up on the way home😉」と返しておいた。十字路で90度方向転換したあかりは、Tescoに向けて歩き出した。イギリスのスーパーマーケット、いつも使うWaitroseに行くよりも、ここからだと少し近いはずだ。

3ヶ月で土地勘も付き、Google Mapを見なくても街のどこに何があるかはわかるまでになった。だが、言われてみればこの道は今まで通ったことがなかった。そして、とあるお店があかりの両目を捉えた。入口には、国旗ともうひとつ違うデザインの旗がはためいている。チャリティーショップだ。

急いでいたわけではないので、あかりは足を止めた。なんとなく、理由はなかったが気になった。中に入ると、古着や置物、壁にかけられそうなアート作品や、古いレコードがたくさんあった。入口に一番近い空間が、一番大きいようだったが、その奥の部屋にはいかにも古くてかっこいい本がたくさん並んでいた。そしてその奥の部屋まで歩みを進めた。古いカバンや、1弦が張られていないアコースティックギターが置いてあった。その、いちばん奥の隅に、それはあった。そのアンティークなお店に似つかわしくないほど、きれいな状態が保たれた畳が3畳おいてあった。透明なフィルムがかけられ、床に並んでいる3畳の畳は、日本の落ち着いた和室の情景ををあかりの脳内に直接たたきこんできた。

入口横のカウンターまで戻り、見るからにジェントルマンな60歳くらいのイギリスおじいちゃんに声をかけた。「Hi-ya, would you mind telling me how much that Tatami sheet is?」「OK, just give me a second」あかりはおじいちゃんの優しそうな声と笑顔に、安堵した。おじいちゃんは、他のお客さんがしばらくレジにこないであろう様子を確認した後、こちらに来てくれた。

日本から遠く離れたイギリスにあるこの畳は、日本からはるばる船でやってきたのだろうか?それとも、イギリスに住む日本人がこの土地で作ったのだろうか?もしくはひょっとして、イギリス人が日本の文化の畳を気に入って、工場を設計し、そこで作ったのだろうか?いずれにしても、すごいことだと思った。明らかに、このチャリティーショップに馴染んでいないにも関わらず、日本色の畳はあかりの心に温かな陽を灯した。

ほんわかしたあかりの表情を見たイギリスおじいちゃんが、声をかけてくれた。「You can try to have a seat on it, go for it!」と言いながらフィルムを剥がし始めた。断ろうか迷ったのは一瞬、おじいちゃんが既に一枚剥がし終えたのを見て、素直に感謝をすることにした。「That would be great, thank you!」

靴を脱いで、靴下になった。そのまま上に乗って座ってみると、想像通り、いや想像以上に落ち着いた。膝を抱えながら座り、目を瞑った。畳ってこんなにすばらしいものだったのかと、身に染みた。ああ、日本の生活って、こんな感じだったな。両目を開いた。フロアに座っているのに、嫌味がなく、ちゃんと保護されている感覚。それに加えて、子供時代を思い出す目線、ここからの視界。さっき立っていたときには気が付かなかった西陽が、窓の外から斜めに入ってくることに気がついた。直接見ようとするとちょっと眩しいので、視線を外す。ふと、思い出した。「あれ、そういえば今日は一日ずっと雨が降っていないや」久しぶりに独り言の日本語がこぼれた、と認識した。英語の世界で生きることに慣れてきた、そんな自分が少しだけ誇らしかった。オレンジ色に染まりつつあるが、やっぱり今日は青空だ。

畳とイギリスおじいちゃんに再度感謝を述べて、あかりはSoy Sauceを買うための旅路に戻った。靴を一旦脱いだからかもしれないが、なんだか足が少し軽くなったような気がした。その日の夕飯、ルームメイトと何を作ったかは覚えていないが、冷凍のフィッシュ&チップスをオーブンで解凍して食べたことだけは覚えている。冷凍のくせになぜか美味しい。半年のイギリス留学生活が、折り返し地点に差し掛かった。カバンの肩紐から飛び出た羊のキーホルダーをきらりと反射させながら、今日の夕日がイギリス海峡に沈んだ。あかりは明日も英語を話す。


[今日の英語]

What's App:テキストメッセージのアプリ。日本の”LINE”のようなもの。
Soy Sauce:醤油
Don't worry, I'll pick it up on the way home:心配しないで、帰り道に買って帰るよ。
Hi-ya, would you mind telling me how much that Tatami sheet is?:こんにちは、その畳の値段を教えてくれますか?
OK, just give me a second:オッケー、ちょっと待ってね。
You can try to have a seat on it, go for it!:試しに座ってみな、さあどうぞ。
That would be great, thank you!:それは良いですね、ありがとう。

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